バプテスマ
ヨハネは洗礼者と呼ばれ、メシアかもしれないと人々に言われている。しかしヨハネ自身はメシアだとは思っていない。
自分はただ、待っているだけだ。「ユダヤ」を復興させるメシアを。
ヨハネには未来を予知する能力があった。
それによると、今日、来るのだ。メシアが。ユダヤ民族が待ち焦がれたメシアが。
「ヨハネ。ミリアムの息子のイエスだよ」
イエスはヨハネを見る。
(汚らしい格好)
苦行の結果、極限までやせ細った身体。ラクダの皮で作られた粗末な衣服を着た男。
「始めまして。イエス」
ヨハネが手を差し出す。
イエスは渋々とその手を握る。
「イエス。一緒に川へ行こう。ヨルダン川に」「あんな荒野に行きたくないんだけど」
砂が目や口に入って快適な旅は望めない。
しかし、ヨハネはにこりと笑っただけでイエスの腕を掴み、無理矢理連れていった。
「冷たい!」
イエスは思わず、声をあげる。ヨハネがいきなり川にイエスを投げおとしたのだ。
「この川の水には救いの力がある。君もその罪をほんの少しでもすすぐといい」
イエスはヨハネを見遣る。
「殺したんだろう?子供を」
「はっ。あんなどこにでもいる子供、殺したって何の問題もないだろう?」
すると、ヨハネはイエスの首を掴む。
「なら、お前もそうだね」
「俺は違う!俺は特別な力を持っている!ラビの血を引いている」
ヨハネはぐっ、と掴んだ手に力をいれる。
「だから?君自身は世界に対して何かをしたのかい?血なんて人間なら誰でも持っている。誰の子かなんて関係ないさ。ただ、誰かと誰かの子供が僕たちってだけなんだから」
ヨハネは力を緩めた。イエスはごほごほと咳こむ。
「特別な力を持っていようと世界に対して何もなさない子供が命の価値について語るんじゃない」
ヨハネは冷たく言い放つ。
「うるさい!お前に俺の気持ちがわかるか!」
「わかるわけないだろう?だから、子供だと言ってるんだ。私はお前の父親でも母親でもない。・・・おや、虫が鳴き始めたね。そろそろ眠ろうか?」
ヨハネはにこりと笑った。