30.いつか会える日を
私は今までどれだけナタリーを泣かせてきたのかしら。
「ナタリー、ごめんね」
「…どうしてお嬢様が謝るんですか」
「だって辛かったでしょう?」
エマがいなくなってから、何度もナタリーに尋ねました。
『エマはいつ帰ってくるの?』
『あとどれくらいいい子になったらエマに会えるかな』
それはどれも彼女には答えられないことばかりだったでしょうに。
「……すみません、お嬢様。私、知ってたんです」
「うん」
「ミュリエル様の臨時の乳母になったことも」
「…うん」
「エマさんが奥様に叱られていたのも」
「そっか」
「とうとう解雇されたって聞いて追いかけました。でも、そうしたら叱られました。ブランシュお嬢様を放ってくるなど言語道断だと。早く戻って自分の分までお世話して差し上げてと、そう託されました」
「……うん、ナタリーはいつも私を大切にしてくれているわ」
「エマさんは自分のことはこのまま自然と忘れるのにまかせておいて欲しいと、そう言われました」
エマは駄目ね。あなたを忘れられるはずないのに。
「大丈夫よ、ナタリー。私は絶対に忘れないし、素敵な思い出がずっとずっと残っているわ。だから本当に私は大丈夫なのよ」
「ずびばぜん゛~~~っ!!」
乙女としてその泣き方はどうなのかしら。
マルクが慌ててハンカチを渡しています。できる子マルク。いつもありがとう。
「ねぇ、ナタリー。ギュってしてくれる?」
「えっ?!えと、あの、でもっ」
「ハグって素敵ね。さっき嬉しかったの。だからナタリーにもしてほしい。……ダメ?」
「大好きです、ブランシュお嬢様!」
ギュッ、ギュギュギュギュ~~~!
……ちょっと痛い気がするわ。
「ナタリー、お嬢様の中身が飛び出るぞ」
「あっ!すみません、全力でした!」
「ふふっ、いいの、ありがと」
それでもいつか。いつか会えたらと、やっぱりそう願ってしまう。でも、思うだけならいいよね?
「ブランシュ」
「……シルヴァン兄様」
どうしましょう。心の準備ができていません。
あんな悪女全開っ!と言わんばかりの姿を見られてしまって……嫌われたかしら。
「嫌いになった?」
……ん?
「兄様?」
「騙すようなことをしてごめん」
「そんなっ、コンスタンス夫人のお願いだったのでしょう?あの、そうじゃなくて、私の方こそ嫌われたと思って」
「どうして?私がブランシュを嫌うはずがないよ」
「……悪女なのに?」
「どこが?毅然としていて格好良かったけど。
それに忘れたの?野望を持つように唆したのは私だよ」
「でも、性格が歪んでるんですって」
思い出されたのはマイルズに言われた台詞です。
人との交流が少な過ぎて、違うとは言い切れないのが悲しいところね。
「……あの時、飛び出そうとして夫人に止められたんだ。暴言を止められなくてすまない」
「シルヴァン兄様は何も悪くないわ。止めようとしてくれてありがとう」
「君はいつもちゃんとお礼を言えるよね。
エマさんは素晴らしい乳母だったのだな。君を見ていればよく分かる」
「……ほんと?」
「ああ、さっきだって君は怒りに任せて怒鳴り散らしたりしなかった。
君が魔力の暴走を最初から防げたのは、君自身の能力が高いのはもちろんだけど、幼い頃からしっかりと教育されていたからだと思うよ」
そうなの。エマは優しいだけじゃなくて、悪いことはちゃんと叱ってくれるの。でも、ただダメ!って言うんじゃなくて、どうして駄目なのか、私が分かるまで何度でも教えてくれて……
「君は泣き虫な悪女さんだなあ」
またシルヴァン兄様に抱き上げられてしまった。
でも、泣き顔を見られたくなかったから甘えることにします。
「……エマを褒めてくれてありがと」
「思ったことを言っただけだよ」
「兄様、だいすき」
「光栄です、お姫様」
シルヴァン兄様に抱っこされていると、すぐに安心してしまう。
もう9歳なのに、とは思うけど。
今だけ、あと少しだけこうしていたい。
困ったわ。シルヴァン兄様と離れたくないと思ってしまうなんて、とんだ甘えっ子になってしまった。
「眠い?」
「…ううん、ただ、安心するなって」
「じゃあ、このまま攫っていこうかな」
「んん~~、心が揺らいじゃうわ」
さっきはああ言ったけど、本当に家を継ぎたいかと言われると悩むところです。
あんなことを言えちゃうマイルズが継ぐくらいなら私がやってやる!という程度だし、実際にどんなことをするかもよく分かってはいないし。
「シルヴァン兄様は私に爵位を継いでほしいのかと思ってました」
「いや?ただ、君に何か目標が出来ればと思っただけなんだ。だから他に何かやりたいことがあればそれでもいいし、まだ分からないのなら、これからゆっくりと探せばいい。
ただ、ぼんやりしていると使い勝手の良い駒にされるかもと思ってね」
「こま?」
「政略結婚とか」
「……けっこん、ですか」
考えたこともなかった。
「そんなに早くに決めてしまうものなの?」
「今は大丈夫だよ。公爵が付いてくれたからね。
それでもあと数年もしたら申込みがあるかもなあ。ブランシュはとっても可愛いからね」
シルヴァン兄様は私に甘過ぎだと思うの。
「シルヴァン兄様は結婚してないですよね」
「私はまあ次男だし。お仕事を頑張ってるからいいんです」
「……そっちの方が楽しそう」
しまったわ。勢いで宣言するんじゃなかった。
「大丈夫。口に出したから決定なんてことは無いし、マイルズ君達だって頑張っていくのだから。未来はみんなのこれからの頑張り次第さ」
私達のこれから。一体どうなっていくのかな。
いつか、兄妹で仲良くなれる日が来たり?
……ううん。期待するのは止めよう。
「まずは勉強をがんばります」
「そうだね、それも大切だ。でも、君はたくさんの人達との交流を楽しむといいよ」
「楽しむの?学ぶのではなく?」
「そう。友達が出来るといいね」
「…それは未知の存在なのでなんとも…」
「そういった新しいものを怖がらずに楽しめるといいと思うよ。ブランシュなら大丈夫」
シルヴァン兄様に大丈夫だと言われると、本当に大丈夫な気がするから困ってしまう。
「…失敗したら慰めてね?」
「もちろん。ヤケ食いでもなんでも付き合うよ」
ヤケ食いって何かしら。
でも、何だか楽しそうだ。
「ありがとう、兄様。頑張ってみます」
 




