ACT.3【異能者と聖職者】
この物語はフィクションです。
この物語の舞台は現実の世界とは全く関係ありません。実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
SIDE Ren Ayasaki
学校が終わると僕は早々と学校を後にした。部活や委員会に入っている訳でもない僕にとって放課後の時間で学校に残る理由がないからだ。
中学3年生になったので、世間では受験生という位置づけになるのだろうが、僕は特に進路を決めている訳でもないので受験勉強をする気にもならない。数少ない友達も受験勉強で忙しいので遊びに行く事も出来ず、僕はただ邪魔にならない様大人しくしている事しか出来なかった。
「雨、まだ降っているのか」
校門を出て傘をさし、曇った大空を見上げる。自分の心象風景をイメージする様な空に僕は溜息をつき、帰路に着き始めた。
学校から僕の家まではそう遠くはない。今の歩く速さでは30分程度と言った所か。元々歩くのは遅い方……というよりゆっくり歩くのが好きなので遅くても30分はかかる。つまり今はゆっくり歩いているのだ。
橘町と呼ばれるこの町は中々広大な規模の面積を有しており、比較的都会でもある。僕が住んでいる場所はその橘町の隅で、周りに家はあまり建っていない。ご近所さんにも少し歩かなきゃ出会えない……という程で、あまり綾咲家は他の家とは関わりを持たない一家だ。
中心街の方に行けば大きなデパートやレジャー施設などが整っている。さらに僕の家の正反対に位置する橘山の頂上には洋館があり、そこには幽霊が住んでいるという噂で有名なミステリースポットも存在する町だ。
「今日の夕飯はどうしようかな……」
ふと立ち止まって夕飯の事を僕は思い出した。一緒に住んでいる父が料理をする筈もなく、必然的に家事は僕が行っている。父親は外食が多いが、たまに僕が作った物を口に運ぶ時がある……が、口に運んでも何も感想が来ないので作っている者としては不機嫌極まりない。
今日は恐らく家で食べるだろうから二人分用意しなければいけないな。僕はそう思うと財布の中を確認してからスーパーへと足を運んだ。
◇◆◇◆
「こんなもんでいいかな」
スーパーから出てレジ袋の中身を見ながら僕は呟いた。雨は止んでいて、傘を差す必要もない曇り空を見上げながら夕飯の事を考える。今日の夕飯は適当に済ませたい所なのでパパッとカレーにする事にした。煮込む時間が少しあるがそのくらいどうって事ないので気軽に調理できそうだ。
小学生以前の記憶が僕にはない。故に最初に話しかけられた時、相手が誰だったかなんて微塵も憶えていなかった。その相手は父親だと僕は思うのだが。
――――思う、という意味はまだ目覚めたばかりでぼんやりしていて覚えていないという事だ。父を尋ねても覚えていないと一点張りで埒が明かない。僕がどんな風に母を殺したのか、当時はどんな状況だったのか、母はどんな人だったのか、母に関する事は何一つ教えられていない。何度も何度も問い質した事もあったが、父は教えてはくれなかった。
「ん? そういえば妙に人がいないな」
スーパーから出て少し歩き、僕は周りの静けさに疑問を持ってその場に立ち止った。確かに、橘町の隅にあるこの地区には住んでいる人が少ないが、あまりにも静か過ぎた。さらに、歩いている人が一人もいない。
時間にして5時を回った辺りだろう。この時間帯なら誰かが外にいて歩いていてもおかしくは無い筈なのだが――――。
ガキキキキィィィン!!!!
「っ……?」
――――刹那、とてつもない金属音が僕の耳に入って来た。例えるならそう……剣と剣がぶつかる様な鉄の音。
僕はすぐさまレジ袋と鞄を手にして音が聞こえた所へ走り出す。バシャバシャと水溜りなど気にせずにただひたすらに走り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……う、嘘だろ?」
目の前に広がるのは――――異質な『何か』だった。神父のような恰好をした男性がニヤリと口元を緩め――――いや、歪めている様だった。例えるなら悪魔、この世の悪その物の様な邪悪な笑み。
その男の手は燃えている。比喩のしようがない。手が燃えていた。揺ら揺らと燃え動く炎が男の手に留まっているのだ。
対するのは女性。これまた僕は息を呑む。その女性は今朝大通りで出会った女性だった。服装は今朝と変わらず白いTシャツの上に薄い水色の上着を羽織っていて、下は水色のロングスカートを着ている。両耳には水色の涙の形をしたイヤリングをしていて、今朝の妖艶な笑みではなく憤怒の顔をしていた。
そしてその彼女の傍らには水で造られたであろう人形が立っている。姿形は騎士を連想させ、水の剣、水の盾、水の鎧、水の兜を装備している。
僕は息を呑みながらも彼らに見つからない様、茂みに隠れて様子を見始めた。
SIDE OUT
SIDE Madoka Minazuki
私がこの橘町に辿り着いたのはつい数日前。目的の為に隣町から橘町までやって来てから私は唯自分自身の為に行動していた。
『で? 橘町まで来たのはいいが、標的がどこにいるのか分からない……と?』
「あは……可愛い男の子なら今朝、大通りで見つけたんだけどね」
電話の向こうで溜息が聞こえる。私こと水無月円華は一言で言うとショタコンだ。と、言っても幼稚園ぐらいの男の子が大好きです! とか、小学生ぐらいかな~とか、そこまで重度ではない。中学生から高校生ぐらいの年下の可愛い男の子が大好きなのよ!
