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SCENE6 撫子



 結婚相手は自分で探す、と豪語したものの、その作業は難航した。

 ムコーダはちょっとばかり腰が低いけれど、さずがパパの秘書をしているだけあって仕事が早い。わたしがわたしの婚約者にふさわしい相手をリストアップするように命じてから、わずか一時間後にはムコーダは大量の資料を抱えてわたしの部屋を訪れていた。

 わたしは早速、ムコーダが用意した顔写真を一枚一枚丁寧に見て、ムコーダが読み上げる男たちの経歴等を聞き、婿探しに専念したわけなのだけれど……。


「山倉博史、四十ニ歳。ドラッグ売人の総元締め」

 顔がいかつい。歳、行き過ぎ。

「却下」


「では次、ブラック・キング、三十七歳。ヤミ医者です」

 性格暗そう。どっかのパクリみたいなネーミングが駄目だ。

「却下」


「では次、篠塚義純、三十六歳。高級クラブ経営」

 うわ、スケベったらしい顔。ヒゲ剃り跡が青々しい。

「却下」


「では次、ゲイブ・大川、四十三歳。『バンディッツ・カンパニー』社長」

 ヒゲオヤジ。だから歳が行き過ぎだっつーの。

「問題外」


「では……」

「もういいわ!」

 わたしは渡された写真の束をテーブルに叩きつけた。

「いったい何のつもり、ムコーダ! わたしは若い男と言ったはずよ。何なのよこのメンツは!」

「いえしかし、そうは申されましても、この島での実力者を集めますとですね、どうしても歳は……」

 オロオロとムコーダの目が泳ぐ。

「とにかく、三十歳以上は問答無用で却下。分かったわね」

「ハイ……」

 ムコーダは力ない返事とは裏腹に、猛然とした勢いで膨大な量の資料をめくっていく。ときどき手を止めては資料の一部を抜き出し、わたしの前へと並べていった。

「三十歳以下となりますと、これぐらいになってしまいますが……」

 わたしの前に並んだ紙は三枚。次にムコーダは、わたしがテーブルにたたきつけた写真をかき集めて、その中から三枚抜くと、並べた資料の上に置いた。

 わたしは向かって左側から資料をチェックすることにした。


 まずは一人目。

「えーとですね、この方はタツといいまして、非常に人気のある喧嘩屋でございます。特にスピンナックルという必殺技は……」

「ゴツイ、却下」

 最初の資料はゴミ箱行きとなった。


 次、二人目。

「お次の方は……、ええと、故売屋をやってらっしゃる方ですね。マツヒロと言いましてかなり手広く商売しているようです」

「ふう~ん」

 ようやくマシなのが出てきた。細面に切れ長の目、一応美男子の範疇には入れてもいい感じだ。

「いかがです?」

 ムコーダの声にも期待がこもっているのが分かる。まあ、三秒以上写真を眺めた相手は初めてだったからね。ようやくこの面倒な作業が報われたとでも思ったのかもしれない。でも……。

「悪くはないけど、でもなんかちょっと違うなあ」

 ガックリと首を落とすムコーダ。ちょっと可哀相になってきたかも。だけどこれはわたしの一生の問題だから、妥協することは出来ない。もうちょっとだけ我慢してもらおう。


「では次。これで最後になります」

 わたしは肯いた。これで駄目なら、あきらめる……ワケがない。あきらめてしまったら、そこでわたしとアブラー伊集院との婚約は決定的だ。それだけはダメ! イヤ! ありえない!

「最後の方は、この方です。この方も人気の喧嘩屋でして……」

 何? またゴツくてムサい男じゃないでしょうね。

 わたしは最後の一枚となった写真を手に取った。

「名前はセージ。未だに負けなしを誇っておりますです、ハイ」

 パッと見た目は悪くない。見るからに愛想はなさそうだけど、顔つきは精悍だし、喧嘩屋の割には汗臭い印象を受けない。さっきのマツヒロとはまた違った感じの「いい男」だ。

「へぇ~、これはナカナカ」

「そうでしょう、そうでしょう」

 ムコーダは喜色満面といった笑みを浮かべて揉み手をした。ムコーダの考えは読める。最後の一人、コレで駄目ならムコーダはまた資料探しに奔走しなければならない。出来ることならそんな面倒なことはしたくないのだろう。でもね、世の中そんなに甘くはないのだよ。

