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SCENE2 イデ

 タクの奴がオレ(とセージの)住処に乗り込んできやがったのは、昼過ぎ、少々日が傾いて来た頃のことだ。その時オレは入浴中だった。

 真っ昼間から風呂? と本土の皆々様なら思うかもしれねえが、捨島じゃあ昼夜逆転なんて当たり前のことだし、夕べは戦勝記念として明け方まで飲んでたから、寝たのが明け方で、起きたのが昼前のことだった。

 それから夕べ稼いだ金を持って、大家のバアさんのところへ三ヶ月間滞納していた家賃を払いに行ったら、「いつまで待たせんだ、このクソガキ!」とさんざん罵られて、アパートの周りの掃き掃除を命ぜられた。

 何でオレがこんなことまでしなきゃなんねえんだ。セージの奴、こうなるのが分かってたから自分で家賃払いに行かなかったんだ。絶対そうだ。ブツブツ言いながら竹ぼうきをのろのろ動かしていたら、大家のバアさんは「文句を言うな」と吸ってたタバコを腕に押し付けてきやがった。何ていう横暴なババアだ。

 ようやっとバアさんの手から逃れて帰ってきたら、セージの奴は呑気に「赤毛のアン」なんて読んでやがる。さすがのオレもブチキレて、怒鳴り散らしてやったが、セージは表情ひとつ変えやしない。そうしてオレが思いつくだけの罵詈雑言を並べ立てた後、「風呂沸かしてやっておいたから、とっとと入れ」とポツリ。

 めちゃくちゃにムカついていたが、たしかにオレはバアさんにこき使われて(アパート周りどころか、バアさんの部屋の掃除までやらされた)、汗と埃にまみれていたから、さっさと風呂に入ったというわけだ。


 汗と埃をざっと落として湯船につかる。そして「はぁ~、極楽極楽」とお約束のように呟いた時だった。玄関の方でガタガタと物音がしたかと思うと、

「イデー! イデェェェ!」

 と近所中に響き渡る声でオレの名前を連呼する声。聞きなれた声だ。紛れもなくタクの声。

 タクはここの真下の部屋に住む男だ。年のころは、まあオレやセージとそう変わらない。この島の住人である以上、根っからの善人ってわけではないが、救いようのない極悪人ってわけでもない。どちらかと言えば付き合いやすい部類に入る男だったから、オレも適当に近所づきあいをしている。ただ、何か面倒が起こる度に泣きついてくるのはやめて欲しいところだ。

 どうせ今回もなにか揉め事でもあったんだろう。

 オレの名前を呼ぶ声と、あちこちのドアを開け閉めする音。制止の声が聞こえないということは、セージは出かけたのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、タクは風呂場のすりガラスを開け放って風呂場に跳びこんできた。そのまま服が濡れるのもかまわずに、タイルにへばりつくように座り込む。

「イデぇ~」

 これ以上ないくらいに情けない声だ。

「何なんだよお前は。風呂ぐらいゆっくり入らせろ」

「そんな場合じゃないんだって! ああ! おれはもうおしまいだぁ~!」

 タクは抱えた頭を振り回す。どーでもいいからすりガラスの戸は閉めろ。湯冷めしちまう。

「聞いてんのかイデ!」

「ハイハイ、聞いてる聞いてる。聞いてやるから、早く話せ」

 聞くも聞かないも、まだ何の事情も話してないタクにそううながす。

「一千万!」

「は?」

「一千万いるんだよお! 今すぐに! 現金で!」

 何でまた?

