SCENE4 向田
わたくし、向田と申します。いえいえ、「ムコーダ」ではなくて、「ムカイダ」と読むんです。まあ、どっちでもいいんですけどね。
仕事は、旦那様の秘書をやらさせてもらってます。旦那様というのは、葛木氏のこと。この島の方ならば、誰でもご存知のあの方です。
秘書は秘書でもわたくしは四人いる旦那様の秘書のうち、三番目の秘書でして、まあ手っ取り早く言うならば第三秘書だってことです。旦那様もいいかげん忙しい方ですから、秘書もひとりでは足りないわけですよ。何しろ旦那様はこの捨島の賭け事をすべて取り仕切っていらっしゃいますから。
賭け事、とひと口にいいましても、さまざまな種類がございまして、バカラだとかポーカーとかをはじめとする賭けカードですとか、ルーレットですとか、闘犬ですとか、賭けマージャンですとか、まあイロイロです。
その中でも、この島で一番の人気を誇っているのが「賭け試合」、つまり賭けストリートファイトとでも申しましょうか、そういうものでございます。
旦那様もこの賭け試合には一番力を注いでおりまして、喧嘩屋たちの登録から試合の組み合わせまで、きっちりと目を光らせておりますです、ハイ。
喧嘩屋、といいますのは、いわゆる賭け試合の選手のことでございます。喧嘩屋になりたいという方がいらっしゃいましたら、是非旦那様のところへ。そこで登録なさいますと、喧嘩屋として認識されたということになります。どの喧嘩屋たちを戦わせるか、それを決めるのも旦那様でございます。もちろん、すべての試合を組むわけではございませんが、とりわけ大きな試合などは旦那様自らが組むことになっております。
関節技の山城、空手使いのクジョー、未だ不敗のセージ、スピンナックルのタツ……。まあこんな喧嘩屋たちが人気ですね。こういう喧嘩屋たちなどは旦那様が試合を組んだり、また実際に試合を見に行ったりもなさいます。忙しい方ですから、試合を見に行くなんてことはあまりないことなんですよ、ホントに。
ああ、それどころではなかった! 呑気に賭け試合のシステムなんぞを語っている場合ではなかったのです。
わたくし、本日からしばらく通常業務を離れることになりまして。
それはどうしてかと申しますと……。実は今日、本土から葛木氏の一人娘が捨島へとやっていらっしゃいまして、そのお世話をするようにと旦那様直々に命じられた次第でございます。
旦那様の一人娘といいますのが、今年で十七歳になる女子高生で、お名前を「撫子」とおっしゃいます。旦那様の意向により、幼少のみぎりから本土で暮らしておいででした。なにしろ捨島は物騒でございますからね。旦那様も大事な大事なお嬢さまを、こんな物騒なところに置いておけなかったのでございましょう。
その旦那様の配慮の甲斐あってか、お嬢さまは今までなんのトラブルに巻き込まれることもなく、すくすくと成長なさり、秘書のわたくしの目からみましても、それはもう美しく……、
「ムコーダ! ムコーダはどこなの!」
「はいっ! ムカイダはここに」
いけません、お嬢さまのお呼びがかかったようです。
「ムコーダ! これはいったい何?」
旦那様のお屋敷の一角にございますお嬢さまのお部屋に駆けつけますと、お嬢さまは非常に険しい目でわたくしを睨み……イエイエ、見やりながらそうおっしゃいました。
「これ、といいますと?」
「コレよ、コレ!」
お嬢さまは手にした箱を、バン! とテーブルに叩きつけました。その箱はビロードが張られた豪奢な箱でして、中にはそれはもうわたくしが手も足も出ないほど高価なネックレスが入っているはずでした。
「ええと、それはですね、伊集院さまからのプレゼントでございまして……」
「いらないわ。捨ててちょうだい」
冷え切ったお嬢さまの声。
「そうはおっしゃいましても……」
「四の五の言わずに、とっとと捨てるっ!」
「はいっ!」
ついつい反射的に返事をしてしまいました。しかし、いくらお嬢さまの命令と言えども、そればかりは出来ません。
「……いいえお嬢さま、そうはおっしゃいましてもですね。それはあなたの婚約者から贈られたとても高価な……」
「婚約者ぁ?」
いけません、お嬢さま。目が座りきっています。怖いです。
「冗談抜かさないで、ムコーダ! いつ! 誰が! どこで! 誰の! 婚約者になったっていうの? それに見てよコレ!」
お嬢さまはビロードの箱をパカッと開け放ちます。