「じゃあ、この人は候補の一人ってことで。他にも候補者を選んでおいてちょうだい」

「お、お嬢さま、そうは申しましてもですね、実力者の資料はもうあらかた……」

「まだまだもっといるでしょう? いなくても探し出して! そのぐらいの根性見せてみなさい!」

「そんなぁ~」

 ムコーダはそう情けない声を上げながら、アメリカンクラッカーみたいな涙を流した。器用な男だ。

 その時、わたしの部屋中に携帯電話の着信音が鳴り響いた。

「ああ、わたくしです、わたくしです」

 ムコーダがそう言いつつ、懐から携帯電話を取り出す。

「それでは失礼いたします」

 ムコーダはいちいちわたしにそう断ってから電話に出る。

「ハイ、ムカイダでございます。……ああ、これは旦那様」

 電話はどうやらパパからだったらしい。

「は? はあ、もうそんな時間でございましたか。これは失礼いたしました。は? ハイ、左様でございますか。……それではすぐにでも……、ハイ、ハイ、お嬢さまにもそのように……。ハイ、では」

 電話だというのに、ペコペコ頭を下げながらムコーダは話す。そして電話を切ると、ムコーダはわたしに向き直り、

「お嬢さま、残念ですが時間切れでございます」

 と神妙な顔で言った。

「何よ。時間切れってどういうことよ」

「はあ、それがですね、伊集院氏がですね、お見えになっているそうでして……」

 何……?

「それでですね、ご夕食を是非お嬢さまと。とのことだそうです」

 何だと?

「ええイヤ、あのもちろん旦那様もご一緒でございますが。でもそのですね、このご夕食の席で婚約の話を進めたいそうで……」

 ななな、何だとう!

 パパのバカ! 何だってそんなに急ぐのよ! 冗談じゃないわよ! 

「イヤーっ! 絶対にイヤーっ!」

 わたしの叫びはむなしく響く。

 でもわたしは諦めない。そうよ、諦めてたまるもんですか。この際だから、ハッキリと言ってやるのよ。アブラー伊集院の顔をしかと見て、「あんたなんかと結婚するつもりなんて、小指の先ほどどころか、爪楊枝の先ほどもない」ってね。わたしの座右の銘は「不屈の精神」よ。見てらっしゃい。

「ムコーダ!」

「ムカイダです」

「夕食には顔を出してあげるわ。その間、あなたは候補者選びをしてちょうだい」

「は? でででもあの……」

「いいから、つべこべ言わずにやるっ!」

「はいっ!」

 ムコーダはわたしの声に跳び上がったかと思うと、部屋から駆け出して行った。本当に素早い男だ。なかなかに便利とも言う。

 さて、わたしはわたしで戦場に赴かなければならない。負けは許されない。決して。




 わたしは自分が恵まれた環境にあるということを、充分に分かっているつもりだ。パパはわたしが生まれた時にはもう捨島のトップに君臨していたし、金は有り余るほどにあった。安全な本土に高級マンションを買ってもらい、そこでわたしは何不自由なく育てられた。

 その代わりといってはなんだが、わたしは家族の団欒というものをまったく知らずに育った。ママはわたしが小さい頃に病気で他界していたし、パパは忙しくて捨島から出ることがあまりない。珍しく出てきたかと思ったら、仕事で本土中を駆け回るだけで、わたしのところへ顔を出してくれることは本当にごく稀なことだったのだ。

 それでもわたしは身の回りの世話をしてくれる家政婦さんや、お抱えコックにお抱え運転手などをごく当たり前のように付けてもらい、欲しいものは何でも買ってもらえた。寂しくなかったと言えば嘘になるけど、これがパパなりの愛し方なのだと、わたしはわたしなりに理解していた。

 今の自分の境遇に感謝しているし、パパの事も大好きだ。だからパパの望むことなら、何だってしようと、そうわたしは思ってきた。いつかパパのために何かが出来ればいいと。


 だけど、人には出来ることと出来ないことがある。我慢の許容量というものだってある。

 つまり何が言いたいのかというと、伊集院との結婚は、わたしにとってどうしても出来ないことであり、我慢の許容量も限界突破だということだ。

 ああ、フォークとナイフを持った手が、拒絶反応を示して震えている。何が悲しゅうて、テーブルに出された肉料理よりも脂ぎった男と、向かい合って食事をせねばならんのか。

 またこの夕食会のためにパパが用意してくれたカクテルドレスが、ノースリーブの白いワンピースで、ちょっと可愛かったから腹が立つ。こんな可愛いドレスを伊集院のために着なきゃならないと思うと、もうそれだけで気が滅入ってくるというものよ。

 そんでもって、伊集院の格好にも腹が立つ。

 白いスーツ、それはいい。だがその下に着ているのがピンクのドレスシャツだというのが許せない。しかも蝶ネクタイが水玉模様。前にわたしの学校に突然姿を現したときも水玉のネクタイをしていたから、水玉が好きなのかもしれない。とても似合わないけれど。

