14.意地悪な姉
「私が悪者ですか」
「うん」
悪者……それは、何というか。
「悪者はただの破落戸のようで嫌だわ」
「ああ、確かに。では意地悪な姉は?」
「捻りが無さ過ぎです。というか、私がどんな意地悪をしたというのでしょう」
「そこがおかしいんだ。誰もそんな姿を見ていないと言う。では、どうしてその様な噂が立つのか」
「………ミュリエルが泣きましたか?」
「正解」
なるほどね。授業の終わりにベルティーユさんと連れ立って出て行く姿を何度も見たけど、あの後あの子は泣いていたのか。
姉ではなく、ベルティーユさんが慰めているから私との間に何かがあったと憶測を……でも、本当に?憶測だけなら、授業後だもの。対象は先生でもいいはずだわ。
「……もしかして、ベルティーユさんにも嫌われているのかしら」
「すまない。お姉さんになったつもりで張り切り過ぎてるんだ。ずっと妹が欲しかったと言っていたからな」
「そういうものなの?私はほぼひとりっ子状態だったからよく分からないのだけど」
そうか。ベルティーユさんにとってはミュリエルは可愛い妹なのね。
「……双子達やベルティーユさんみたいに可愛がってあげられない私が駄目なのかな」
「いや、彼女が気持ちを変えない限り無理だろう」
「あ、だからこうして教えてくれているの?」
だって使用人だけの問題なら彼らが一言言えば解決できる問題だもの。でも、ミュリエルが変わらない限り、何度でもこういう問題は起こる可能性があるのだわ。
「やっぱりブランシュさんとの会話は楽しいな。
使用人にはもちろん指導はする。主の招いた客人であり親族でもある君のことを、自分達の物差しで勝手に測り、更には物言いたげな視線を送るなどあってはならないことだ。
だが今回は口頭注意で終わると思う。
甘いと思うかもしれないが、幼い子どもが虐げられているのではないかと心配をしていたという面もあるため、厳罰にはならない。……不服かい?」
「いえ、何かをされたわけではありませんし、厳し過ぎると余計に私への悪印象を持たれそうですから。何よりベルティーユさんが傷付くでしょう」
「……うん、すまない。ベルを気遣ってくれて感謝する」
「でもどうしてリシャール様が?」
こういうことはコンスタンス夫人の管轄だと思うのだけど。
「ごめん、大事にしたくなかったから私が動いてる。お祖母様の耳には入れたくないから」
「どうして?」
それは私達に関わらせないため?それとも他にも理由があるの?
「エルフェ先生と相談して決めたんだ」
「兄様と?」
この屋敷のことを、どうして?
「だって君の保護者だろう」
「え?」
「『兄様』なんだから当然だ。それに二人の指導員だし。それと、私はこの家の中では一番君達の身近にいるから色々と相談というか情報交換をしているんだ。
それから、ベルティーユには私から話をするけど、ミュリエルには先生が授業として教えてくれると言ってくださったからお任せすることにしたよ。君のこととして叱ると角が立つからな」
知りませんでした。まさかお二人がそんな相談をしていただなんて。
「……あの、ありがとうございます」
「どういたしまして。あとはまあ、悪意がないことを祈ろう」
「6歳でそこまでの作為があったら怖いですけど」
「9歳の悪女がいるのに?」
「…11歳の腹黒策士もいますしね」
「フハッ!」
リシャール様のこんなにも楽しそうなお顔は初めて見ました。
「まあ、彼女なりの処世術なのかもしれないけど、このままでは将来困るのは彼女自身だ。少しずつでいいから変えていけるようにしないとね」
リシャール様だって子どもなのに、しっかりしているからと弟妹の問題を丸投げされてるってどうなのかしら。
さらに我が家の問題まで抱えさせて申し訳なさ過ぎる。
ここは腹黒と悪女でタッグを組んで乗り越えるべきなのか。
「どうした?」
「ううん、長男は大変ですね?」
「長女もな」
どうやら私達は同類のようだ。
「泣けば勝つって狡くないですか」
「天真爛漫な笑顔も中々だよ」
「ふふっ、ロラン様には勝てませんか」
「天然の勝利だ」
そこからは二人で笑ってしまった。
だってこんなにも腹黒な私達なのにミュリエルにもロラン様にも勝てないのですもの。
「それでも。私は貴方に感謝していますし共感もしています」
「私も。初めて会話が出来る令嬢に出会えて喜びに打ち震えているよ」
「胡散臭いなあ」
「君こそ」
それでも。初めて仲間だと思える人に出会えたみたいです。
どうしようか。今日の報告はリシャール様と悪い子仲間になったことかな。それとも、二人が私達のために動いてくれることが嬉しかったこと?
こうやって報告したいことが増えるのってちょっと楽しいわ。