コホン……話が逸れたわね。いや、逸れていないかしら? 兎も角、今年から大学生になる私は年下の男の子が大好きで……じゃなくて、目的がある。それは一人の男を殺すという事。可愛い乙女が血塗られた事をするのもどうかと思うが、私にとってそんな世間体はあまり気にしていない。
何故なら、それが私の存在価値だから。生きている理由だから。私はそんな事を考えながら携帯から聞こえる親友の声を聞き取る。
『まぁいいけど。それで、その朝出会った男の子が……何か関係ありそうなのか?いや、お前の事だ……あるのだろう?だから態々朝が弱いお前が無理をしてまで会いに行った。違うか?』
淡々とこちらの思考を読んで来るなぁと、私は苦笑を漏らした。しかも完全に見破られている。旧知の間柄でもあり、仕事仲間、親友、数え切れない程の関係を持つ私と彼女に隠し事は最早意味を持たない。
「うーんと、あの可愛い子犬ちゃんってこの橘町じゃ有名なのよね」
もう一度会ってみたいな、なんて思いながら私はベッドに寝転んだ。何せ彼は私の好みに完全に当てはまる子犬ちゃん――ゴホンゴホン、男の子だったのだ。
そして、橘町にある高級ホテルの一室で連絡を取っている私は片隅に置いておいた水を口に着けながら説明し始めた。恐らく、彼女もこの情報は既に入手済みだろうが、事務連絡としては申し分ない。
「綾咲煉……標的の息子さんよ。裏付けも済んでいるわ。でも、彼は異能者ではない――というより、まだ自分が何者なのかを理解していない。仮にもアイツの息子なのに何一つ裏の世界へ関与していない。確かに、アイツの息子という意味で有名だけど直接有名という訳ではないわ」
『ああ、知っている。だが、奇妙な事で有名だ』
そう言われて私は目を細めた。彼がこの橘町で有名な理由。それは――――、
「――――親殺し」
ポツリと、自然に口から零れてしまった一言に、零してしまった私本人が唇を噛み締めてしまった。
この橘町で起きた大きい事件。当時、小学生だった綾咲煉が自分の母親を殺してしまったという事件。だが、不可解な事にその事件は不可能犯罪だったらしい。凶器らしい凶器もなく、小学生だった綾咲煉が体中血で染めて、グチャグチャになった母親を見下ろしていたという怪奇事件。それだけでは綾咲煉が殺したかどうかは定かではないが、彼が母親を殺したというのを見たという人が大勢いて、結局彼が犯人と祭り上げられた。
だが、証言した人達は裏で葬られてしまっている。死体こそ現れなかったが、行方不明になって約7,8年。見つかる可能性は皆無だろう。恐らく、綾咲煉の母親が死んでしまったのは『異能』に関係しているのだろう。その為に、その現場を見た一般人は証拠隠滅の為に消されてしまったのかもしれない。
『そうだ。それ故にその事件を知っている者は綾咲煉を知らない者はいない。入手した情報だと、綾咲煉と共に住んでいるらしいぞ、お前の標的はな。今メールで綾咲煉と標的が住んでいる家までの地図を送信する。ではな、健闘を祈るよ――――円華』
そういうと彼女は電話を切ってしまった。トゥー、トゥーという音が聞こえて私は携帯から耳を離し、溜息をつく。すると、メールの着信音が部屋に響き渡り、綾咲煉の家までの地図が添付されて送信されてきた。
私はフフッと妖艶な笑みを浮かべると、仕事モードに切り替えてホテルから水の様に溶けて消えて行った。
「――――待っていてね、子犬君。お姉さんが……アイツから、綾咲智則の手から救い出してあげる」
そんな一言を残して。
◇◆◇◆
――――『異能』。それは人としての能力とは異なる異質な能力の事を指す。例えば、炎を操つる、将又動物を使い魔にして使役するなど、そのジャンルは本当に幅広い。世間では、いえ――裏の世間ではそれらの異質な能力を使う者を『異能者』と呼ぶ。
異能者は主に裏社会で活動している。何かしらの力を持つ異能者が一般人に異能の力を見られたら報道物だ。見られた者も見てしまった者も基本は抹殺されてしまう。この事を『異端の漏洩』といい、異能者は自分の目的や仕事で殺されない為に秘密裏に活動しているのだ。
