ACT.2【綾咲 煉】
この物語はフィクションです。
この物語の舞台は現実の世界とは全く関係ありません。実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
SIDE Ren Ayasaki
5月21日。別段特別な日という訳でもないが、梅雨真っ盛りのこの時期、この日は僕を憂鬱にさせるには申し分なかった。ポツポツと昨日の夜から降り続いているこの雨を寝起きの朝に見た時には本気で学校を休もうかと思ったぐらいだ。
今年の春に中学3年生へと進級した僕こと綾咲煉は他とは少し違う家庭で育ってきている。母親はとある事情で他界し、実の父は仕事に明け暮れてここ数週間顔すら見せていない。というか、薄情な僕は父親の顔を最早記憶から除外している。
嫌いという訳でもないが、好きにもなれない。何の仕事をしているのかは知らないが、たまに白衣を着ていたりするので恐らく科学者やそっち方面の仕事をしているのだろう。
仕事が忙しいからという訳ではないだろうが、僕に何の関心も持っていないので僕もあまり父に関心を持っていない。
通学路で傘をさしながらトボトボ歩いていると、自分と同じ学校だと一目見て分かる少年少女が一つの傘を二人で使っているのが目に映った。俗に言う相合い傘だろう。自分と同じ制服を着ている男子と、少しスカートの丈が短いので有名な我が中学校の女子制服を着ている女の子が和気藹々と話しながら歩いている。恐らく、彼氏彼女の――相思相愛の関係だろう。
僕だって、健全な男子である為にああいった事に興味がない訳ではない。だが、ああいった関係になった事などただの一時もなかった。友達もそう多くはないし、ましてや女子の友達なんて一人もいない。まあ、別に自分から友達を作る様な性格をしている訳ではないが、以前自分の一人称に指摘を入れられた事があった。
『僕とかキモッ! アンタどこのお子様よ?』
そこで思わず綾咲家のです、と言ってしまい今では逆に女子から避けられている状態だ。失敬な、この世には一人称が『僕』の奴なんてかなりいると思うぞ。だが、生憎と僕の学校で、さらに僕と同じ学年で一人称が『僕』なのは僕一人しかいない。まあ、他にも沢山理由があるのだが。
「おっす、今日も暗い顔してやがるな~。それじゃ、モテないぞ!」
ドン! と強く背中を押したのは他でもない僕の唯一無二の友達、川上茂だ。身長は、163cmである僕を簡単に超えていて、もうすぐ180cmに近付く巨漢である。空手を幼少期から習っているらしく、その喧嘩の腕はお墨付きだ。そこら辺の不審者程度なら秒殺だろう。
「おはよう、茂。って、後の方は余計だよ」
少しムッとして僕が茂の言葉に不貞腐れると、茂は大声で笑い出した。8時前という事で、近所迷惑にもなりかけそうだが、いつも通りの様子に僕は無視を貫き通す。しかし、茂はそんなのお構い無しに僕の傘に入って来た。恐らく、傘を持ってきていないのだろう。そこで僕は思い切り茂を蹴り飛ばした。
「いって! いきなり何するんだよ!!」
「それはこっちのセリフだ!! いきなり傘に入って来やがって……変態ホモ野郎か、お前は」
少々言い過ぎかと思ったが、その心配を簡単に壊してくれるのがこの川上茂という男だ。ニヤリ、と意味深な笑みを茂は見せると前方を歩くカップルらしき組み合わせを指差して言った。
「ほう、俺がお前の傘に入ってしまうと前方のカップル様みたいに見られるって? ただでさえ女子から嫌われているのにこれ以上変な噂を立てたくないと」
う、と僕が言葉を詰まらせるとさらに茂の口元が歪み、ヤレヤレといった表情で僕の方に視線を向けた。この男は一応友達ではあるが、そこまで好きにはなれない。何故なら事ある毎に僕をからかい、そして弄る。茂には彼女がいて、さらにその彼女は僕の事が大嫌い……と、いうより先程一人称について僕の事をキモイと言っていたと紹介した女だ。
