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SCENE10 葛木


 皆、勘違いをしている。

 私が一人娘である撫子の婿となるべき男を探し始めたという話を聞くと、何故か誰もが「捨島の後継者を探し始めた」と思うらしい。

 だが私には、そんなつもりは毛頭ない。

 何故ならば、私は自分が死した後の捨島に興味がないからだ。

 私は己の命がある限り、この捨島の頂点という地位を誰にも譲り渡す気などない。私は死の間際までこの捨島を支配することだろう。

 この島は、世の中と足並みを合わせられない奴らのパラダイスだ。犯罪者どもの天国だ。本土では日の光が当たる場所を歩けない奴も、この島では大手を振って通りの真ん中を歩くことが出来るだろう。本土で燻っている犯罪者予備軍も、この島の存在があるからこそ、心の枷が緩くなっているのだろう。警察に追われる立場になったなら、捨島に逃げ込めばいい。そんな安易な考えが、頭の悪い若者の間に浸透していることを、私は知っていた。

 だが所詮、この捨島と呼称されている人工島の上で展開されている世界は、まやかしに過ぎない。大きなダムの下流に広がる、ちっぽけな村と同じだ。ダムが決壊したならば、留まることを知らない水の流れに一瞬で押し流されてしまうほどにもろいのだ。

 この島においてのダムは、この私だ。私が本土の勢力という水の流れから、この島を守っている。私というダムは強固で揺るぎないが、もしダムが崩れることが――私が死することがあったなら、この島はあっという間に本土から入り込んでくる様々な勢力に飲み込まれてしまうことだろう。

 そのことは、ちょっと頭のいい奴ならば誰でも分かることだ。だからこそ、私が撫子の婿を探し始めた時、後を託すことが出来る強固なダムを探しているのだろうと、周囲の面々は思ったのだろう。

 私は確かに、このもろい幻の島を愛している。この島の上の世界は、私が作り上げたものだからだ。私が創作した世界、それがいびつで汚いものだということは分かっているが、それでも唯一無二である私の最高傑作なのだ。

 だが……、私が死んだ後、この島がどうなろうと知ったことではない。そう思うのも事実だ。私が死んでしまったなら、この島がどのような道を歩もうとも、どんな景観になって行こうとも、私自身がそれを知ることは出来ないからだ。

 だから、撫子の婿と捨島の後継者とは等号で結ばれることはないのだ。

 撫子の婿となるべき存在は、財力があって、撫子を幸せにしてくれる者ならば誰でも良いと思っている。

 私が愛する捨島のことよりも気にかけているのが、一人娘の撫子のことであった。

 私の死後、この島はどうなってもいいと思うが、撫子のことはそう思えない。やはり私もただの親だ。何よりも願うのは、娘の幸せである。

 私が娘の相手にと選んだのは、伊集院という脂ぎった男であった。

 この男は、私生活はだらしないが、仕事になるとまるで別人のようにその手腕を振るう。奴の経営する宝石店は、奴の腕一本で大きくなった。奴ならば、決して撫子に貧しい思いをさせることはないだろう。

 だが娘は、そんな私の考えに反発してきた。

「わたし、まだ十七歳なのよ。結婚なんて早すぎるわ。それに結婚するならキチンと好きな人としたいわよ!」

 なんともまあ、若い娘にありがちな意見だ。だが自分の娘にも普通の少女と同じく、結婚に対する憧れがあるのだという思いに安堵もした。

 さらに撫子は「好きな人がいるから、伊集院とは結婚できない」とも言ってきた。それが口からでまかせであることは考えずとも分かった。伊集院の脂ぎった顔に対する嫌悪感が、撫子に嘘をつかせているのだと。

 私は、それが嘘だと分かっていながら、好きな人というのは誰なのかを追究した。親として、娘の少女らしい可愛い面を見ていたかったのかもしれない。だが撫子は、私が思っていたよりも、ずっと行動的であった。

 まさか、本当に連れてくるとは……。


 今、私の目の前には、仏頂面を隠そうともしない男が座っていた。その隣には、撫子が。

 撫子が「好きな人」として名前を挙げていたのは、喧嘩屋のセージという男だ。

 セージという男のことは知っていた。私が管理する喧嘩屋の中でも、一、二を争うほどの人気だからだ。つい先日も奴の賭け試合を見に行ったばかりだ。

 撫子の口からその名が飛び出てきたとき、私は正直呆れる気持ちが大きかった。よりにもよって、そんなに嘘だと分かりきっている相手を選ばなくてもいいではないかと。だって、ずっと本土で育ってきた撫子と、捨島の喧嘩屋、どう考えても接点などあるわけがない。

