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鮮血のバレンタインデー

バレンタインと聞いて!

二月十四日、世間ではバレンタインデーと呼ばれる日である。

「バレンタイン、甘いチョコの香りに闘争の硝煙が混ざりあう季節。ふふふ、私もまた、魔王との闘争のためにチョコを作るのもやぶさかではない」

この男は今日も変化球であった。

そもそも彼がなぜチョコを作るに至ったかにはあまり深くない理由があった。

そう、その話はバレンタインから数日前の事であった。

勇者が町に週一で来るお菓子の移動販売に来ていた時のことだった。

「勇者よ。バレンタインデーという言葉を知っているか?」

「百年前にザンビエで暗殺された魔導士の名だったか?」

「違う。巷ではチョコを巡って闘争という闘争に明け暮れる日だと聞いている」

「何? それは魔王にも関係があるのか?」

「ああ、恐らく」

移動販売をしている男は勇者のかつての盟友、ムキムキの格闘家であった。

「格闘家、そのバレンタインデーとやらに私も参加せねばならない。チョコとやらを売れ」

「ああ、武運長久を祈る」

「血が騒ぐ。一体どれだけの血みどろで泥臭い闘争が起こるか、考えただけでも血が騒ぐ……」

こうして、彼は魔王にチョコを作ることになったのだった。

「ハートの型しかないのが痛いが、まぁ腹に入れば同じことよ」

勇者はこのチョコでもってどのような戦いが起こるかいまいち理解していなかった。しかし彼は今そんなことに頭が回るほど冷静ではなかった。

実はここ一週間くらい魔王の家に結界が張られており、中に入ることが出来ずにしょんぼりする生活が続きつつあった。

そんな彼には少しでも魔王と争う種があるのならば食いつかずにはいられなかったのだった。

そして、満を持してできたチョコを携えて勇者は魔王の家に訪れた。

「貴様は、魔王の副官だな。久しいな」

「お久しぶりです。では死んでください」

「相も変らぬ態度に安心したぞ雌豚。貴様が私に敗れ、無様に地べたを這った回数を数えたらどうだ?」

そんな勇者の前に現れたのは魔王直属の副官であった。

かつて、バルキア大陸という闘争の舞台で出会った彼らは、再びバレンタインという闘争の舞台で再会したのだった。

「あなた、その手に持っているのは何ですか?」

「闘争の引き金、戦争の種火、インドラの矢……、すべては魔王との闘争だ」

「私にはどう見てもバレンタインチョコにしか見えないのですが」

「そういう貴様が持つものもそうなのだろ? その手に持つものは」

「え? これは魔王様へのプレゼントですよ?」

副官、混乱する。

「あなた何か勘違いをしていませんか? なんかこう、壮大に」

「具体的に」

「バレンタインで戦闘は起こりません」

「なん……だと……!?」

勇者、驚愕。

「それでは、今日は何の日なのだ!?」

「好きな人にチョコを渡す日です」

「……」


その頃格闘家はというと……。

「うひゃっひゃっひゃひゃあああああああ! 騙されたぜあの脳筋勇者! 俺は後でぶっ殺されるけど悔いなんてねぇぜ! 遺書? とっくに用意してるんだよザマァ!」

壮大に勇者をコケにしていた。

「ひひひ、今日は酒がうまいぞきっと。もしかしたら朝日拝めないかもしれないから盛大に打ち上げっすぞおらぁ!」


「なんということだ。勇者が魔王にチョコを渡すことになろうとは……」

「分かったら帰ってください。あと格闘家さんを血祭りにあげるのは結構ですが殺さないでくださいね? あそこのお菓子気に入ってるんです」

「二人とも何やってるの?」

勇者と副官の声が聞こえたのか、エプロン姿の魔王が家から姿を現した。

「ま、魔王様!? なんとキュートなお姿!」

「副官、なんで勇者は黄昏ているの?」

「はい、格闘家の策略でチョコを買わされてしかも宿敵に贈り物を作るという醜態をさらし、なおかつ本命の闘争ができないことが分かった哀れな勇者の姿があちらです」

「とりあえず格闘家は明日のハンバーグになるかもしれないのね。それよりも贈り物って?」

魔王、首をかしげる。

「あれです。無様にラッピングされた四角い長方形でピンク色の物体です」

「……正確には中身はハートの形をしたチョコが無様に鎮座している」

勇者はあかるさまに元気のない声で答えた。

勇者は箱を魔王に手渡した。

「開けていい?」

「好きにしろ」

意外にも几帳面に包装されたそれを開けると可愛らしいチョコが無様に鎮座していた。

「笑うがいい。その屈辱もすべてあの今けらけら笑っているであろうあの男に向けられる」

「ハッハッハッ! ザマァ!」

副官はあまりの勇者の無様さにかなり饒舌になっていた。

「おいしい。それに可愛い」

しかし、魔王はご満悦なようだった。

「勇者。これあげるね」

「なんだこれは」

「チョコ。君のよりも不恰好だけど」

勇者、苦笑する。

渡されたのはよれよれの包装の箱。開けると不恰好なチョコだった。

「全く、私の宿敵であるならば次はかっこよく作ることだな」

勇者が食べたチョコは美味しかった。


「ビールうまぁ! ソーセージうまうま! 親父、ビール追加!」

格闘家、酒におぼれる。

「全く、昔からからかいがいのあるやつだと思ってたけど、まさかこれほどとはな」

「満足か?」

「満足満足! いやぁ、楽しかったよ神様」

「ほう。それは良かったな。少し後ろを向こうか」

「ハッハッハッ、マジで許してくれませんかねマジ」

「ハッハッハッ、ダメに決まってるだろ?」

バレンタインの夜は鮮血に染まった。


今後もこんなノリで書いていきたいです。

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