「ユキエが! おれのオンナで社長のオンナなんだよ。そんで慰謝料なんだよ!」

 訳が分からん。

「ちょっと待て。少し落ち着け。ひとつ深呼吸でもして心穏やかに……」

「穏やかになってられるかっ!」

 タクは湯船の縁を拳で叩いた。ぴちゃん、と湯が跳ねる。

「分かった分かった。落ち着かなくてもいいから、まず分かるように話せ」

「ユキエが社長のオンナで慰謝料なんだってば!」

「だから、そのユキエってのは誰なんだ、まず!」

 逆ギレしてみた。するとタクはビクッと肩を震わし、ヘロヘロとした声で答えた。元来、気弱な男なんだ、タクって奴は。

「三日前、クラブで知り合ったオンナ」

「で、そのユキエちゃんがどーしたって?」

「それがー、そのー」

 はっきりしない。泣きついてきたクセに、事情ぐらいきっぱりはっきりくっきりすっぱり説明してみせろってんだ。オレが睨みつけると、タクはもう一度肩を震わせて答えた。

「まあその日のうちに……」

 ごにょごにょ、と語尾が小さくなっていく。まあ何となく分かる。「お持ち帰りしちゃった」ってことだろう。

「で、それが?」

「そう! そのユキエがさ! 実はウチの社長の愛人だったんだよ! おれ、知らなかったんだよ~。ユキエが社長のオンナだったなんてさ~!」

 ああ、みなまで言うな。もう分かった。

「で、そのユキエちゃんとデキちゃったってコトが社長にバレたわけだ。そんで慰謝料一千万、要求されたと」

「何で分かんの?」

 分からいでか。良くある話だ。特にこの捨島では。そして、そういう良くある話に巻き込まれてしまうのが、このタクという気弱な男の性質なんだ。

 それにしても自分のところの社員に一千万を要求する社長も社長だ。それだけの金が払えるほどの給料を出してんのか?

 まあ社長といっても、タクの勤める会社というのが普通の会社ではないから、そういうむちゃくちゃな話もまかり通ってしまうのかもしれない。

『バンディッツ・カンパニー』

 タクの勤める会社の名前だ。会社といってもそんなご大層なものじゃない。いわゆるマフィアのパチもんみたいなものだ。社員に空き巣やスリや引ったくりなどをやらせて、その「あがり」を納めさせる。そんでもって成績に応じて給料を払ってやる……とまあこんな具合のとんでもない組織だ。一応、社名に『山賊(バンディッツ)』という単語をつけているところを見ると、自分たちが泥棒であることは自覚しているらしい。ちなみに、タクはチンケなスリだ。

 そのチンケなスリに、一千万という金額は大きい。払えるわけがないってことは、オレにだって良く分かる。

「それで、オレにどうしろと?」

「貸して、一千万」

「無理」

「即答するなよぉ~!」

「うるせぇな! オレらが一千万持ってるように見えんのかコンチクショー!」

 持ってたら家賃を三ヶ月も滞納したりしねえっての。

「頼むよイデ~! 払えなかったらヤバイんだよ! ユキエはベッツィーの次に大切な存在だから許せないって社長が言ってたし……!」

「誰なんだそのベッツィーってのは……」

「社長が飼ってるワニ」

 ワニ以下かい。そのユキエという女は。

「殺されちゃうよう~!」

「ああ殺されろ殺されろ! 短い人生だったな、ご愁傷様」

「イデぇぇぇ!」


 その時だった。

「こ~んに~ちは~。タクちゃんいる~?」

 妙に間延びした声が玄関から聞こえてきた。女の声だ。

 オレはじとり、とタクを見やる。開けっ放しのすりガラスの外へと顔を向けたタクは、みるみる間に顔色を青くしていく。そんなタクの反応を見ていれば、嫌でも分かるってもんだ。間違いなく、あの間延びした声の持ち主は、

「ユキエちゃん……、か?」

 カクカクと壊れたおもちゃみたいに、タクは首を上下に振った。

 オレはわざとらしいくらいに、盛大なため息をついてやった。どうしてこの男は、いつもいつも厄介ごとばかり持ち込むんだか。たまには「いつもお世話になっているお礼に、現金プレゼント」とかしてくれないものかねえ。

「とりあえず、お前はユキエちゃんとやらを中に入れて、茶でも出しとけ。オレも今出るからよ」

 茶っ葉や茶碗のありかは、教えなくても良く知っているはずだ。タクにはこの部屋に来るたびに茶を淹れさせているからだ。

 オレはざばあっ、と派手に音を立てて立ち上がる。それでもタクの野郎はタイルの床にへたり込んだまま動こうとしない。オレはその背に、一発蹴りを入れてやった。



「おじゃましてまぁ~す」

 風呂場を出たオレを迎えたのは、いかにも「とろくさいんです!」というような口調の挨拶と、全開の笑顔だった。

 なるほど。ぱっと見た目はかなり可愛い。もちっとした肌は白くて触り心地がよさそうだし、胸も尻もデカイ。男好きしそうな女だ。

 ただそのファッションセンスはいかがなものか。

 セーラーカラーのついたTシャツにピンクのミニプリーツスカート。腿のあたりまできているニーハイソックスはピンクと黄色のボーダー柄だ。さらに言うなら、もったりとした唇にはピンクのルージュを引いていて、髪の毛までピンクに染めている。「ピンク」イコール「かわいい」とでも思っているのだろうか。

