袖ふれあうも
ミリアムは息子を化け物か何かのような目で見ていた。
ミリアムには分かっていた。息子が人殺しだと。
人間には理解できない力で、殺したのだと。
(くだらない・・・)
イエスはふいっとその場を離れる。
(ただ、人間が死んだだけじゃないか。神は人間が死んでも哀しまない。ただ、自分の駒が一つ無くなったのを残念がるだけじゃないか)
人間なんて、所詮、神の駒に過ぎないのだ。
そして、自分は人にはない力を持っている。きっと神が与えてくれたのだ。それは単なる気まぐれだったかもしれないが、それだけで自分は他人とは違うということが分かった。
ふと、女の子が自分にぶつかった。
「きゃあ!?」
女の子はぶつかった拍子に倒れてしまう。
いたって平凡な顔つき。どこにでもいるような少女。そんな奴が特別な力を持つ自分にぶつかるなんて。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「マリア!大丈夫かい?」
少女の兄弟らしき少年が駆け寄る。二人揃って平凡な顔だ。
「ぶつかるな」
イエスはそれだけ言って立ち去る。
いらいらするこの感情を鎮めるのには、あんな平凡な奴らじゃ、足りない。
「何よ、あの子」
「マリアも悪いよ。全く、興奮すると落ち着きがないんだから。・・・ほら、マリアがお母様の誕生日に欲しいと言っていた布ってあれじゃない?」
ヨハネは百合の花の模様が散りばめられた布を指差した。
ミリアムは息子の変化に戸惑った。
ミリアムは息子をラビにしたくはなかった。
ラビの悲しさはミリアムがよく知っている。ミリアムはあんな無責任な男に息子がなることがないようにしたかっただけなのだ。
(ヨセフと離れることもできないし)
離婚できたとして、女手ひとつで生活できるだろうか?それこそ、売女になるしかない。
(そうだ。エリザベイトのところに預けてみましょう)
エリザベイトはミリアムと同じ神殿の出身だった。
エリザベイトの息子は今、ラビではなく洗礼者をやっていた。
イエスにとってエリザベイトの息子、ヨハネとの出会いは大きな転機となる。
2010/10/27
本当は洗礼者ヨハネとイエスってそんなに年齢は変わらないのですが・・・。少し、史実とは違います。念のため。フィクションだから、と言い訳させてください。