さらに、度が過ぎると茂本人が彼女を止めるが、少しの事なら茂はすぐに悪ノリしてくる。
「全く残念だよなぁ……お前外見はまあまあなのに、その……人を寄せ付けない性格と色々な変な噂がお前の青春を邪魔している」
以前まだ中学生だろう、と言ったら茂に高校になってもそのままじゃ彼女なんて出来ないよ、と言われた事がある。僕が今通っている中学に入学した時、ある女の子からカッコいいと言われた事があった。
身長はそこまで高くはないが、低くもない。顔立ちはどちらかというと中性的で、眼鏡が良く似合うと言われた。眼鏡は基本的に授業中や読書など、目を集中して使うときにしか使わない。つまり、眼鏡をかけていない時はそこまでカッコ良くないのだろうか、と悟った時もあったが今となっては関係無い。まあ、少しでも評判良くする為に眼鏡は常時着用だが、もうカッコいいなんて言われる事はなかった。
「うるさいな、仕方ないだろう? これが素なんだから。変えろと言われて不自然じゃ本末転倒じゃないか」
そう言って、僕はバッグの中に入れていた折り畳み傘を茂に渡して歩き出した。僕は黒髪だが、茂は茶髪。彼女がいる身として髪や外見に気を使っている茂の為に僕は折り畳み傘を貸したのだ。
茂はありがとよ、と折り畳み傘を受け取るとすぐに開き、僕の隣を歩いて行く。そこで、僕はふと疑問に感じた事を聞いてみた。
「彼女さんはどうしたの? いつも一緒に来るのに珍しいね」
傍から見たら素朴の疑問だろうが、これでも友達をしっかりと想う人間だ。いつも仲良く、前のカップルと同じ様にイチャイチャしながら学校へ来るのにどこをどう見ても彼女と一緒ではない。
すると、茂はバカ野郎、と不貞腐れながら説明し始めた。
「あのな、俺だって四六時中アイツと一緒って訳じゃない。今日は日直だから先に行くってよ」
なるほど、と僕は相槌を打つ。僕に対しては気の荒い茂の彼女は茂にはメロメロで最早崇拝していると言っても過言ではない。噂では、危ない人達に絡まれていたのを茂がカッコよく助け出したとか何とか。兎に角、そんな運命的な出会いをしてからはもう彼女さんと茂はラブラブなのだ。
茂の話では、その助けてくれたのをキッカケで、彼女から付き合って欲しいと告白されたらしい。その彼女は学校では中々美人の部類に入る為、茂は一言でOKの言葉を返したそうだ。つまり噂は合っている。
そんな事を思い出しながら、僕は先程の茂の様なヤレヤレといった感じで茂を促した。
「なら、その彼女さんの手伝いをすればポイントが上がると思うのだけど?」
「…………な、なんてこった。その発想はなかったぜ!! また後でな!!」
僕の指摘に茂は目を見開くと、陸上部顔負けの走りで学校に向かった。ここから学校はそう遠くない。走れば5分もかからないだろう。茂はすぐに僕が見えない位置まで走りぬいていた。
◇◆◇◆
大雨の中、僕は茂と話していた場所から少し歩き、大通りに出た。朝の8時だからなのか、何台か会社へと向かうサラリーマンの車が数台走っている。横断歩行がある所まで歩み寄り、そこで立ち止る。
「少し肌寒いな」
5月なのに少し肌寒い。この大雨のせいかどうかは知らないが、天気予報では軽い上着を着る様にと促していたのを思い出す。朝が早い僕にとって、一日天気予報を3回は見る。内、朝2回に夜1回。朝見るのは2回目分を見られるまで家にいるのと、朝早くて一回目の天気予報を見る事が出来てしまうからだ。
「……まだ信号は変わらないのか」
ここの信号は変わるのが遅い。茂は運良く早く行けたのだろうが、僕は運が悪かったみたいだ。全然信号が赤色から青色に変わらない。ブオーッと何台もの車が僕の目の前を通り過ぎて行くのを眺めながら、視線をチラリと信号に向けた後、目の前の道路に目を向けた。
「…………ん?」
