3.健気な娘
「お嬢様は本当にすごいですね」
「そうかしら」
ナタリーが私の髪を梳かしながら褒めてくれます。正直者の彼女に褒められるのはちょっと嬉しい。
「だってまだ9歳でいらっしゃるのに、お勉強も作法もいつも先生に褒められているではありませんか」
「それはジョアンナ先生のおかげよ。授業がすごく分かりやすいし楽しいもの」
私はきっと人に恵まれていると思います。
エマにナタリー、それにジョアンナ先生も、いつも私に優しくしてくれて、それがお仕事だと分かってはいるけれど、それでも、本当の家族よりよっぽど身近な存在です。
まあ、そんな人達を雇っているのがお父様だということに微妙な気持ちにさせられますけど。
「いくら先生が素晴らしくても、生徒が必ず優秀になるとは限りませんよ!だからお嬢様はやっぱりすごいんです。ちゃんとご自分のことを褒めてあげてくださいませ」
「…ありがと、ナタリー」
ナタリーの真っ直ぐさはいつも私を嬉しくさせます。
本当はこのまま別館で暮らすことは嫌ではありません。ただ、またいつ気まぐれに私の大切な人達が奪われるのかが分からない現状が嫌なの。
あれから一年。だいたいの準備は整いました。
そろそろ頑張ってみましょうか。
「お嬢様、いかがですか?」
「綺麗にしてくれてありがと。お母様も喜んでくださるかしら」
今日はお母様の訪問日です。せいぜい疲れた顔をして来てくださるとありがたいわ。
「もちろんです。今日は存分に甘えてくださいね。子供の特権ですよ?お嬢様はもっとワガママを言うべきですっ」
「ナタリーは悪い子ね。ワガママというのは止めさせるべきものよ?」
「いいえ!聞き分けが良過ぎるのは危険です」
「……気が合うわね、ナタリー。私もそう思っていたわ」
ナタリーは本来なら使用人としては言ってはならないことを口にしています。でも、それは全部私のためだよね?
「ありがとう、ナタリー。でも、あなたはそれ以上言ってはダメよ?あなたまでいなくなったら私はひとりぼっちになってしまうじゃない」
「お嬢様をおひとりになんてさせません!」
「じゃあ我慢して」
「……はい、申し訳ありません」
「うん。でも嬉しかった」
「お嬢様~~っ!」
ナタリーは本当に私を大切だと思ってくれているのね。なんだかこう、ムズムズします。
「ね、これからはブランシュと呼んでほしいな」
「はい!ブランシュお嬢様」
……うん。これが使用人との限界だよね。
お嬢様とメイド。この関係が崩れることはないのだ。
お母様達もいっそのこと私を捨ててくれたらよかったのに。そうしたら……いえ、そんなのは夢物語ね。平民になって幸せに暮らしました、なんてありえない。
「さあ、行きましょうか」
「ブランシュ、また大きくなったわね」
「はい。9歳になりましたわ」
ニッコリと、まずは軽く口撃をしてみます。
だってきっと彼女の中で、私を放置した年月が曖昧になっているのだと思います。ほら、顔色が変わったわ。
「……そう……そうね、9歳ね」
「お母様、お疲れですか?顔色が悪いです」
「大丈夫よ。少し…、そうね、ちょっと疲れてしまっただけだから」
ミュリエルのお世話はそんなにも大変なの?エマがいるのに?
そういえばもうエマは乳母ではないのかも。
だってあの子はもう6歳です。乳母が必要な年齢ではありません。
……それでも私の元へ帰って来てはくれなかった。
仕方がないわ。彼女に選択権は無いのだもの。
「お母様、目をつむってくださいませ」
「あら、どうして?」
「お母様が元気になるおまじないを掛けて差し上げますわ」
あら、ちょっと偉そうだったかな。
だって本当はやりたくないから仕方がないの。
「まあ、ありがとう。ブランシュは優しいのね」
「ふふ。ほら、早くっ」
少し笑いながら目を閉じた母親を眺める。
何をされるのかも分からないのに、案外と簡単に目を閉じるのだなと、その警戒心の無さがどこから来るのかとちょっと考えてしまいました。
私を家族だからと信用しているのか、取るに足らない子どもには何もできないと侮っているのか。
違うわね。きっと自分は良い母親だと思っているのだわ。だから私に攻撃されるかもなんて思いもしない。
「お母様が元気になりますように」
ゆっくりと魔力を練り上げる。この一年で回復魔法を覚えました。そこまで大きな魔法は試したことがないけど、疲労軽減くらいなら失敗しません。
「……え?あなた、今」
「どうです?おまじないは効きました?」
何も分かっていないかのように明るく振る舞う。
魔法なんて知らない、ただ母親思いの優しさが偶然魔法を発動したかのように。
「あ……、ええ。とっても体が軽くなったわ」
動揺した眼差しで私を見つめる母親に笑い出しそうになるのをグッと我慢する。
「よかった!お母様がお元気になってとっても嬉しいです」
ね?健気な娘を見て、あなたはどう思うの?