33.正しさとは(1)
晩餐会が終わって、そろそろ休もうかと思っていた頃、扉を叩く音が聞こえて少し身構えてしまいました。
「ブランシュ、まだ起きているかしら?」
まさかコンスタンス様がいらっしゃるとは思わず、
「起きてます!」
と、慌てて答えてから扉を開けました。
何なら王女殿下に呼び出されはしないかと警戒して、まだ夜着に着替えていなかったので、そんな私の姿にコンスタンス様も少し驚いています。
でも、そこは弁明もせず、中に入っていただきました。
「さっきは王女殿下を止めることができなくてごめんなさいね」
まさかコンスタンス様から謝罪されるとは。でもこれは、なんと言ったら良いのかしら。
「何と言って止めてくださるおつもりだったのですか?」
「それはもちろん、王女殿下という立場にふさわしくない発言を止めるように言うべきだったと反省しているわ」
なるほど。王女殿下の立場が大切なだけであって、発言の内容は問題ではなかったということ?
そう感じる私は揚げ足取りなのかしら。でも、貴族の会話ってそういうものなのですよね?お祖母様のおかげで、いくつもの見方をすることを学びましたもの。
「それでしたら言っていただかなくて良かったです」
「え?」
「だって、母を使って私と公爵家を侮辱したことを咎めないのであれば、意味がないと思いますから」
コンスタンス様だって公爵家の人間なのに、どうして立ち位置が王家側なのでしょう。怒りや憤りよりも、なぜなのかという疑問の方が強く感じます。
「残念だけど、オレリー様が間違えたことは本当のことですよ」
……ああ。そういうことですか。
「オレリー様が嫉妬に駆られて暴走しなければ何事もなく終わるはずだったの。……彼女が恋なんかをするから。だからあなたは間違えないでね?」
コンスタンス様は、いえ、たぶんきっと王太子夫妻もお母様だけが悪いと思っているのですね。
「たとえ候補であったとしても、3年もの長い間婚約者として扱っておいて、突然、他が見つかったからと婚約破棄なさった行為は正しかったとは言えないと思います」
きっと、すべての始まりはここでしょう。
「それは仕方がないわ。ジョゼットの方がふさわしいと判断されたのですから」
「そこがおかしいのです。コンスタンス夫人はご存じですか?お祖母様が王家に言われた候補であった理由は、お母様が王太子妃にふさわしいかどうかを見極めるためだったのですよ。
それは他にもっと良い方が見つかったら解消するという契約では無かったのです」
お祖母様のお話ではそうだったもの。ですが、そんな10年以上前のお話の証明などいまさらできません。それでも仕方がなかったなどと簡単に言わないで欲しい。
コンスタンス夫人が眉を顰めたのは、私が生意気なことを言ったせいか、それとも、もしかしてこのことを知らなかったから?
「……何と言おうとも、王家がそう判断したの。それに国民だって聖女が王太子妃になったと喜んでいるわ。
ね?残念だけど、これが正解だったのよ」
何だろう。すごくイライラするわ。なぜそこまで盲目的に王家のことを信じられるの?
「正解とは何がですか?」
「ジョゼットを妻に迎えたことよ」
「まだ何も始まっていないのに?」
「……何ですって?」
「だって、王太子殿下の御代はまだ始まってすらいません。国民が支持している?それはただ、期待しているだけで、今までの実績はすべて現国王陛下のものですよね?」
コンスタンス様の表情が険しくなりました。それは怒りなのか、それとも──
「……それでも、恋に溺れたオレリー様のような失敗はなさらないでしょう」
コンスタンス様は本当にお母様のことがお嫌いなのですね。それはお母様が恋をしていたから?
でも、そこからおかしいのだとどうして思わないのだろう。
「恋に狂ったのは裏切りがあったからですよ」
「……そのように弱い心で王太子妃が務まると思うの?」
「務まったかもしれませんよね。大好きな人のためならどこまでも頑張れたのかもしれません」
たらればを言っても仕方がないですけど。それでも、ずっと頑張れていたのです。だから王太子殿下が最後まで裏切らずお母様を信じてくれていたら。
もしかしたら今とは違う、幸せな未来だってあったのかもしれないと思うことはそんなにもおかしいのでしょうか。
「一つ言えることは、コンスタンス様が正しいと言っておられる王太子殿下夫妻は子育てに成功しているとは言えないということでしょうね」
「なっ?!不敬ですよっ!」
「では、王女殿下は素晴らしい人格者ですか?
弟殿下は瞳の色で蔑まれているようですが、なぜお身内の方は誰も改善なさらないのかしら。聖女様だっていらっしゃるのに」
聖女ってそもそも何なの?神託があったわけでもなく、ただ勝手に名乗っているだけのくせに。普通に治癒魔法が使えるだけでしょう。
「コンスタンス様はミュリエルのことをどう思われましたか?」
「……え?」
「きっと母に似て、いずれ破滅の道を進むと思っていたのではありませんか」
「……」
ほら。その沈黙が答えですよね?
「でも、あの子は変わりました。もしかしたら今後また良からぬ考えにとらわれることはあるかもしれません。
それでも、また己の過ちに気付き、変わっていくかもしれない。
未来なんて結局は誰にも分からないし、正しかったかどうかなんて、その人が人生を終えるその瞬間まで、判断することはできないのではありませんか?」