7.叱られることは
体調を崩すと嫌な夢を見るから最悪だ。
「エマ、だっこして」
「すみません、ミュリエル様を抱いているので無理です」
「ナタリーはどこ?」
「ナタリーはお嬢様のせいでクビになったではありませんか」
……違う、これは夢よ。
そう思うのに見たくないものばかりが現れてきて苦しい。
「お父様、お母様!」
私の横を可愛らしい女の子が駆けて行く。
あ、あの子は──
「ミュリエル、私達のお姫様」
「妹がこんなにも可愛いって知らなかった」
「ミュリエル大好きだよ」
私には決して向けられることのない、優しく愛に満ちた言葉達。
「……早く起きなきゃ」
そう呟く私に皆の視線が向く。
「嫌われ者にすらなれないくせに」「ただの無駄飯食らいだろう」「別館なんて外れくじだ」
うるさい。知ってるわ、そんなこと。
私には何の価値もないし愛されていないわ。
でもだから何?お前達だって私にとっては無価値よっ!!
「お嬢様!ブランシュお嬢様!」
必死に私を呼ぶ声が聞こえる。
「……ナタリー……」
「よかった、目を覚まされたのですね!」
「医師を呼んでこよう」
「……マルク?」
熱い……頭が痛いし、体中が悲鳴を上げています。
「お嬢様はまる一日意識がなかったんです。お水は飲めそうですか?」
そう言って薬呑器を口元に当てられゆっくりと水を飲む。一口飲むと体が水を欲していたらしく、そのままコクコクと飲み干しました。
「まだ熱がだいぶ高いのでお辛いでしょう」
濡れタオルで顔や首筋を拭ってくれるのが心地いい。
「……あの子、どうなったの……」
「もうっ!こんなにもお辛いのに他人の心配をしている場合ですか!ミュリエル様はお元気ですから、もう、ご自分のことだけ考えてください!」
だってこんなにも大変な目にあったのに失敗だったら目も当てられないじゃない。でもそう、成功したのね。
「……私って天才?」
「何を言ってるのですか!絶対に無茶はしないでくださいとお願いしたじゃないですかっ!!」
ナタリーがボロボロと涙を零しながら怒っています。
「……ごめんなさい」
「お願いですからご自分のことをもっと大切にしてください」
「うん、心配してくれてありがと」
こんなにも心配してくれるのはナタリーだけね。
ちょっとやり過ぎたみたい。次はナタリーが心配しない程度にしなきゃ。
ノックが鳴り、入って来たのは昨日のお医者様と知らない男の人です。
「意識が戻ってよかった。もう一安心だな。どこか辛いところはありますか」
「……頭痛と、体の節々が痛いです」
「まだ熱が高い。これらは他者の魔力を受け入れた後遺症のようなものだ。解熱剤はあまり効かないからできるだけ栄養のある食事とたっぷりの睡眠を取るしかない。
無茶をした代償だと思って甘んじるんだな」
この方は自業自得だと言いたいみたいね。確かに無茶をした覚えはあるので我慢しますよ。
「……魔法塔の方ですか?」
「よく分かったな。魔法塔教育学部の主任、シルヴァン・エルフェだ」
「初めまして、ブランシュ・ノディエです。横になったままで申し訳ありません」
「いや、体調が悪いのに話をさせてすまない。少しだけ診させてもらうがいいか?」
「はい。お願いします」
少しひんやりした手が額に触れた。熱があるせいか気持ちいい。でも、どうして教育学部の方が?
聞きたいことは色々とあるのに、ちょっと疲れてきてうつらうつらしてしまいます。
「……やはり魔力暴走した生徒達に近い状態だな。ああ、もう寝てしまっていいぞ」
そう言って手のひらで目を塞がれてしまいました。薄暗がりになると途端にまぶたが落ちてしまいます。
「魔力回路が傷付いているので、まずは治癒魔法を掛けよう。まだあまり強い魔法には触れない方がいいから軽くな。
起きたらこの飴を与えてくれ。子供向けに甘めに作った治癒薬だ。解熱や鎮痛効果もある。1日に3時間は空けて5個までなら食べていい」
「はい、ありがとうございます」
「また三日後に来るとしよう。その時には上の方針も決まっているだろうからな」
なるほど。今日は様子見で来てくださったのね。
ふわりと体が温かくなりました。きっとエルフェ様が治癒魔法を掛けてくださったのでしょう。
う~~、ぽかぽかしてもう無理。意識が……
目が覚めたときにはお医者様もエルフェ様もいらっしゃいませんでした。
そしてもちろんお母様達も。
上の決定とエルフェ様が言っていたわね。
それが分かるまでは、もしかしたら面会禁止だとか?
……いいえ。ただ、ミュリエルが治ったから会う必要がないだけなのでしょう。
ただ、驚いたのがマルクが別館に異動になったことです。なぜか侍従兼護衛として私の専属になっていました。
「別館は無防備が過ぎますから」
「……いまさら?」
「今からでも。ですよ」
マルクは無骨ですが信頼できそうな人なので私的には嬉しいけど、またハズレくじを引かせてしまい申し訳ない気持ちになります。
「……ごめんね?」
「何がですか。私はハッキリ言って本館の方々には幻滅しましたので、ブランシュお嬢様にお仕えできるのは嬉しいですよ」
「幻滅しちゃったの?」
「当然です。それに、ブランシュ様が大変無茶をされることも学びましたので、これからはしっかりと止めさせていただきます。もう、見て見ぬふりはしませんから」
ここにも無茶をしたことを怒っている人がいたみたい。
見て見ぬふりとは、この別館のことかな。
「……何がおかしいのですか」
「だって私のために怒っているのでしょう?」
「当然です。あなたはまだ守られるべき子供なのです。危険な事をしたら叱りますし、体調を崩したら心配します」
「……ありがと」
「本当の事を申したまでです」
「うん。それでもうれしい」
「それなら良かった」
ナタリーにマルク、それにエルフェ様も私を心配して叱ってくれるの。
怒られることが嬉しいだなんて、私はやっぱり悪い子よね?
でも、本当にうれしいな。