 さらに食事の間中、何度も何度もこっちへ流し目をよこすのが、いちいち気に障る。そんな目をしてもちっとも格好良くもないし、色っぽくもないっつうの。しかもわたしは伊集院の正面の席に座っていたから、伊集院の奴はわざわざ顔を横に向けてから流し目をしてくる。何もそこまでせずとも真っ直ぐこっちを見ればいいじゃない。まあ、正面からハッキリ見られても気持ち悪いけど。

 さらにさらに、奴は「某芸能人と友達」だとか「某政治家と懇意にしている」とか「某人気番組のスポンサーをしている」とかいった自慢話ばかりしてくる。こっちとしては「だから何?」としか返しようがない。しかもその自慢話、すごいのは某芸能人だったり某政治家だったり某人気番組であり、伊集院じゃない。わたしは相槌を打つことすら面倒で、ただひたすら出された料理を胃袋に収める作業に没頭するしかなかった。

 そしてデザートまでしっかりと食べつくし、食後のコーヒーが出されたところで、パパは「さて……」と本題に入った。

「どうだね、撫子。伊集院くんは気持ちのいい好青年だろう?」

 どこが!

 思いっきり裏手でツッコミたかった。だけど、かろうじて残っていた自制心がそれを思いとどまらせる。

 パパももうそろそろ老眼鏡のお世話になったほうがいいのかもしれない。どこをどう見たら、伊集院が好青年に見えるっていうのよ。だいたい四十を過ぎた男を、普通は青年とは言わない。

 いえ、もちろん四十を超えても格好良くてステキな男性は山ほどいるってことは、わたしにだって分かっている。でも、伊集院は実年齢より軽く十は上回って見えるし、何度も言うようだが脂性だ。「好青年」という言葉の対極にいる男だと言っても過言ではない。

「ハハハ、イヤだな葛木サン。そうハッキリと言われると、ボクも照れますヨ」

 何よ、「当然!」みたいな顔をして白々しい。

「いやいや、事実を言ったまでだよ。謙遜することはない、伊集院くん」

 事実を逆に言ってみただけのことだよ、の間違いじゃないの、パパ。

「ありがとうございます。撫子サンのことはドーンとボクに任せてください」

「君にならば、大事な一人娘を預けられるというものだよ」

「光栄です」

 ああ……、何だか二人だけで盛り上がっちゃっている。当のわたしは完全に除け者扱い。

「で、具体的な話になるのだがね、式の日取りはいつにしようか」

 パパの言葉にわたしは過剰に反応した。ダン、とテーブルに手をついて勢い良く立ち上がる。

「ちょっと待って! 式の日取りって、何なのよそれ!」

「イヤだな撫子サン。ボクたちの結婚式に決まってるじゃないか」

 イヤなのはお前の存在だ。黙っていろ伊集院。

「パパ、この際だからハッキリ言っときますけどね、わたしはこの結婚に賛同した覚えはありませんからね。っていうか、最初からイヤだって言い続けてるじゃない」

「何だ、撫子。パパの決めた相手に不満でもあるのか?」

「大有りよ!」

 わたしは悲鳴じみた声をあげた。ここで粘らなければわたしの人生お先真っ暗だ。

「わたし、まだ十七歳なのよ。結婚なんて早すぎるわ。それに結婚するならキチンと好きな人としたいわよ!」

「好きな人?」

 パパが眉をひそめた。

「そんな奴がいるのか? 撫子」

 低い声で聞いてくる。わたしは言葉に詰まった。実を言うと、そんな人は今のところいない。だからこそムコーダに婿リストを作らせている訳で。だけど、それを認めてしまったら、伊集院との結婚話がトントン拍子に進んでしまいそうで怖かった。

「いるわ! この人しかいないっていう大事な人が!」

 いわゆる、「売り言葉に、買い言葉」という奴だ。考える前にもう口から出てしまっていた。

「そんな、撫子サン!」

 伊集院までもが立ち上がる。パパは睨みを聞かせてわたしを見上げた。それは優しい父親の顔ではなかった。捨島の支配者の顔だ。今さらながらに、わたしは自分がとてつもない大博打に出てしまったことに気づいた。しかも相手はこの捨島のギャンブルを取り仕切っている人物だ。

「ほう……、誰だね? その勇気のある奴は」

 わたしの頭の中が高速で回転し始めた。次々と今までに顔を合わせたことのある男性の名前が浮かび上がっては流れていく。とにかくパパに納得してもらえそうな男の名前を探し出そうと、わたしの頭脳は一生懸命だった。

 そして、最終的に残った名前をわたしは口にする。それは、ついさっき写真を見ただけの男。まだ実際に見たことも話したこともない男。それでもわたしは人生最大の大博打、最後の切り札として、その男を定めた。

「セ、セージよ。喧嘩屋のセージ!」

 もう後には引けない。



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