1.はじめまして、公爵家
「すごい……」
ここまで来る道中でもこんなにも大きな建物はありませんでした。
「さすがは公爵家。ご立派ですね!」
本当に驚きです。ナタリーの口振りからすると、我が家が小さいのではなく公爵家が大きいのよね?
「……迷子になりそうだわ」
「私もですぅ~~!でも、大丈夫です。私達にはマルクがついてますからっ。マルクは地図とか覚えるのが得意だと言ってました!」
「……私、絶対にマルクから離れないわ」
「私もです!」
壮麗と言うのが相応しい邸宅や庭園。
ここがお母様の原点なのね。
お祖父様とコンスタンス夫人はお母様とはまったく似ていなかった。
では、お母様のあの独善的な考えはどこから来たのか。
「……ここでどう育ったのかしら」
「お嬢様?」
しまった。声に出していたわ。
「ううん。ドレスを買っていただいてよかったと思って」
「そうですね、公爵様様です!あ、そろそろ着きそうですよ」
馬車のスピードが落ちた。ちょっと心臓が落ち着かない。
馬車が止まると、外からドアをノックされた。
「お嬢様、開けてよろしいでしょうか」
よかった。マルクだわ。
「ええ、お願い」
マルクに手を貸してもらい、ゆっくりと降りる。
すると、先に到着したお祖父様達が、見知らぬ男性と話をしていました。
「ブランシュ、おいで。息子を紹介しよう」
息子……ということは、この方がお母様のお兄様?
お母様と同じ髪色をした男性は、お祖父様の言う通り、落ち着いた雰囲気の穏やかそうな方です。
「ようこそ。私がコンスタンスの夫でレイモンだ」
「はじめまして。ノディエ伯爵家長女のブランシュと申します。本日よりお世話になります」
「こちらこそよろしく。長旅で疲れただろう。まずは部屋に案内させよう。
私の子ども達は晩餐の席で挨拶をさせるから、それまでゆっくり寛いでくれ」
「ありがとうございます」
レイモン様が目配せをすると、一人の女性がこちらに近付きました。
「彼女は君専属のメイドになるエディットだ。
そちらのメイドもいるだろうが、屋敷に慣れるまでは彼女を付けさせてもらうね」
まあ、専属で付けて下さるのですね。
エディットさんはまだ若いのかな?クリっとした榛色の瞳が可愛らしい女性です。
「…助かります。あまりに広くて迷子になるかと心配でした」
「ハハハッ、大丈夫、すぐに覚えるよ」
「エディットと申します。よろしくお願いいたします」
「ええ、よろしく。こちらは私付きのメイドのナタリーです。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「ナタリーです、よろしくお願いしますっ」
互いに挨拶をしてから中に案内されました。
「ブランシュ様とミュリエル様は東館。マイルズ様とパスカル様、エルフェ様は西館になります」
どうやら男女別の棟になるようです。
「自由に行き来はできるのですか?……その、ミュリエルは兄達をとても慕っているの」
「はい、もちろん大丈夫でございます」
よかった。いきなり私を頼られても困ってしまうもの。……駄目ね。あれからミュリエルへの警戒心が消えません。
『お姉様はそんなにも私がきらいなの?』
あの言葉に、私は何と返せばよかったのかしら。
好きじゃない。妬ましい。無関心。
どれも本当で、でも何かが違う。
それに、私よりも恵まれていたはずの彼女はどうして私を妬むの?
答えの出ない問いを繰り返しているうちにお部屋に着いたようです。
「……まあ、こんな素敵なお部屋を?」
それは、伯爵家のお部屋よりもずっと広くて素敵なお部屋でした。
「何か足りないものなどがありましたら遠慮なく仰ってくださいませ」
……ありません。こんなにも素敵なお部屋に文句などありえません!
「とっても素敵で嬉しいです」
「お気に召したのならよかったです!」
エディットが本当に嬉しそうに微笑むから、つい、こちらも釣られてしまいます。
「お茶の準備をして参ります。何かお好みの茶葉はございますか?」
「そうね。では、あなたのお薦めのものをお願いできるかしら」
「はい!畏まりました」
エディットは一礼すると、部屋を出て行きました。
「……ナタリー。高待遇過ぎて困ったわ」
「私もです…。エディットさんに敵う気がしません…」
ああ。ナタリーも同じ気分みたい。
「……公爵夫人の話題が無いわね」
「あ、そう言えばそうですね。晩餐でご子息達の挨拶があるとは仰って見えましたが、公爵夫人については何も」
どう考えても、お母様をあのように育てたのは公爵夫人だと思うのだけど、その夫人が姿を現さないのはなぜだろう。
「もしかして、お祖母様は別の場所にいらっしゃるのかしら」




