32.恋と平和(コンスタンス)
「今日のお母様は格好悪いわ」
ベルティーユの言葉に心が軋んだ。だって自分でも分かっていたから。
「どうしてブランシュ姉様のお母様を侮辱した王女殿下を庇ってしまわれたの?」
それは王女殿下だから。そう言えてしまうほど愚かではなく、でも、これからの公爵家を思えば、愚かなオレリー様のために王女殿下を叱ることもできなかった。
お義母様が王女殿下に対して強気でいられるのは、国王陛下に重用されているからよ。
国を守るために、その象徴となる英雄を作り上げるためにこの公爵家を差し出したから。その功績が今もなお、ダンドリュー公爵家を守っている。
それでも。その功績があったにも関わらず、オレリー様は王太子妃にはなれなかった。
王家とは絶対の存在なのだ。その決定にはたとえ公爵家であっても従わなくてはいけないのに。
どうしてオレリー様は恋などという愚かな気持ちを持ってしまったのか。そんな不確かで、視野を狭くする心に惑わされてしまったから彼女は不幸になったのだ。
ジョゼットとオレリー様。どちらが王太子妃に相応しいかなど分かりきったことだったのに、恋に溺れたオレリー様はその事実を飲み込むことができなかった。
『なぜなの?こんなにも愛しているのに』
なぜ?それは殿下が求めていたのは、自分を愛する者ではなく、いずれ国を統べる自分の隣に立つに相応しい女性だっただけのこと。
公爵家という家柄よりも、治癒魔法が使える、『聖女』という国民にも分かりやすい平和の象徴となれるジョゼットを選んだ。ただそれだけのことだったのに。
国王陛下のおかげで他国との関係も落ち着き、これからは戦を勝ち進む英雄ではなく、国民を守り、長く続くであろう平和を掲げる王太子殿下夫妻こそが民達にも望まれるようになるだろう。
国王陛下ももうすぐ60歳。そろそろ代替わりするはずよ。だからここで王太子殿下夫妻の不興を買うことは望ましくなかった。
「……罪人よりも、次代の王族を守るのは当然のことでしょう」
確かにそう思った。でも。
「王族なら何を言っても許されるの?」
子供の真っ直ぐな問いとは本当に痛いわね。
「……許しては駄目ね」
「そうでしょう?」
「でも、ブランシュの母君は罪人として裁かれた人よ。それを庇うことは良くないの」
「…それはどんな罪?」
「王女殿下の母君を傷付けようとした罪よ」
あの頃のオレリー様はずいぶんと荒れていた。ジョゼットと口論になって、彼女を突き飛ばしてしまったのだ。
ジョゼットは倒れた際に頭に傷を負った。
すぐに治癒魔法で治せたからよかったものの、正式に王太子殿下の婚約者となり、準王族となったジョゼットを傷付けたのだ。
それに、ブランシュ達だって結局は彼女に──、
「え~?じゃあ、王女殿下はお母様を傷付けられることは悲しいことだと分かっているのにブランシュ姉様のお母様を貶めて傷付けようとしたのね」
「それは、」
「分かっててやるなんて、本当に意地悪だわ」
違うと言えないことが辛かった。
確かに、レナエル王女殿下が悪かったのよ。
ジョゼットの娘なのに、まるで恋する少女のようにブランシュに嫉妬して、オレリー様を利用して傷付けようとしていた。
何一つ正しくないのに、ジョゼットの娘というだけで庇い立てしてしまうなんて。
でも、お義母様もブランシュも、王太子殿下夫妻に敵対しようとするから!
「……ごめんなさいね、ベルティーユ。後でブランシュに謝罪するわ」
「本当?よかった~!」
そう。一度話し合わなくては。このままでは、ブランシュに公爵家が巻き込まれかねない。
本当なら、治癒魔法が使えるブランシュを養女にして、いずれはヴィルジール殿下と婚姻を結べたら良策だと思っていた。
冷静で賢いブランシュなら、王家に嫁いでも上手くやれると思っていたのに、まさかあそこまでシルヴァンに依存しているとは思わなかった。
あれは本当に家族愛なのか、それとも愚かな恋なのか。
愛は必要だわ。王族ならば国民を愛さなければいけないもの。でも、恋は人を愚かにするのに。
「あの子達を預かるのは、まずはひと月の約束だったわね。延期するかどうかの話をしなくては」
私だってこの家と子ども達を守らなくてはいけないの。
ブランシュ達が嫌いなわけではない。それでも、我が子ほど大切ではないのよ。
「本当に。なぜ王女殿下は愚かな恋心など持ってしまわれたのかしら。もっと王女として相応しい行動をしてほしいものだわ」
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