4.種を蒔く
これで種は蒔きました。あとはどんな芽が出るのか楽しみです。
あの後、お母様は何か悩んでいる様子を見せながらも、結局は何も言わず、いつもより早くに帰って行かれました。
「お母様はどちらを選ぶかしら」
「何か仰いましたか?」
「ううん。この本面白いね、犯人はたぶん」
「駄目です!犯人は言わないでください!」
「あ、ナタリーはまだ読んでなかった?」
「はい!なのでネタバレ禁止でお願いします!」
私は読書が好きです。別館の本はもう読み尽くしてしまったので、最近は使用人にお任せで図書館の本を借りて来てもらっています。
本館からも定期的に本が運ばれて来ますが、使用人のチョイスしたものは意外性があって面白いものが多いのです。
「推理小説なんて初めて読んだけど、なかなか面白いわ」
これは料理長のジャンが借りて来てくれた物です。
最近は使用人達にできるだけ声を掛けるようにしています。本を借りて来てもらうのは私との距離を近く感じて貰うためでもあるのです。
「私もふだんは恋愛物しか読まなかったので新鮮でした。オカルト物も面白かったです~」
そうね。あなたは王道のラブロマンスが大好きよね。
「ナタリーは誰か好きな人がいるの?」
「えっ!今度こそ本当に恋のお話ですか!」
ナタリーの目がキラキラとしています。そんなにも話したかったの?
「私は王子様タイプより、寡黙な騎士様が好きです!」
「そうなの?あなたなら楽しく会話が弾むような方がいいのかと思っていたわ」
「理想ですよ。だって現実では寡黙な騎士様なんて出会えませんもの。だから物語やお芝居の中でだけ楽しむんです」
「ふーん?そういうもの?」
「ブランシュお嬢様はどんな方に惹かれますか?」
惹かれるもの、か。
「どうかしら。強いて言うなら……犬?」
「はいっ?!」
「主の側に侍って忠実な感じは可愛いと思うわ」
「ああ、ブランシュお嬢様だけを大切にして他には目を向けない愛が重めなタイプがいいのですか。なかなか難しいほうに行きましたね」
「……ナタリーの翻訳機能は少しおかしいわ」
でも、理想だというのなら、やっぱり私だけを見て私だけを大切にしてくれる人がいい。
「嫌いなのは馬鹿と偉そうな人ね」
「馬鹿は嫌ですが、もの凄く格好いい人なら偉そうでも許しちゃいます!」
「……あなたの未来が心配だわ」
「じゃあ、もしもいつか恋人ができたらブランシュお嬢様に審査してもらいます。それに合格した人と結婚することにしたら大丈夫ですよ」
「ナタリーったら、こんな子供に任せてどうするの?」
「ブランシュお嬢様を信頼してますもん。だからこれは決定です!」
……どうしてナタリーはこんなにも私を慕ってくれるの?別館勤めなんてハズレくじだったはずなのに。
「ナタリーは本館に行きたいとは思わないの?」
「ブランシュお嬢様が行くならお供しますよ」
「……なんで?」
「えっ!迷惑ですか?!」
「…そんなことはないけど」
どうしよう。ここにお馬鹿さんがいるわ。
でも、
「やっぱりちょっとお馬鹿でも嫌いじゃないかも」
「ブランシュお嬢様は物好きですねぇ」
あなたもね。究極のお人好しなんだから。
◇◇◇
それは、お母様の訪問日から一週間くらいたった、ある夜のことでした。
「ブランシュ様、奥様がお呼びです。本館までお越しいただけますか」
少し乱れた髪。雨に濡れ泥が跳ねたスカート。
人を訪ねるに相応しい格好とは言えません。
「お前はだれ?」
「申し遅れました。本館のメイド長を務めさせていただいておりますオルガと申します」
「そう、よろしくね。でも、こんな雨の中行かなくてはならないの?私、もう休もうと思っていたのだけど」
「申し訳ございませんが緊急なのです。そのままでよろしいのでどうぞ」
緊急、ね。初めての訪問が寝間着なの?
「これでも淑女なの。お前にそのような命令を受ける覚えはないわ。着替えるから外で待っていなさい」
「ですが!」
「私はお前を知りません。そんな人間の言葉をどうして鵜呑みに出来ると思うの?いいから下がりなさい。
……ナタリー、着替えを」
「畏まりました」
ナタリーが手早くデイドレスへと着替えさせてくれます。
「あれはメイド長で間違いないのね?」
「はい。間違いありませんからご安心を」
部屋を出ると、見知らぬ男性が増えていました。
「初めまして。侍従のマルクと申します。外は暗く、雨で視界も悪いため、お嬢様をお運びしたいと思うのですがよろしいでしょうか」
「……はこぶ?どうやって」
「失礼いたします」
突然フワリと体を持ち上げられて驚きました。
「きゃっ?!」
「では行きましょうか」
「な、下ろしなさいっ!」
「ですが、私の一歩はお嬢様の5歩くらいですから」
「そんなに違わないでしょうっ?!」
こんなふうに抱き上げられたのは初めてでどうしていいのか分かりません。
「ブランシュお嬢様、ここは甘えておきましょう。早いし汚れませんから!」
ナタリー、マルクに丸聞こえだけど。
でも、外に出ると本当に真っ暗で足元がよく見えません。
「マルクは力持ちね」
私を抱えながらもスピードが落ちることなく、すごい速さで歩いているため、メイド長とナタリーは小走りになっています。
「男なんで」
会話が続かないわね。これは寡黙なの、口下手なの、どっち。
「本館で何があったのか教えて」
「ミュリエル様が発作を起こされました」
……どうやら芽が出たようです。