そこで僕は目を見張った。僕がチラリと信号を見た僅かの間に、横断歩行の向こうに一人の女性が立っていたのだ。綺麗な黒髪のセミロング、そして凛とした顔立ちにスラッとした体つきに出る所は出ている抜群のボディライン。耳には雫の形、涙の形ともいえるイヤリングをしている。その圧倒的な存在感に僕は数秒彼女に見惚れてしまった。
少し今日は肌寒いというのに夏が近くなっているからか、その女性は白いTシャツに薄い水色の上着を羽織っているだけだ。下はこれまた水色のロングスカートで、妖艶な笑みを見せる彼女は十分色気を感じさせる程の美人だった。
だがすぐ我に返ると、僕は信号が青になったのに気が付いた。が、その青になった信号を一瞬見た次の瞬間、視界を戻してみると僕が見惚れていた女性はいなくなっていた。
「…………え?」
慌てて走り出し、僕は彼女が立っていた場所に赴く。しかし、そこには人が立っていた痕跡はなく、ただこの大雨で出来てしまった水溜りがあるだけだ。だが、耳元で透き通った女性の声がささやいてきた。
「気を付けなさい。その内、貴方の身に大変な事が起きるから」
ハッと気付いて僕は後ろを振り向く。しかし、そこに女性は立っていなく、ただ雨が降り続いているだけだった。
◆◇◆◇
謎の女性との遭遇後、僕は走って学校に行った。気味が悪くなったというのも理由の一つだが、耳元でささやかれた後、あまりの事に呆然と立ち尽くしてしまったので遅刻ギリギリになってしまったからだ。
僕が教室に入ると、数人の女子がため息と共に軽蔑の視線を向ける。恐らく、遅刻してしまえばいいのにとか、何で学校に来るんだとでも思っているのだろう。だがそれも既に日常茶飯事の為、僕はあまり気にせずに自分の席に座った。僕が嫌われているのは一人称と誰が流しているのか知らないが、ある事ない事を言い触らされているせいだ。
気にしていないと言えば嘘になるが、犯人を捜すのも面倒臭いし、如何せん乗り気じゃない。自分の事なのに関心を持たないのかとか、彼女欲しがっているのに身の回りの事に気を遣わないのは矛盾していると茂に言われた事がある。僕はその時、不覚にも確かにそうだと思ってしまった。
もしかしたら、自分で言うより彼女が欲しいなんて思っていないのかもしれない。だが、心の置き所が欲しいだけなのかもしれない。友達は少なく、親は自分に無関心、僕はただ単に心を安心して置ける場所が欲しいのかもしれない、とこの頃ではそう思う。
少し経ち、僕が朝礼の時間まで後少しだと時計で確認すると、茂が僕の席に寄って来た。
「よっ、意外と遅かったな」
茂はそう言うと、僕の前の席に座った。何度目かの席替えで茂が前方の席になってからは一層茂の彼女の視線が強くなっている。一番僕の事が嫌いなのに、僕にとっての唯一無二の友人が彼女の彼氏。なんという皮肉だろうか。
「あまり学校内で話して欲しくないんだけど」
勿論、理由は茂の彼女のせいである。まあ、茂本人、その事は理解しているからいつもは学校内で話しに来ない。だが今日は珍しく彼女の目に気を遣わずに僕に話しかけてきた。
「まあ、そう言いなさんなって。今アイツ職員室行って先生の手伝いやっているからよ」
自分で言ったのに忘れていたが、茂の彼女は今日日直なのだ。故に茂の彼女である――――葉山裕子は現在進行形で日直の仕事に没頭している筈だ。その事に行き着いたのを悟ったのか、茂はそうそうとまるで僕の心の呟きに相槌を打ちながら喋り出す。が、その前に僕の質問が彼の言葉を遮った。
「あれ? 茂は葉山さんの手伝いをしていたんじゃないの?」
その為にコイツは走っていたのではないのか? と僕は表情には出さずに考える。しかし、その考えは特に意味を持たず、彼の行動にはすぐに納得する事が出来た。
「ああ、宿題やっていないから職員室に入るのが……「待て、それ以上は何も言うな」……分かったよ」