そんな異能者を管理している組織もあり、また異能者を狩る組織もある。異能者を管理している組織を『異能取締共会』といい、異能者を狩る組織の事を『異端審問会』という。この二つの組織は対立の関係に位置しており、毎度の様に殺し合いをしている。
そんな二つの組織の間には小さい個人の組織がいくつもある。力のある異能者の集まりである小組織は数え切れない程存在するだろう。そういった小組織に属していて、尚且つ異能者の間でも相当有名なのがこの私――水無月円華なのよ。
と、自分の事を自分で褒めていてもあまりいい気分がしないし、これ以上はやめておくけど、この世界には何万、何億という数の異能者が存在している。
異能には二つの種類と例外があり、基本的には『個人異能』と『共通異能』の二つに分かれる。
『個人異能』はその本人一人しか使えない異能の事を指す。これには源語という物が存在していて、その源語に沿った個人異能が使えるのだ。この異能を持つ者は50人に一人いるかいないかの割合で、異能取締共会では重宝されているが、異端審問会ではかなり危険視されている。
『共通異能』は沢山の人がそれぞれ扱う事の出来る異能を指す。これは一般的には魔法や魔術、超能力という部類に分類する事も可能だ。簡単に言えば、炎を操る、水を操るといった簡単にイメージ出来る物は大抵この共通異能にカテゴリされる。この異能は異能取締共会が直々に建てた異能共同学校で教わる事も可能だし、誰かに師事して貰い、教わる事も可能なのだ。
例外についてはさて置き、私達異能者は皆これらを扱う事によって成り立っているのだ。
「さて、恐らくこの近くが綾咲煉の家の筈なんだけどなぁ」
私は人気が少ない住宅街に入って添付されて送信されてきた地図を見て呟く。橘町には仕事上何度か訪れた事があったが、こんな隅にまで来た事がない私は言うまでも無く迷ってしまった。
「ああん、もう! 迷子の迷子の子犬君を見つけるのならまだしも、私が迷子の迷子の子猫ちゃんになっちゃうなんて……はぁ」
そこまで言って私は脱力したように溜息をついた。急がなくてはあの子犬君――――もとい綾咲煉が学校から帰って来てしまう。そうなればあの子の父である綾咲智則を綾咲煉の目の前で殺す事になってしまうからだ。そうなってしまったら、後味が悪いし、尚且つ誰かの目の前で人を殺すのは私的に嫌いだ。
「私って妙な所で甘ちゃんだもんな……」
私はそう苦笑すると、仕方ないと諦めて偶々横を通り掛かった男性に話しかけた。
「すいません、この町に住んでいる綾咲さんというお宅をご存じないですか?」
そう聞くと、その男性はピタリと足を止めてこちらを振り返った。どこかの教会の神父か何かなのか、黒々しい神父服を着て首には十字架の形をしたペンダントをぶら下げている。
私はその姿を見て心の中で舌打ちをした。神父やシスターといった教会の者は私を含めて異能者全員のタブーである。教会の者は大体『異端審問会』に所属しており、彼らは一般人でありながら私達異能者に対抗する手立てを持っているからだ。全員が異端審問会に所属している訳ではないが、新米や神父やシスターになって1年そこいらの者以外には例え異能者に対抗する力を持っていなくても異能者の存在や裏の世界の存在を知らされる。
故に、今私の目の前にいる神父は私の存在を見切る事が出来るかもしれないのだ。神父であろう男は私の姿を瞳に映すと見据える様にして私の事を見つめてくる。
体全体を舐められている様な感じがしてきて気味が悪い。表情には出さないが心の中でどう出るかを迷っていると、見定め終えたのか神父は口を開いた。
「フム、些か怪しいがいいだろう。私も綾咲家に用があったのだ。君が良ければ私と一緒に来ないかね?」
どういう風の吹き回しだろうか。私は密かに臨戦態勢を取って神父を睨む。気付かれている――――『些か怪しい』と悟られた時点で目の前にいる聖職者は私が何者なのかに気付いているのだ。
私の心中を察した様に神父は嫌味の様な皮肉の笑みを見せるかのように口元を上げた。さて、どうするかと私の頭の中では思考が張り巡らされている。
「あら? 私は道さえ教えて頂ければよろしいのですが」
「そう構えなくても良い。君が何者なのか、目的は何なのかは分からないがこんな片田舎に態々出向いてくれたのだ。神に仕えている身として歓迎するのは当たり前だろう?」