そこから登場したのは、サングラスをかけたくなってしまうほどのまばゆい輝きを放つダイヤのネックレス。一生のうちに何度お目にかかることが出来るか分からない、というほど豪奢なものでございます。
このネックレスは、お嬢さまの婚約者であります伊集院氏から贈られたものでありました。
婚約、といいましても、それは旦那様がお決めになられたことではございますが、それは旦那様のこと、考えに考え抜いて決められたことと思われます。なにしろ、お嬢さまの婿になられた男性は、旦那様の跡を継がれて、この捨島を取り仕切っていかねばならないのですから。
その点、伊集院氏というのはかなり優れた方だと、わたくしは思うのであります。伊集院氏はこの捨島で「ジュエリー伊集院」という宝石店を営んでいる方でございます。
この捨島で宝石店。それはもう「襲ってください」といわんばかりの稼業でございますが、伊集院氏の店は未だに一度も賊に襲われたことのない店でございました。それは伊集院氏が店の警備にかなりの経費をかけているということもあると思いますが、それ以上に裏からさまざまな組織に手を回しているおかげだという話を耳にします。旦那様はそこのところの手腕を買ったのだと、わたくしは理解しておるのですが……。
「なんなのこのネックレス! ゴテゴテしちゃって気色悪い。大きいダイヤがたくさんついていればいいってものじゃないのよ! 成金趣味もいいところだわ!」
最近の若い女性は、こういった豪華すぎるものは好まないのでしょうか。
「それにあの男! 脂ぎってて臭いし、歳だってもう四十代だっていうじゃない。わたし、まだ十七歳なのよ。それがどうして三十近くも年上の脂男と婚約しなきゃならないわけ! あの男、わたしの学校にまでノコノコと姿を現したりしたのよ! もう恥ずかしいったらありゃしないわ! しかもその時、あの男ってば紫のスーツにピンクのシャツ着ていたのよ! 信じられないわ! さらに言うならネクタイは黄色で、青の水玉模様だったわ!」
叫ぶだけ叫ぶと、お嬢さまは「うっ」と口元を押さえうずくまってしまいました。伊集院氏の詳細を思い出したことで、気分が悪くなったようです。
お嬢さまの言うことにも一理あるとは思うのです。
確かに伊集院氏は少し、いや多少……だいぶ、脂性ではあると思いますし、お嬢さまとは歳も離れていらっしゃいます。しかし男は見た目ではないと思うのです。伊集院氏にはその容姿を補って余りあるほどの経営手腕を持ったお方でありますし、必ずやお嬢さまを幸せにしてくれることと思わないでもないのです。多分。
「しかしですね、旦那様はお嬢さまのためを思って……」
「わたしのため? そんなわけがないわ! わたしのためを思うなら、あんなアブラーマンと婚約だなんて、絶対にありえないもの。パパが大事なのはわたしじゃなくてこの島なのよ!」
衝撃です。確かに旦那様はお嬢さまと同じくらいにこの島を大切に思っていらっしゃいます。それはわたくしも良~く存じております。それが分かっていたので、わたくしはもうお嬢さまに言葉を返すことが出来ませんでした。
「ああ~、考えれば考えるほどに腹が立つ~!」
お嬢さんはビロードの箱を閉め、それをつかむと、大きく振りかぶって窓の外へと放り投げてしまわれました。
ああ、もったいない! かなり高価であったはずなのに……。
「ムコーダ!」
「ムカイダです」
まあ、どっちでもいいんですけど。
「わたしは決めたわ」
「は? 何をでございます?」
「わたし、絶対にあんな男とは結婚しない。結婚相手は自分で探すわ」
お嬢さまはキリリとした表情でそう宣言なさいました。
「しかしお嬢さま、そうは申しましても……」
「決ーめーたーのー! パパが文句言えないような人を捕まえればいいんでしょ? 探すわ。若くて、カッコ良くて、頭もいい、出来れば肩書きも立派な人。とっ捕まえてやるわぁ!」
捕まえるって……。そんな獣を捕まえるみたいに……。
しかしお嬢さまの目は決意に溢れております。もうわたくしごときが何を言おうとも、その決意をひるがえすことなど出来はしないでしょう。わたくしは諦めました。それでお嬢さまの気がお済みになるのでしたら、わたくしは何でもいたしましょう。
「今、わたしが言った条件に合う人物を、至急リストアップしてちょうだい、ムコーダ!」
「ムカイダです」
どっちでもいいんですけど。