「あんたが、ユキエちゃん?」

 オレはピンクな彼女のテーブルを挟んで向かい側に座りつつ尋ねた。

「うん、そーよぉ」

 ユキエちゃんはやっぱり笑顔全開のまま、そう答えた。

 リビングにはオレと彼女の二人だけ。セージの姿はない。やはり出かけたみたいだ。日課のランニングでもしに行ったのかもしれない。タクの奴は台所だ。

「あのさ、ここ、オレんち。タクのウチはここの下。分かる?」

「分かるよう。あのね、タクちゃんちに来たらね、ここからタクちゃんの声がしたの。だから来てみたの。そしたらタクちゃんいた。愛だね、愛」

 何が愛なのかは良く分からんが、なんだか嬉しそうなので放っておいた。


「おい、イデ!」

 ここで台所からタク登場。

「お前、服を着ろ!」

 オレは風呂場を出てから、腰にバスタオルを巻いただけの格好だった。

「いいじゃん別に。オレは汗が引くまでは服を着ない主義なんだよ」

「あ~、分かる分かる。ユキエもねぇ、そうなんだぁ。お風呂出てすぐにお洋服着ると、汗で引っ付いちゃって気持ち悪いもんねぇ~」

 以外にもユキエちゃんがこっちの味方に回ったせいか、タクは声の張りをなくしていった。それでも「初対面の女の子の前で……」とか何とか言っていたが、オレもユキエちゃんも気にしてないし、唯一気にしているタクなんかのために主義を曲げる気なんてさらさらなかった。

 タクが手にした盆の上にはカップがふたつ。ひとつは紅茶にミルクと砂糖を添えてユキエちゃんの前へ。もうひとつはブラックのコーヒー。これはオレの分らしい。こんなくそ暑い真夏日にホットを出す気の利かなさに、オレはため息をつく。

「で、ユキエちゃんは何しに来たワケ?」

「うんとね、ユキエ、家出してきたの」

「家出!」

 タクの奴はいちいち驚きすぎだ。甲高い声が耳にツンとくる。

「何でまた?」

「あのねぇ、ユキエとタクちゃんはラブラブだから、もうパパのところにはいられないの」

 パパってのは、タクのところの社長のことだろう。

「パパはね、ユキエにどこにも行くなって言ってたんだけど、ユキエは愛のために「しょーがい」を乗り越えてきたのよ」

 今、障害ってひらがなで言った。絶対そうだ。

 横目でタクを見ると、奴は頭を抱えて床にうずくまっていた。そりゃそーだろう。ただでさえ一千万の慰謝料で一杯一杯なのに、それに加えて件の愛人が自分の所に来てしまった。ユキエちゃんが今ここにいることを社長が知ったら、そりゃあもうただでは済まないだろう。

「どどどどどどうしようイデ……! お、おれ、マジで殺されるかも。東京湾に沈むかもーっ!」

「沈んどけば。オレにはもう、お前の冥福を祈ることしか……。なーむー」

 両手を合わせて拝んでやった。

「拝むなっ! 祈るなっ!」

「ねえねえ、タクちゃん」

 ユキエちゃんが叫ぶタクの服の裾をツンツンと引っ張る。

「ユキエ、来たら駄目だった? ユキエ、タクちゃんに迷惑かけないよ。タクちゃんのために、おみやげも持ってきたんだから」

 さっきまでの全開笑顔とうって変わって、涙目である。迷惑かけないも何も、彼女がここにいること自体がタクにとって迷惑なんだってことに、ユキエちゃんは気づいていない。

 オレは濡れた髪をぐしゃぐしゃとかき回し、水滴を飛ばしながら言う。

「タク!」

「な、何?」

「お前、サラ金でも何でもいいから金かき集めて来い。オレも一千万全部は無理だけど、いくらかなら都合つけてやる」

「イ、イデ……」

 タクの頭をつかんで引き寄せる。そしてユキエちゃんに聞こえないように耳元で囁く。

「その金と、彼女を引き渡せば、何とか首はつながるだろ」

「うん……」

 タクは神妙な顔で何度も肯いた。

「分かったら、さっさと行くっ!」

「お、おうっ!」

 弾かれたようにタクはリビングを出、外へとすっ飛んで行った。ああ、まったく世話の焼ける。

 ユキエちゃんは目を丸くして、ぶらぶらと揺れる玄関のドアを眺めていた。

「なあに? タクちゃん、お仕事?」

「あ? ああまあ、そうだ。それより、おみやげって?」

 話題をそらすべく、オレは言った。するとユキエちゃんはキョロキョロと辺りを見回し、

「あ、そーだぁ! ユキエ、おみやげ途中で落としてきちゃったんだ」

 と、これだ。どーもこの子は調子が狂う。

「で、おみやげって何だったの?」

「うんとね、ベッツィー。パパのところから盗ってきちゃった。エヘ」

 ワニかよ!




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