「そんな謙遜はいらないわ。目的は兎も角、私が何者かぐらいは分かっているのでしょ? いくら貴方がこの橘町を片田舎呼ばわりしていても流石に異能者と聖職者という人間社会の裏はご存じでしょうに」
私はそう目の前の神父――聖職者と呼ばれる男から距離を取るように後ろへ下がる。すると聖職者は納得した様に声を漏らした。
「ほう? 中々に鍛えられているな。引き際のタイミングを心得ている」
聖職者とは言葉の通り聖なる職に就く者の事を指す。長年、本当に気が遠くなる程の長い間異能者と聖職者は敵対してきた。異能者を管理するのが『異能取締共会』ならば聖職者達を管理している組織は『異端審問会』だ。異能者を裁き、この世に秩序と平和に満たされる様にするのが彼らの目的であり義務である。聖職者の中には異能を扱える者もいるが大半は個々の何かしらの力に他ならない。
『異能取締共会』は以前彼らがどんな訓練を積んで異能者に対抗しているのかと調べた事もあったが、何一つ成果を上げられなかったぐらいの機密事項らしく、どんな事をしても聖職者の強さの秘密に辿り着けなかった。
「貴方こそ、その服の袖に隠している短剣の扱いはずば抜けている様ね。後一瞬反応が遅れたらこの美しい肌に傷が付く所だったわ」
ホテルにいた時に振っていた雨は既に止んでいる。周りに人はいない。前者はただ単に雨が止んだだけだろうが後者はそんな自然現象ではない。
私と神父が即座に作り上げた人払いの結界によって外界から遮断されているのだ。私は相手の実力を咄嗟に分析しながら愛用の武器を何もない空間から一つの言霊と共に取り出した。
「――Set(工程完了)」
渦を巻く様に空気中の水分が逆巻きし出し、その中から一対の扇を取り出した。透き通った水色の扇と花模様の上品な扇。私の愛用の武器である――『葵』と『雛』である。
「その扇……成程、かの有名な水無月の家系の者か」
聖職者は眉を上げて訝しげに私を見てくる。その目と私に伝わってくる殺気からは何故このような場所に貴様の様な奴がいると語っていた。私はふぅ、と息を整えると二つの扇を構える。
透き通った水色の扇――『葵』、花模様の上品な扇――『雛』。二つで一つの扇を手に私は駆ける。
「フッ」
聖職者は余裕の笑みを見せながら服の袖から三本の短剣を私に投げつけてきた。鉄と鉄がぶつかり合う様な金属音が結界の中で響き渡る。雛で三本の短剣を叩き落として葵で相手を切りつける。
氷の様な美しい輝きを見せる葵は文字通り刃だ。自分が持つ所以外の全てが刃という類に属している。
「――――ほう」
それは感嘆の呟きだろうか、将又違う意味で漏らした呟きなのか。私は殺すか殺されるかの瀬戸際の戦いをしている。
相手の実力は大体把握できた。良くて私と互角、悪くて私以上。こんな奴がなんでこんな極東の地で身を潜めているのか、私には理解が出来ない。
「チッ――はぁ!」
交互に葵と雛を振るう。葵が攻撃に特化した扇なら雛は防御に特化している扇だ。私は投擲される短剣を雛で防ぎ、葵で攻撃を繰り出す。
だが、私の目の前にいる聖職者は恐らく熟練の実力者なのだろう。確実に私が防ぎ難い所へ短剣を投擲し、さらに動きを読めるのかと疑う程の行動で私の攻撃をかわしている。ヤバい――と私は心の中で呟いた。このままではジリ貧だろう。それは相手にとっても同じだろうが私と違って相手はただ短剣を投擲しているだけ。体力勝負となったらか弱い乙女には不利なのです。
「うーんと、貴方強いわねえ」
私は動きを止めると左手と右手にある二本の短剣を構えている聖職者を睨んだ。対する聖職者は私の突然の発言に訝しげな表情を見せる。
さて、出し惜しみをしていたらこちらが負けてしまうわ。私は『葵』と『雛』を空中へ高々と放り投げた。
「っ――!?」
聖職者は遥か上空へ舞い上がった二つの扇を見上げて息を呑んだ。私が上空へ放り投げた扇は空中で開かれてそのまま静止している。
私はそれを確認すると目を瞑り、両手を胸の上に置いて祈る様にこれから先の未来を紡ぐ言霊を唱え始めた。
「――――水無月の名の下に儀式を始める」
