25.公爵夫人(3)
「この話はここまででいいでしょう」
「え?」
「要するに、王子は運命的な導きにより愛する人を手に入れ、なんとその女性は治癒魔法の使い手であった。
身分の上に胡座をかいていたワガママで高慢な公爵令嬢のオレリーは負け、愚かなことに逆恨みして王太子妃に害をなそうとして断罪された。
それでもお優しい王太子妃に慈悲を賜り、オレリーは何とかノディエ伯爵家に嫁ぐことができたということよ」
「……何ですか、それは」
「世間ではそう思われています。そしてそれもまた事実ですから」
確かにそう聞いたわ。でも、じゃあさっきまでの話は何?!
「……私はまだどうしてお母様があんなにも壊れてしまったのかを聞いていません」
「聞く必要がありますか」
「では、どうしてこんなにも半端に教えてくださったのです!」
お母様が最初から酷い方ではなかったのだと知れて戸惑いはしていますが、それでもやはり嬉しかったわ。
それなのにこんなにも中途半端で放られたらどうしていいのか分からないじゃないっ!
「あなたの今後のためですよ」
「…わたし?」
「分かりませんか?あなたも治癒魔法が使えるでしょう。それは、王家の求めるものだわ」
まさか治癒魔法が?
「王家は『聖女』を求めています。戦争が終わり、平和な世の象徴としてね」
「私はそこまでの魔力量ではありません」
「あなたはギフテッドだわ」
「え?」
「魔力だけでなく、その頭脳。普通の9歳児は独学でリンク魔法は使えませんよ。なぜなら理論が理解できませんからね」
「……でも、本に書いてあります」
「それはどんな本でしたか。間違っても初心者向けでは無いはずですし、あなたは先ほど性処理のことも理解していました。まさか閨の本を読んだのですか」
ね、閨?!
「違います!医学書を読んだだけですっ!」
「ほらご覧なさい。医学書を理解できる子どもなどそうはいませんよ。専門用語も多かったでしょう」
「でも、辞書がありますよ?」
「世の医学生が嘆くから止めなさい」
どうしてかしら。だって調べたら分かることです。それを読んでいただけなのに。
「オレリーのことはありますが、あなたをどこかの養女にしてしまえば済むことです。ぽやぽやしていると、あっという間に王家の者と婚約させられますよ。困ったことに、あなたはあの男の庇護下に入ってしまっているのですから」
「お祖父様ですか?」
「ええ。あの男は王家にとても感謝しているの。自分が英雄として活躍できているのは王家のおかげだとちゃんと理解していますから。
ですから、王家が望めば喜んであなたを差し出すことでしょう」
……うわ。………うわ~~~~っ。
え、怖いんですけど。9歳にしてようやく自由を手に入れたと思ったのに、まさかの王家に差し出されるの?
「……私の気持ちは」
「王子の婚約者にと望まれて、喜ばないはずがないと思うでしょう」
「欠片も嬉しくないのですが」
「そうね。そんなにも王家が大好きなら自分が王家に婿入りして欲しかったわ」
お祖母様が淡々と語る台詞に涙が出そうです。
「要するに、シルヴァン兄様のために王都に行くのは悪手だと」
「そうですね。それでは、何のために彼が努力しているのか分からなくなるわ」
「……私のせいで帰れないの?」
「どちらもです。彼自身利用価値が高過ぎる」
「兄様は商品じゃないわ」
「彼はグラティアか、それに準ずる者でしょう」
……え?
「グラティアってあの?」
「ええ」
「魔法塔でたった三人しかいないあの?!」
「そうだと思います」
えぇっ?!
それは…………本当に?
「分かっていたはずですよ」
いえいえいえいえ、全くもって分かっていませんが?!
「あなたに関してはリシャールと婚約を結べば良いと思っています」
………待って。お願いだから待ってください。
「流石に我が家の婚約者は奪えないでしょう。これ以上は外聞が悪過ぎますから」
そうですね。そうですけど!
「私は兄様を助けたいだけでっ!」
「ならば離れなさいな」
「嫌ですっ!私は兄様と離れたくありませんっ!!
それに、どうせ離れたって兄様自身に価値があるなら狙われちゃうじゃないっ!!」
「利用されないために戦に出たはずです」
……戦?そんな、だって……
「嘘です。戦なんて、もうこの10年近く起きていないではありませんか」
「ですから、その10年前です」
「……そんな……」
だって兄様は23歳です。では、たった13歳で戦場にいたというの?
「……だからお祖父様と知り合いなのですか」
「ええ。グラティアでなくても魔力量の多い嫡男以外の貴族は狙われやすいの。
だから何かしらの大きな功績を立てて、それによって政略結婚などから逃れるのです。
ただ、彼は能力が高く若過ぎた。だから身を守る方法を選んでいられなかったのでしょうね。
レイモンも彼に感謝しているでしょう。父親を守ってくれた影の英雄ですもの」
影の……。では、お祖父様の功績の一部はシルヴァン兄様が?
『私はお仕事を頑張っているからいいんです』
『ぼんやりしていると使い勝手の良い駒にされるかもと思ってね。政略結婚とか?』
そうだわ。兄様は冗談めかして言っていた。
あの時言っていた仕事は先生のことじゃなくて、私が当主になるのを勧めたのも本当に政略結婚をさせないためで。
「じゃあ、私を養女に迎えようとしたのは」
「あなたを守るためでしょう。王家が動く前に自分の庇護下に置きたかったのではないかしら」
「……どうして、だって会ったこともなかったのに」
なぜ、見ず知らずの私なんかを助けようとしたの。
「自分と似ているように思えたのかもしれないわね」
……会いたい。兄様に今すぐ会いたい。
「お祖母様、私と手を組みませんか?」




