価値観
マリアは客人を家の中へ招き入れる。
「ありがとうございます。宿がなくて困っていたのです」
「いいえ。こちらこそ、多いほうが楽しいですもの。・・・旅をされているのですか?」
「えぇ・・・。私はラビなんです」
「まぁ、ラビなのに、神殿におられなくていいのですか?」
ラビは神殿にいて、一生をそこで暮らすように運命づけられている。
「私は正式なラビではないので」
おかげで、神殿からも、ユダヤ教の司祭からも嫌われている。
人間は異端に敏感だ。少しでも集団からあぶれた者には粛正が待っている。師、ヨハネのように。
そして、異端の者も相手を敵視する。かつての自分のように・・・。
「あのっ!」
イエスは双子の姉弟の弟のほうを見る。
「あなたはイエスさまですか!?メシアの?」
ペテロが叫ぶ。
「当たり前だ!そんなこともわからなかったのか!?」
「ペテロ。・・・私はメシアではない」
「え、けど・・・」
「ラビ。何を申されます。ラビのお父上も、ヨハネさまも、そう預言されたではないですか」
一番弟子のユダが口を挟む。
「あんな奴、父ではない!」
イエスは思い出す。実の父、ガブリエルがイエスに放った一言を。
「お待ちください」
マリアが口を開いた。
「いくら、親を嫌っていらっしゃるとはいえ、そのおっしゃりようはあまりにもひどすぎやしませんか」
イエスはふっ、と笑みをこぼす。
「そうですね。気をつけます」
そして、その幸福そうな女の顔をみつめる。
おそらく、不幸と呼べるような不幸を味わったことなどないだろう。
そういう奴に何を言っても聞きはしないだろう。
以前のような苛立ちは感じない。善悪など人によって違うのは当たり前なのだから。
イエスはまだ「メシア」になれぬまま・・・。