 その接点のない相手を、本当に私の前へと引っ張ってくるとは、我が娘ながらあっぱれ、とでも言うべきか。

 まあ、適当に話をして、ケチでもつけて、早々に追い返してしまおうと、私はセージの無愛想な面を見ながら思っていた。


 だが――


 私は視線を手元の書類へと落とした。撫子とセージがここへやって来る直前に第一秘書から手渡されたものだ。

 それは喧嘩屋のリストであった。この中から、実力や人気などを考えて対戦カードを決めていく。私は特に面白そうだと思う顔ぶれを選び出し、それらの対戦を決めるのだ。残りは人任せだ。私に全部を一人でやるほどの時間はない。

「パパ、こちらがわたしの彼氏のセージさん。わたしたち、将来を誓い合った仲なのよ、ねっ!」

 最後の「ねっ!」の部分に異様なまでの力を込めて、撫子はセージへと話を振った。振られたセージは、

「まあ……、そうだ」

 と歯切れの良くない口調。撫子に頼まれて恋人役を買って出たということがミエミエである。

「何よその返事。わたしたち、結婚を前提に付き合ってるっていう設定なんだから、もうちょっとこう……、どうにかなんないの?」

 撫子もそう思ったのか、セージの耳を引っ張って、小声でまくし立てた。私が書類に目を落としているから、聞こえていないとでも思っているのだろうが、全部丸聞こえである。一瞬だけ目を上げて様子をうかがってみると、セージの表情が「うんざりだ」と語っているのが見えた。

「とにかく、そういう訳だから、伊集院なんかとは結婚出来ません、わたし」

「……しかし、いまさらそんなことを言っても、伊集院くんが納得するまい」

「あいつが納得しようが、しまいが、わたしには関係ないの! イヤなものはイヤ! ダメなものはダメ! これだけは絶対に譲れないわ!」

 まったく、頑固なところばかりが私に似てくる。

 撫子がここまで伊集院に拒絶反応を示すとは思っていなかった。まあ、伊集院は見た目がアレなので、最初は少し嫌がるかとは思っていたが、伊集院には財力があるし、何より彼は撫子を気に入ってくれている。女は自分を好いてくれる相手と添い遂げる方が幸せになれる。私はそう考えていた。だからこそ、私は伊集院を選んだのだ。

 しかし、そこまで撫子が嫌がるのであれば、この婚約話はなかったことにしてもいい。私はそうも思っていた。

 私が願うのは、あくまでも娘の幸せである。何が何でも伊集院が相手でなければならないと言うわけではないのだ。伊集院は文句を言うだろうが、私が睨みをきかせれば、ごねる口を閉ざすだろう。

 ただ、さすがにここまで反発されると面白くない。そう思うのも事実だった。

 私はリストを繰る手を止める。リストの束の中に、意外な名前を発見したからだ。そして再びそっと目を上げ、セージの姿を見る。奴は面白くなさそうな顔を、部屋の調度品へと向けていた。また書類へと視線を戻す。

 私は静かに笑った。

 撫子がセージを――この島で最強の部類に入る喧嘩屋を、ここへ連れてきたのは何かの思し召しなのかもしれない。ならば、それを利用して少々楽しませて貰おうではないか。撫子の反発に対する代償にしては、安いものだ。

「分かった。撫子がそこまで言うのなら、この話は考え直そう」

「パパ、本当?」

「ああ、本当だとも」

 撫子の顔が、分かりやすいぐらいに明るく弾ける。

「ただし!」

 私が言葉を足すと、途端に撫子の表情が曇る。本当に分かりやすい娘だ。

「ただし……?」

「そう簡単にはセージとの仲を認めるわけにはいかんな。何しろ一人娘の幸せがかかっている」

「だ、大丈夫よ、パパ! 心配しなくてもわたしたち幸せになってみせるから」

 本当は恋人同士でもなんでもないくせに、よく言う。

「話は最後まで聞きなさい、撫子」

「う、うん……」

「一つ、条件をつけようと思う」

「条件?」

「ああ」

 私はセージへと向き直る。

「セージ、君が撫子のことをどのくらい思ってくれているのか、それを試させてもらおう」

「試す?」

 不審げな眼差しで、セージは私を見た。物怖じしない良い目だ。これで喧嘩屋でなければ、本当に娘を預けてもいいかもしれない。そう思えるほどに。

「試合だ。明日、賭け試合をしてもらう。それに勝てば、伊集院と撫子のことはなかったことにしてやろう」

「本当ね! 勝てばいいのね!」

 撫子はソファから立ち上がった。嬉しさが、はちきれんばかりに溢れ出ている。セージは未だに負けなしの喧嘩屋だ。当然勝てると思っているのだろう。しかし、そう簡単に勝たれてしまっては面白くない。

「そうだとも。ただし、対戦相手はこいつだ」

 口元に浮かぶ笑いをこらえつつ、私は手元の書類から一枚抜いて、セージへと示した。それは、さきほど目を止めたリストの一枚だ。

「こいつは……!」

 セージの目が驚愕に見開かれる。そのリストに記された意外な名前が、セージをそうさせているのだろう。

 それは、喧嘩屋として新しく登録したばかりの者のリストだった。

 リストに記されていた名前は、イデ。

 セージの相棒の名である。



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