ポワンと泡のような物が私の身を包み始めた。聖職者は慌てて短剣を私に投げつけるが時既に遅く、身を包んでいる泡のような物が短剣の行く手を阻む。
「――――自然界の源を任されし、その力を暫し貸したまえ」
「これは……水無月家の呪術!?」
唇を噛み締めながら聖職者は唸り出す。異能には二つの種類の他に一つだけ例外がある。それは血筋や家系が大きく関係している異能を指す。本来、異能者として人間が自覚するのは突然変異や奇怪な現象によって異能が覚醒した時である。
例えば突然人差し指から炎が出る様になったとしよう。それは紛れも無く突然変異で覚醒した異能だ。だが、その力が濃ければ濃い程後世へと継がれていく。異能者と異能者の間に子供が出来た場合、ほぼ確実にその子供は異能者の素質がある。それが長年続いて来た由緒ある家系などは『継承異能』と呼ばれる例外にカテゴリされる異能になる。
勿論、多数ある歴史深い家系にはそれぞれ特化している異能があったり、将又個人異能がそのまま語り継がれている家系もある。
私の家系は前者の方だが、世界的にも注目されている家系の一つである。私の家系である――――水無月家は主に水属性の異能を扱うのを得意としており、通常水の異能は水が側になければ使えないのに、水無月は空気中の水分を使用して戦う事が可能という家系なのだ。
だが、それだけではない。別段、水無月家は空気中の水分を使用して水の異能を扱えるだけではない。水の異能の発動条件である起源、水が側にあれば使えるという条件も勿論使える。
故に――――、私の立っている所に溜まっている水溜りから異能を使う事だって可能なのだ。
「――――媒体は水溜り、使用者は水無月円華」
「継承異能か……不味い」
咄嗟に聖職者は後方に下がるが、私――――水無月家四代目当主、水無月円華の詠唱は終わりを迎えていた。
「――――生命の源でもある水よ、さあ生みなさい! 私を護る水の騎士を!!」
ザッパァァーーーン!!! と波が打たれるような音が響き、私の横に一体の騎士が生まれた。水の異能の機嫌は『生命』、それは使い魔を召喚したり傷を癒したりするのが主要の異能。
使い魔として召喚された私の騎士には水で出来た剣、水で出来た盾、水で出来た鎧、水で出来た兜を装備している。無言で立ち尽くすその姿はまるで私を護っている様だった。
「まっ、私は別に使い魔に護られるだけじゃないけどね。どうせなら可愛い男の子が『僕が君を護るから』なんて言ってくれなきゃ護られるだけの存在にはならないわ!」
軽口を叩きながら上空へ静止させていた『葵』と『雛』を自分の手に収めて構える。これで事実上二対一、些か卑怯な感じもするがこれも実力による賜物だ。遠慮なく戦わせて貰うとしようかしら。
「成る程な。どうやら貴様を侮っていたようだ。そうだな、君のその実力に免じて自己紹介でもしよう」
と、突然聖職者は不敵な笑みを見せながらそんな事を言った。私はどんな企みを持っているのか考えながら、そして十分に注意しながら自分の名前を発した。
「私は水無月家四代目当主、水無月円華よ」
「これはご丁寧に。私はダン……異端審問会に属しながら――――」
そう自分の名前を語ってダンと呼ばれる聖職者は自分の手を掲げてこう続けた。轟!! とダンの手から激しい炎が燃え上がる。
「自らが異能に手を染めた、異端信徒だよ」
雨が止み、水溜りに映るのは灰色に染まった曇天の空。『綾咲智則』を標的にする異能者、水無月円華と異能を狩る為に戦う聖職者、ダン。橘町で私とダンの第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。
未熟ながら更新致しました。以前の予告通り、十日という長い間更新出来なくて申し訳ありませんでした。
しかし、これからの学校行事や自分の用事を見ていくと、本当に執筆する時間が少ないと感じてしまいました。出来るだけ早く読者の皆さんに次話を届けたいなと思うので、気長にお待ち下さい。
感想、意見、誤字脱字報告がございましたらソフトにお伝え下さい。
お気に入り登録、お気に入りユーザー登録、評価ポイントは随時お待ちしています。
それでは、読者の皆さん……応援よろしくお願いします!
2011/05/31 文字修正