がんばったでしょう
くまのクーは動物の学校の1年生、字やたし算、ひき算を習っています。
きれいな文字が書けた時、テストで花丸をもらったとき、やぎ先生から「がんばったでしょう」のはんこをもらいます。
「がんばったでしょう」のはんこをもらってるのは、クーだけではありません。
クラスのみんなも、いっしょうけんめい何かに取り組むと先生がみとめて「がんばったでしょう」をもらいます。
「がんばったでしょう」のをもらうとうれしい。
とてもわくわくします。
もっといっぱいもらいたい、と思います。
通っているうちに学校にずいぶん慣れてきました。
季節は冬。
冬ごもりするクーたちなどの動物たちに合わせて長い休みがもうすぐ来ます。
あと、どのくらい「がんばったでしょう」がもらえるのでしょう。
ふと、クーは思いました。
「がんばったでしょう」先生にはありません。
おかあさんにも、おとうさんにもありません。
大人だから、「がんばったでしょう」をもらわないのでしょうか。
大人だから、がんばっていないのでしょうか。
クーは他の子たちを呼びました。
動物の生徒たちでみんなで、おとなにないしょのお話です。
おもしろそうだということで、みんなで「がんばったでしょう」を作りました。
「やぎ先生がんばったでしょう」
やぎ先生は、切りかぶで作られたいすから、急に立ち上がった生徒たちのかおを、目を丸くして見ました。
クーはそんな生徒の代表として、一歩前に出ると、二つ折りにしたみどりの折り紙を広げて、うらに書いた字を読みました。
ぼくたちに、字とけい算をおしえてくれてありがとう。
ノートや本を食べずに、たくさんの「がんばったでしょう」をくれてありがとう。
やぎ先生は目を細め、ククッと笑い声をもらしました。
そして、「ありがとう」と大きくなはっきりした声で言いました。
クーたちの「がんばったでしょう」、
やぎ先生の次は、学校のとなりにある、いのししのおじいさんの文房具屋さん。
「よくがんばったでしょう」
今度の代表はクーの後ろの席にいる、たぬきのたっくんです。
たっくんの持っている色紙は茶色で二つ折り。
広げて読み出します。
たっくんの耳の内側がうっすらと赤くなっています。
ノートにえんぴつ、学校に必要なものを売ってくれてありがとう。
お休みしないで店をしてくれてありがとう。
そしておまけの飴玉をときどきつけてくれてありがとう。
いのししのおじいさんは、はじめは店先にならんだ生徒たちにびっくりしていました。
けれど、すぐににっこりほほえみました。
クーたちは下校しながら、「がんばったでしょう」を順番に村の動物たちにあげました。
パン屋のノネズミさん。大工のオオカミさん。などなど。
そして、個人での「がんばったでしょう」へと移ります。
クーたちはたっくんたちと別れて、家に帰りました。
クー自身の個人への賞は赤い折り紙と青い折り紙の2枚。
「おかあさん、よくがんばったでしょう」
クーは大きな声で、赤い折り紙を広げて、読みました。
おかあさんは料理している手を止めて、クーを見つめました。
おかあさんがんばったでしょう。
おいしい料理をありがとう。
ぼくのおかあさんでありがとう。
おかあさんは、心の底からほっこりじーんとした気持ちで、クーの言葉を聞きました。
「おとうさんがんばったでしょう」
青い折り紙を広げて、しごとからかえってきた、おとうさんに読み上げました。
おとうさん、おしごとがんばったでしょう。
おやすみの日はあそんでくれてありがとう。
こんどは魚つりに行こうよ。
おとうさんは少しびっくりした顔をしましたが、すぐに大きな手のひらをクーの頭に乗せました。
そしてわしわしと頭をなでます。
「最後の、クー自身のおねだりだろ?」と笑いだしました。
クーの個人への「がんばったでしょう」はこれで終わりです。
クーはにこにこしていましたが、急にはっと目を見張らしました。
おもむろに学校のかばんを開け、真新しい白い折り紙を取り出すと、机に向かいます。
追加の「がんばったでしょう」作りです。
書き終わると、ていねいに二つに折り再びかばんの中にしまいました。
翌日、学校が終わると、村の丘に立つ背が高くて大きな木に向かってクーは歩きました。
風は冷たく冷えています。
クーは思わず首を竦めました。
目的の木に来ると、鞄を置き、きのう書いた「がんばったでしょう」の折り紙を取り出しました。
そして折り紙をしっかりと持ながら登って行きました。
木は葉をすでに落としていて、細枝にあたると手足がちくちくします。
クーは用心しながらのぼっていきます。
木のてっぺから中ほど上を行ったあたりで、急に幹が細くなりました。
風が吹くとゆさゆさと揺れが大きく感じます。
クーはこれ以上登れないと思い、細枝の間に挟むように、「がんばったでしょう」を置きました。
そして木から降りていきました。
地面に着くと、「がんばったでしょう」を置いたあたりの枝葉を見上げました。
白の色紙がちらちら見えます。
クーはそれにむかってぺこりとおじぎをすると、木の元に置いていた鞄を取り、家へと向かいました。
クーの書いた「がんばったでしょう」は村の動物たちに、向けたものではありません。
こうして置いても、目当てのものに届くとは思えません。
でも書きたい。
伝えたい。
日がかたむき辺りは暗くなりました。
風がゆさゆさ枝を揺らし、クーの書いた折り紙はその勢いで枝葉から放れました。
寒風にあおられ舞っていきます。
凍える風がビューと吹き下しました。
それに応えるように白の紙がひゅるりと滑るように落ちていきます。
はらりと紙が開きました。
冬さんがんばったでしょう。
寒くて冷たくてぼくは苦手。
だけど木の芽や花の芽は寒さに合わないと開かないこと。
ほんとは大切な季節、ありがとう。
白い紙は地面に落ちました。
だんだんと、土色に染まっていきます。
やがては土と一緒になり区別がつかなくなりました。
そして月日がすぎ、日差しが温かく感じられる頃。
そこには小さな芽が一面に吹いていました。