運動神経抜群、彼女持ち、そして喧嘩強いコイツの欠点は言うまでもなく勉学だ。それはもう、勉学面では生活態度もよくなく、今言った様に宿題を忘れるなど毎日の事なのだ。
その時はいつも彼女である葉山さんの宿題を写しているが、葉山さんは今職員室にいる為宿題を写す事が出来ない。そこで僕は茂が僕の所に来た理由を悟った。
「…………宿題が目当てか」
疑問系ではなく確定系。確定系なんて最早造語だが、今のコイツの行動にはこれがとても似合っている。皮肉にも僕が言った事は見事的中していて、茂は苦笑いを浮かべていた。僕はため息をつくと鞄から提出するノートを茂に手渡す。
すると、茂はありがと、と背中をバンバン叩いて前を向いてしまった。授業中にすら筆箱を出さないコイツが筆箱を出しているのを見ると、僕が渡したノートを必死に写しているのだろう。
8時15分。学校中にチャイムが鳴り響いたのと同時に担任の教師と日直である葉山さんが教室に入って来た。葉山さんは茂を見て笑顔になるが、すぐに後ろにいる僕を見て軽蔑の視線を向けてきた。
「それじゃ、授業を始めるぞー」
軽く出席を取り、担任の教師は日直の葉山さんを席に座らせると授業の準備に取り掛かった。一時間目は社会で、僕の担任の担当科目は社会なので必然的に教えるのは担任になる。
僕は教科書とノートを鞄から取り出し、授業に取り掛かろうとしたが、朝の女性が頭から離れずに授業に集中する事が出来なかった。ぼんやりと大雨でグチャグチャになっているグラウンドを眺めていたが、次第に睡魔に襲われて意識を失った。
――――昼休み。あっという間に時間が過ぎて昼休みになった。それまでは特に何か起こった訳でもなく、話す事などない。僕は鞄から弁当箱を取り出して屋上へ向かおうとするがすぐに足を止める。
チラッと外を見てみると未だ大雨が続いていて屋上へはとてもじゃないが行けない。普段、屋上で食べている僕にとっては溜息ものだった。前方の席に座っている茂は昼休みになった瞬間彼女である葉山さんの席に飛んで行ってしまった。他の生徒曰く愛妻弁当を食べる為らしい。らしい、と言っても葉山さんの席でラブラブモード全開で昼飯を食べている所を見ると正しいとしか言いようがなかった。
「さて、僕も食べようかな」
席に着いて弁当箱を開けようとすると、茂が走って寄って来た。おい、葉山さんはいいのか? そして朝言った事をもう忘れてしまったのか? しかし、そんな事関係無いとお構い無しに僕の腕を掴んで、葉山さんの席に連れて行かれた。
「あのさ、君たちの邪魔をしたくないから失礼するよ」
嘘でも何でもない真実の言葉。人の恋路を邪魔するような行為は彼女が欲しい純真無垢な僕にとってはあってはならない事だ。うちのクラスでは隙さえあれば茂と葉山さんのラブラブ甘々モードを破壊すべく行動を起こす事が既に暗黙の了解になっているが、僕だけは乗らなかった。
葉山さんは僕の顔を見て怪訝そうにするが、すぐに茂以外に見せる仮面の顔で僕に話しかけてきた。
「邪魔って、何の事かしら?」
――――仮面の顔。茂以外に見せる愛想笑い、作り笑いと言った所謂心を開いていない者に対する態度の取り方からそう呼ばれている。葉山さんが心を許している人なんて茂しか僕は知らないが、それだけでも凄い事だ。よく茂は葉山さんのハートを奪えたものだ、と何回も思った。
「いやいや、仲良さそうにお弁当を食べている君たちとは一緒に食べられないし、食べたくないよ」
というか、何の用なんでしょうか? とまで聞こうとしたが、葉山さんはそれを遮って話を切り出した。
「ああもう、別に今はそんな些細な事は関係ないの!」
バン! と思いっきり机を叩いて立ち上がると葉山さんは僕の事を睨んで来た。いつもとは違うが、どうかしたのだろうか? いつもなら僕の事なんて無視するのに、彼女とこんなに話すのはいつぶりだろう?
