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SCENE7 撫子 その2



 翌日、わたしとムコーダは、とあるアパートの前にいた。このアパートの二階に、わたしの運命を左右する男が住んでいる。


 夕べのことは、今思い返すと、何だか頭がゴチャゴチャして、もうワケが分からなくなる。とにかくわたしは伊集院との結婚を回避するために、つじつまの合わないことを思いつくままに吐いていた。

「とにかく喧嘩屋のセージが好きで好きでたまらない。彼以外の人と一緒になるつもりは微塵もない。だからこの脂男とは結婚出来ない」

 こういった内容の言葉を、繰り返し繰り返しパパに向かって言っていた。

 パパにわたしの嘘が通じているとは思わない。そこは自分の身ひとつでなりあがった男。本土で育った世間知らずのわたしの賭けを鼻で笑っているようだった。自分でもまずかったと思っている。だって喧嘩屋のセージが好きだなんて、そんなことありえないのは私自身が一番良く分かっていた。

 わたしは生まれてこのかたずーっと本土で育ってきた。捨島に足を踏み入れたのなんて、今までに数えるぐらいしかない。もちろんパパはわたしを危ない場所へ連れて行くことなんてしなかったから、賭け試合なんて見たこともない。そんなわたしに喧嘩屋と知り合うきっかけなんてあるわけがなかった。

 どうしてわたしは会ったこともない喧嘩屋の名前を、あの場で口走ってしまったのか。自分でやらかしたこととはいえ、理解に苦しむ。あの時のわたしは、よほど混乱して焦っていたのだろう。だがもう言ってしまったものは覆せない。こうなってしまった以上、何としてでも喧嘩屋のセージには協力してもらわなければならない。

 そう考えたわたしは、ムコーダにセージの住む場所を調べさせ、こうして訪れたというわけだ。


 建物の脇にくっついている金属製の階段を、カンカンと音を立てながら登り、ベランダのようになっている廊下を、薄汚れた洗濯機や放置された三輪車を避けながら進む。そして二階の真ん中あたりにある部屋の前に立つ。そこが喧嘩屋セージの住処であった。

 ドアの脇には「ニ〇三」という部屋番号を示すプレートがついている。その下には住人の名前を書くようになっていたが、そこには誰の名前も書かれていない。けれどムコーダの調べによれば、このアパートのニ〇三号室に間違いなく彼はいるはずだ。


 インタホンを探したが見つからなかったので、わたしはコンコンと遠慮がちにノックをしてみた。だが中からは何の返事もない。もう一度、今度はもっと強くドアを叩く。すると、

「誰だ」

 という簡素な応答があった。

「あのう……、少々お話したいことがあるのだけれど、よろしいかしら」

「…………」

 しばらく間が開いた。それから、

「開いているから勝手に入れ」

 とまた簡素な応え。どうでもいいけど、もう少し愛想のある返答が出来ないものかしら。

「失礼しまーす……」

 住人の許可が出たので、わたしは玄関のドアを開ける。

 狭い部屋だった。入ってすぐのところがキッチンになっており、その奥がリビングになっている。キッチンとリビングを仕切るものは何もなく、奥が丸見えだ。そのリビングの壁に身をもたせかけるようにして、一人の男が座っていた。本を読んでいる。客人が訪れたというのに、本から目を逸らすことすらしない。読んでいるのは……「オズの魔法使い」だ。


 その男は間違いなく写真で見た男と同一人物であった。彫りの深い精悍な顔つき、喧嘩屋らしい締まった体。写真で見るよりも、実物のほうが良く見える。とりあえず、アブラー伊集院とは天と地ほどの差があるということは、誰の目から見ても歴然だ。

「誰だ?」

 男が――セージが、またそう聞いてきた。当然だろう。彼にとってわたしはまったく未知の人物であるのだから。

「とりあえず、上がらせてもらって良いかしら」

 いつまでも玄関先で突っ立っているのも嫌だと思い、わたしはそう尋ねた。すると彼は、

「勝手に入れと言ったはずだ」

 とまた愛想のない言葉を返してくる。初めて写真を見たときも、愛想がなさそうだと思ったが、ここまで無愛想だったとは。彼は少しばかり女性への対応というものを学んだほうがいい。そう思いながら部屋に上がりこむ。後ろからは、わたしの脱いだ靴をそろえてから、ムコーダが同じように上がりこんだ。


 わたしはリビングに置いてあるガラス製の低いテーブルを挟んでセージの前に立ち、腕を組んで仁王立ちする。セージはまだ本から目を外すこともしない。

「葛木、知ってるわよね?」

「ああ」

「わたし、その葛木の娘で撫子というの。以後、お見知りおきを」

「それで?」

「……単刀直入に言うわ。あなた、わたしと結婚してくれない?」

「は?」

 ようやくセージが本から目を上げ、こちらを見た。わずかながらも気を引くことが出来て、わたしは少しだけ満足する。

 だが彼は、またすぐに本へと視線を戻し、

「残念だが、他をあたれ」

 とすげない答え。

「それが出来るなら、もうとっくにやってるわよ」

 だがもうパパには「喧嘩屋のセージ」という名前を出してしまっているのだ。他の人では駄目。彼でなければもう駄目なのだ。

「何も本当に結婚しろとは言わないわ。わたしだってまだ若いんだし、結婚なんてまだ考えたくないもの。でも、そうも言ってられない事情があるのよ。だから、とりあえず恋人のフリをして、パパに会って」

