起点
それから二十年後、ガリラヤ。
「ヨハネ!母様の墓参りに行きましょう」
マリアはアイリスの花を抱く。
双子の弟、ヨハネは慌てながら姉を追う。
マリアたちはダビデ王統の前の王統、ベニヤミン族の末裔。ダビデ王統に移ってからもベニヤミン族は大切に扱われていた。
「母様、アイリスの花が好きだったね」
「ふふっ。母様だけでなく、ユダヤの女性は皆、アイリスが好きよ」
アイリスの花が揺れる。
「姉様。侍女たちがうわさしていたけれど、ここにメシアが来ているらしいよ」
「メシア?あの、預言の?」
メシアはユダヤの有名な預言。ダビデ王の後、愚鈍な王が続き、ユダヤ人はばらばらになり、モーセの奇跡により、約束の地をユダヤ人は得た。
しかし、今度はローマに占領されてしまった。
その中、ユダヤの民が願うのはダビデ王の子孫から産まれるというメシア。
「ふ~ん」
「姉様はメシアに関心がないの?」
「だって、メシアを望んでも仕方ないじゃない。メシアだけに責任を押し付けるわけにもいかないし。私たちがユダヤを救わなくては。ローマに対抗するためには教育を行って、人脈を作って・・・。そのためにも王にはしっかりしてほしいのだけれど・・・」
「姉様、そんなことまで考えていたの?」
姉はよく王宮の社交場へ足を向ける。母親などはようやく、結婚の意志を固めてくれたのか、と喜んでいたが、まさか人脈を作るためだったとは。
「だって、ヨハネ。コネも使いようよ」
アイリスの花が風に従って、揺れる。マリアは花が散らないように自分の身体を盾にした。
「ラビ、宿はもうないそうです」
ピリポは師にそう告げた。
師、イエスは困ったように微笑んだ。
「どうしようか、困ったね」
「イエスさまはお偉いラビだぞ!野宿しろと言うのか!?俺が行ってくる」
そう怒鳴ったのは、イエスを絶対的に信じているペテロだ。
「ペテロ、やめなさい・・・。あなたは怒りっぽくていけない。いいよ、別に野宿でも・・・」
そのとき、一人の女性が声をかけた。
「あの、お困りですか?」
アイリスの花を持って。