「些細な事って、それじゃ俺ってば傷つくぞ」
「あ……ごめんなさい、茂君! お願い、許して……」
こ、この女狐が……と思った人間は多い筈だ。ほんの一瞬だが、クラス内の茂に対する殺気と(主に葉山さんが好きな男子の)クラス内の葉山さんに対する殺気が(主に茂が好きな女子の)上がった気がする。
僕はコホンと一度咳払いをすると、葉山さんに話しかけた。
「で、僕に結局何の用なんですか?」
僕が促すと、キッと葉山さんは僕の事を睨んで来た。はて、僕は何か仕出かしてしまったのだろうか? しかし、心当たりは……なくもないが如何せん決定打に欠ける。そんな事を考えていたら突然葉山さんは冷たい声で口を開いた。
「貴方……今日の朝、何をしたかしら?」
「今日の朝……? ……あ」
そう聞かれて、つい間抜けな声を出してしまったのは運の尽きだ。この声を発していなければこれから先の恐怖に怯える事はなかったろうに……不覚。
が、今となっては後の祭りなので覚悟を決めて僕は葉山さんを見据えた。葉山さんはプルプルと肩を小刻みに震わせながら話し始める。
「私は貴方の事が嫌いなの。その理由は分かるわよね? 別に陰で言われている訳でもないし、どうせ貴方の事だから耳に入っているんでしょう?」
フフッと悪魔のような笑みを見せる葉山さん。最早静かになり過ぎた教室に葉山さんの声が響き渡る。ある人は怯えるような素振りをして僕から目を逸らし、非常に親思いの人は僕の事を鬼の形相で睨んで来る。
『親殺し』
それが、僕の事を嫌っている起源だ。僕は所謂記憶障害というやつで、小学生以前の記憶が全くない。一種の記憶喪失なのだ。
ちょうどその頃に大きな事故に遭ってしまった僕に最初に告げられた言葉、それが親殺し。何故殺したのか、どうやって殺したのかは不明らしく、極めて奇怪な事件だったらしい。だが、大きく報道されてしまった事により、僕は小学生の頃から忌み嫌われている。
それは女子に限らず男子でもそう。近所の人達もゴミを見るような目でいつも僕の事を見つめていた。それが今でも続いており、友達は……本当に数えるぐらいしかいない。その友達も本心で何を思っているのか知らないが、信じると僕は心に誓っている。
彼らを疑ってしまったら、本当に何もかも失ってしまうからだ。
「……貴方、茂君には近付かないでと言ったでしょう。それなのに今日、一緒に登校して、そして宿題まで貸して……どういう了見かしら?」
「あ、いや……茂とは途中までしか一緒に登校していないし、それに宿題の件に関しては茂が困っていたから貸したんだよ。それ以外になんの考えもないよ」
慌てて弁明するが、葉山さんの目は一方に冷たくなる。これぐらいならまだしも、小学生時代にはいじめを体験している。この中学に入ってからはそういった行為をする輩はいなくなったが、こういった非難めいた目で見られるのはいつもの事だ。
葉山さんは親殺しの件について非常に怒っている。他の女の子を襲ったり、既に何十人もの人を殺しているのかもしれないと、葉山さんは僕の事を親殺しをするぐらいだからそういった事もしているのだろうという見解を持っている。さらにそれを多くの女子に広めているのだから迷惑でもある。だが、親殺しの事は否定する事は出来ない。
記憶がなくても、事実なのだから――――。
「まあまあ、二人とも……どちらにせよ宿題やって来なかった俺が悪いんだ、喧嘩はやめてくれ」
緊迫としたムードが漂う中、突然茂が間に入って来る。僕にとっては救いの手だが、茂の行為により葉山さんの機嫌はさらに悪くなってしまった。
葉山さんがギロリという効果音が出る程の勢いで茂を睨む。茂はその睨みに一瞬怯むが、すぐに態勢を立て直すと言葉を続けた。
「それに裕子……俺が今日、お前の日直の仕事を手伝って一緒にいられたのはコイツのおかげなんだぞ」
バンバンと僕の背中を叩きながら茂は葉山さんに詳しく朝の事を伝えた。すると、渋々ながらも葉山さんは納得して、もういいと僕を突き放した。
僕は邪魔して悪かった、と一言残して戻ろうとしたが、ふと気になった事があり、ついまだ機嫌が治っていない状況の葉山さんに声をかけてしまった。
「あのさ、葉山さんは僕と茂が今日一緒にいた事とか誰に聞いたの?」
茂が言う筈もなく、将又今日の朝一緒に登校していたのを知っている者はいない。前で歩いていたカップルはイチャイチャしていてこちらなんて見向きもしなかったから葉山さんは知らない筈なのだ。
未だ機嫌が完全に治っていない葉山さんは冷徹な笑みを向けながら答えた。
「あら? 何で貴方なんかに教えなきゃいけないの?」
被害者だからですよ、葉山さん……という心の呟きはそのままの通り心の中に留めた。
To be continued.
今日二回目の更新です。しかし、次回の更新は修学旅行を挟んでしまうので少し遅くなってしまいます。
なるべく早く更新したいですが、何分学生という身なのでどうしても遅くなってしまいます。
色々と更新不定期になりそうですが、見捨てないでよろしくお願いします。
感想、ご意見、誤字脱字報告がありましたらなるべくソフトにお伝え下さい。
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2011/05/23 文字修正