「何で俺が」

 セージはわざとらしいくらいに大きなため息をつく。ため息をつきたいのは、こっちの方よ。

 わたしはもっと詰めた話をするために、彼と向き合うように座った。すると反対にセージは読んでいた本を伏せて立ち上がった。

 何かと思ったら、彼はキッチンへ行き、飲み物を用意し始めた。わたしの前に出されたのは、ビール会社のロゴが入ったグラスに良く冷えた麦茶。ごていねいにムコーダの分まで出してくれた。それからセージは元の場所に戻り、また本を取り上げた。


 それを見て、わたしは慌てて話し始めた。伊集院との結婚話、それを阻止するためにセージの存在が必要なこと、そうなってしまった経緯などを詳しく、事細かに。

 その間もセージはずっと本を読みっぱなしで、わたしの話を聞いているのかいないのか、良く分からなかった。しかし、わたしが話を終えた途端に、

「無理な話だ」

 と答えたところを見ると、一応聞いてはいたらしい。

「無理は承知よ。その上で、こうして頼んでいるの。難しいことをしろと言っているわけじゃないのよ。あなたはただわたしと一緒にパパのところに行ってくれればそれでいいの。話は全部わたしがするから。一生のお願いよ!」

 わたしは両手を合わせて頼み込む。彼は本を下ろして天上を仰いだ。

「冗談だろ……」

 と呟くのが聞こえる。

「あいにくと冗談なんかじゃないのよ。あなたが協力してくれるか否かによって、わたしの人生が決まるんですからね。わたしもこれからの長い人生棒にふりたくないわよ。だからっ……、ね?」

「是非、わたくしからもお願い申し上げます」

 ムコーダまでが頭を下げた。

 セージは困ったような顔をして、ガリガリと頭をかいた。迷っているのだろうか。最初見たときは、無愛想の見本みたいな男だと思ったけど、どうやらそれだけの男ではないらしい。


 わたしがそうやって、セージをちょっとだけ見直したその時だった。

 玄関のドアが突然大きな音を立てて開き、数人の男たちがなだれ込んできたのは。

 全員が一見しただけでチンピラだと分かる格好をした、ガラの悪そうな男たちだった。土足のままでセージの部屋へとあがりこんでくる。わたしが「何だ、何だ」と驚く間もなく、男たちはわたしたちを取り囲んでしまった。

「何なのコレ……!」

 わたしは唖然とするしかない。ムコーダは祈るみたいに両手を組み合わせて、しきりに頭をペコペコ下げていた。その行動に何の意味があるのかは良く分からない。セージはというと、眉をひそめて不機嫌そうな表情をしていた。視線は男たちの足元に向けられている。男たちが土足のまま上がりこんできたことが気に入らないのだろう。

「セージだな?」

 男たちはわたしとムコーダの存在を無視して、セージにそう問いかけた。

「そうだけど」

 セージは特に驚くでもなく、淡々と答えている。

 その答えを聞いて、男たちが目配せをした。すると男たちのうち、セージに一番近い位置にいた男が、何の前触れもなくセージへと蹴りを繰り出した。

「きゃあ!」

 わたしはまるで自分が襲われたみたいな錯角に陥り、そう悲鳴を上げて目を閉じた。しかしその後に続くと思われた、セージのうめき声や乱闘の物音などが一切してこない。どういうことかと、おそるおそる目を開けてみると、セージは男が放った蹴りを、右手で受け止めていた。しかも表情をまったく変えることなく。

 男たちは驚愕に目を見開いている。セージが強い喧嘩屋だということは、この島の者なら誰でも知っていることであろうに。

「この……っ!」

 男のうちの一人が、いきり立って一歩を踏み出した。しかしセージは目線だけでその動きを止めた。セージはゆったりとした動きで立ち上がる。男たちは一歩退いた。セージはただ立ち上がっただけだというのに。

 男たちはもう完全に呑まれていた。セージという存在に。格というものがまるで違う。この時になって、わたしは初めてセージの強さというものを実感した。

「部屋を散らかすと、同居人がうるさいんだ。きちんと相手はしてやる。だから外に出ろ」

 男たちは戸惑った表情でお互いに顔を見合わせている。セージはそんな男たちに構わず、さっさと部屋を出た。わたしも慌てて、セージの後を追う。当然ながらムコーダもわたしの後に続いた。


