父ヨセフ
キリスト教信者の方はお気にさわる可能性があるので、ご覧にならないほうがよろしいかと思われます。
少年は石畳の道を歩いていく。
もう日は暮れていて、少年と同じ歳の子供は既に家に帰っている時間だが、少年は家に帰りたくなかった。
家に帰れば、父親が年々大きくなる少年を殴るのだ。
(昔は優しかったのに。)
少年が本当に小さいころは父親は優しく抱き上げていろいろな話をしてくれた。
しかし、今は汚物を見るかのような目で少年を見る。
何故なのかは、まだ少年と呼ばれる彼にはわからなかった。
「イエス」
少年は名前を呼ばれて振り向く。
「どうしたの?もう、日が暮れたわよ」
そこにいたのは母親のミリアムだった。
母はいつも悲しそうな顔をしている。
子供の目から見ても本当に綺麗な人だと思うのだけれど、その顔に悲しみがいつも横たわっているために陰欝な印象を与えてしまう。
「さあ、イエス。お家に帰りましょう?」
家に帰ると父のヨセフが怒りをその顔に浮かばせながら、椅子に腰かけていた。
「遅いぞ」
「ごめんなさい。市場が混んでいたものですから」
ミリアムは慌てて台所へと向かう。
イエスは黙ったまま、父の前にある椅子に腰かけた。
「お前、また、髪の毛が黄色がかってきたな」
イエスの髪はここら辺では珍しく、どちらかといえば黄色に近い色だった。
すると、いきなりヨセフはイエスの髪を引っ張った。
イエスはあまりの痛さに声すら出すことができない。
「年々、あいつに似てきやがって!」
「あいつ?」
ミリアムは驚いて台所から出てきた。
「お前の本当の父親だよ。偉い偉いラビさまさ!そのラビはそこの女とお前をこの、ダビデ王の血をひいた俺に押し付けやがった!」
イエスは近所の友人から聞いた話を思い出す。
純血を重んじる神殿の祭司、ラビはラビの血を引く少女との間に子供をつくる。しかし、神殿では血の汚れはご法度なため、子供が産めない。また、ラビには民を教え導くという崇高な使命がある。だから、その妨げとなる少女と子供はラビではない別の男の家族となる。そして、子供は大きくなり、神殿へと向かう。
そんなことがずっと続いているらしい。
イエスは継父が継子を虐待するという話を何度か聞いたことがあるため、その子供が虐待されることはないのか、と聞いた。
友人は笑って、
「ラビと言ったら、尊敬に値するお人だよ。その子供を虐待するはずないじゃないか」
と言った。
しかし、現に父はイエスが許せなかったのだ。
自分の血を引かない子供を。
父以外の男が器が大きいのか、父が器が小さいのか。
12になったばかりのイエスにはわからない。
分かったところでどうなるだろう?
鼻息の荒い父を止めることはできないし、泣き崩れる母を慰めることもできない。
イエスは思わず、家を飛び出した。
後ろでは、父の怒鳴り声と母の泣き声が更に大きくなった。