31.銀の髪
ヴィルジール王子殿下とレナエル王女殿下は双子とはいえ、あまり似ていません。
男女の双子は一卵性ではないから、外見が似ていないのはよくあることみたいですけど。
本日の晩餐会は、両殿下と公爵家の皆様と私とミュリエル。ああ、お祖父様は王都から戻って来ていません。
だってお祖母様が、『忙しいから王都にいるのでしょう。それならば呼び戻す必要はありません』と、手紙一つ送りませんでした。
まあ、騎士団内でも噂になっているそうなので、帰ってこないのはお祖父様自身のご判断とも取れるのです。
というわけで、計10人での食事はとっても豪華。公爵家の本気を見た気がします。
さすがのミュリエルもワガママを言ってはいけないと理解しているらしく、苦手な食材も涙目になりながらも必死に食べています。
この子もずいぶん変わったわよね。最近では、ちゃんとできると得意げにこちらを見て褒められるのを待っているところがちょっと可愛い。
ミュリエルは褒められて伸びるタイプのようだ。
当たり障りの無い会話が続く中、時折王女殿下の視線が私を捉える。
どうやらパーティーでの出来事がお気に召さなかったようで、王女殿下の獲物を狙う猛禽類のような琥珀の瞳がちょっと怖い。
「ブランシュ嬢の髪はとても美しいですね」
今日、初めて王女殿下からお声が掛かりました。
「ありがとうございます。王女殿下にお褒めいただけて光栄ですわ」
「ええ。だって私のお母様と同じ色ですもの」
……え?妃殿下の髪も銀色なの?
初めて知った事実に、驚きが表情に出そうになるのをグッと耐えます。
「皮肉なものですね。まさか恋敵と同じ髪色の娘が生まれるなんて。ああ、オレリー様はお元気でいらっしゃいますかしら」
私を馬鹿にするように王女殿下の眼差しが楽しげに歪む。
……この王女は馬鹿なの?ここをどこだと思っているのかしら。ようするに私を傷付けたいのよね。シルヴァン兄様との婚約を邪魔されたから。
でも、そんなことを言って傷付くのは本当に私だと思っているの?
「レナエル王女殿下は少々学びが足らぬようですね」
お祖母様が笑みを浮かべたまま王女殿下を咎めた。
ほらね。どうしてお祖母様が黙っていると思ったのかしら。娘と孫を馬鹿にされて笑って聞いていると思うなんてどうかしています。
今まで公爵家が王家に歯向かうことはなかったから?でもそれは陛下に対してであって、たった13歳の王女が同じ扱いを受けられるわけではないのに。
「訪問する家のことを事前に学び、相手を不快にさせない会話をする。その程度のことができないとは嘆かわしいこと。
陛下には、もう少し教育に力を入れるよう進言致しましょう」
「お義母様、そこまでなさらなくても」
「これも臣下としての務めです。これが他国であったらどうします?」
「ですが、王女殿下もまだ慣れていないだけでしょうから」
「普段から当たり前にできないことが、大切な場だからと成し得るはずがありません。そのような付け焼刃の王女では我が国が侮られます」
王女は私を傷付けたかっただけ。でも、それがおかしいのだと分からないことが問題です。
余程悔しいのか、真っ赤な顔でお祖母様を睨み付けています。
食事はもっと和やかに楽しく頂きたいのだけど。
「レナエル王女殿下。私の母が元気かどうか。それは晩餐での話題には不向きかと思われます。
どうかお帰りになってから国王陛下にお聞きくださいませ」
お祖母様がいてくださってよかった。
一人きりだったら動揺を隠せなかったかもしれません。
「姉が大変失礼いたしました。代わってお詫び申し上げます」
ヴィルジール殿下が頭を下げると、さらに王女殿下の怒りが増したようですが、さすがにこれ以上暴言を吐くことはなく、でも謝罪の言葉を口にすることもありませんでした。
ふと、ヴィルジール殿下と目が合いましたがスッと逸らされてしまいました。たしかに、この王女の前では絶対に仲良くはできませんね。
これが姉だなんて、ミュリエルは凄く可愛いのだなと思えてしまいます。あの子の攻撃なんか所詮猫パンチでした。ビックリするけど痛くない。
シルヴァン兄様との婚約を邪魔できて本当に良かったわ。こんな意地悪王女に兄様は渡せません。
でも、私の髪はノディエのお祖母様だけでなく、妃殿下とも同じだったなんて。だから私を別館に閉じ込めたのかな。憎い恋敵と同じだから。
それが恋というものなの?そんなふうになるのなら、恋なんかしたくないと思えてしまいます。
それにしても、お祖母様はあんなにもはっきり叱り付けて大丈夫なのかしら。まあ、叱るというより、本当のことを言っただけなのだけど。
格好良いという言葉はお祖母様にこそ相応しいわね。祖父様やコンスタンス様を格好いいと思ったこともありましたが、やはりお祖母様には敵わないと思います。
ミュリエルのあざとさ、お祖母様の格好良さ。
これからもこのような嫌味を言われる機会は多いでしょうから、色々と学んで上手く躱せるようにならなくては。
ちなみに、シルヴァン兄様は家族ではないからと晩餐の席にはおりません。だから余計に王女殿下は不機嫌だったのでしょう。
本当に、恋とはなんて面倒で疎ましいものなのか。
「どうしたの?ブランシュ」
「いえ、どうして人は月に手を伸ばすのかしらと思って」
「ふふっ、文学的表現だね」
リシャール兄様は何のことか分かったみたい。
「経験は?」
「無いなあ。とりあえず大変そうだよね」
「ね」
よかった。リシャール兄様も恋愛未経験者みたいです。
私もいつか、無理だと分かっても手を伸ばしてしまう日が来るのでしょうか。
とりあえず今は、早くこの晩餐が終わることを祈っておきましょう。