 部屋を出たところで、わたしは驚いた。

 アパートの前に車が止まっているのが見えたのだ。しかもその後部座席の窓から顔をのぞかせているのは、伊集院の脂ぎった顔。

「ゲッ、伊集院……!」

 わたしは前を行っていたセージの脇を通り抜けて、まっさきに階段を駆け下りる。そして車へと近づき、

「伊集院! いったいどういうつもり!」

 と怒鳴った。

 考えなくても分かる。あの部屋になだれ込んできた男たちは、この伊集院が差し向けた者たちに違いない。わたしが「喧嘩屋のセージが好きだ」と言ってしまったのを聞いて、仕返しというか、嫌がらせというか、とにかくそういった行動に出たのだろう。何とも伊集院らしくて言葉も出ない。

「やあ、撫子サ~ン。ボクは君を助けるために来たのだよ」

「はあ?」

「君はそこのどこの馬の骨とも知れない喧嘩屋にたぶらかされているだけなんだ。ボクには分かる!」

 分かってたまるか。と言うか、この男は「セージが好き」というあたしの口からでまかせを本気で信じていたらしい。伊集院は経営手腕に優れた男だと聞いていたが、とても信じられない。あんなの、ちょっと考えれば嘘だってわかるじゃない。そんなミエミエの嘘をついてまで、あんたとは結婚したくないんだってコトぐらい分からないのかね。

 そんなわたしの思いをよそに、伊集院は「今すぐ助けるヨ~」とか「待っててネ~」とか「君にはボクが必要なんダ~」とか、喚き続けていた。ああもう、コイツ黙らせたい。

「そいつが、例の婚約者って奴か?」

 背後から声をかけられて振り向くと、そこにもうセージが来ていた。

「ええまあ……」

 わたしは赤面しつつ答える。こんなバカみたいな男とわずかでも関わりがあるってことが、恥ずかしくてたまらなかったのだ。

「確かに、同情の余地はあるな……」

「でしょう! こんな男と結婚だなんて、究極の罰ゲームだわ! いえ、拷問よ、拷問!」

 セージはだいぶ、ほだされてきている。伊集院の現物を見たことが効いているらしい。もう一息だ。

「コラッ! そこの木偶の坊! ボクの撫子サンに近づくな! お前たち、早いとここの目障りな男を始末してしまえ!」

 ようやく階段を下りてきたチンピラどもに、伊集院はそう命じた。念のため、わたしが伊集院のものだったという事実はない。

 チンピラどもは伊集院の喚きに反応しなかった。「オイ、どうする?」とかいう言葉を口にしながら状況を読んでいる。おそらく、あのチンピラどもは伊集院に金で雇われた連中なのだろう。つまり、伊集院には義理も忠誠心もあるわけではない。そしてついさっき、奴らはセージとの格の差を見せ付けられた。セージには束でかかっていっても適わないということを感じさせられたのだ。金を出すと言われていても、伊集院なんかのために、適わない相手に突っかかっていくことがためらわれたのだろう。

「ええい、何をやってるんだ! 金なら出すと言ってるだろうが! そうだ、セージをしとめた者には倍の金を出そう! 倍だぞ、倍!」

 しかし所詮はチンピラ。伊集院の煽りに、簡単にやる気が復活してしまったようだ。ピタリと動きを止めたかと思ったら、突然その中の一人がセージに向かって殴りかかっていった。

 だがそこはセージ、やはり落ち着いたものだ。即座に蹴りを放つ。チンピラの腕の長さと、セージの足の長さ、比べるまでもなく足のほうが長いのは誰にでも分かること。チンピラの拳はセージへと到達することはなく、反対にセージの蹴りを胸に食らってチンピラは背後に吹き飛んだ。

 すぐにまた別のチンピラが襲い掛かってくる。けれどもチンピラの攻撃はセージにかすりもせず、セージの強烈な一撃を受けては次々と無様に倒れていく。チンピラどもがあまりにも簡単にパタパタ倒れていくので、何だか安っぽいアクション映画でも見ている気分になった。

 セージが最後の一人を叩き伏せる。

「で?」

 服についた埃をはたきながら、そうわたしに聞いてきた。そう声をかけられて、わたしは初めて流れるようなセージの動きに、ぼけーっと見とれていたことに気づいた。

 慌ててキョロキョロと周りを見回すと、いつの間にか伊集院を乗せた車がいなくなっている。逃げたな。

「俺は葛木に会えばいいのか?」

 セージがそう言ってくる。

「会ってくれるの!?」

「この状況を見る限り、俺はもう充分に巻き込まれているらしいからな。今さら知らん顔も出来ないだろう」

 諦めにも似た表情で、セージはため息をついた。

「ただし、あくまでもフリだけだからな」

「うんうん、充分よ。ありがとう!」

『ヤッター!』と諸手を上げて飛び上がりたい気分だった。まだまだ本番はこれからだというのに。でもこれで一歩進むことが出来た。

 セージには感謝してもしきれない。最初見たときは、取っ付きにくい男だと思ったけど、意外とお人よしなのかもしれない。わたしにとっては、ありがたいことだけれど。



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