24.わたしの王子さま
わたしが一番嫌いなもの。
それは母様のため息。
「また熱が出たの?」
「………ごめんなさい」
ふう。とため息がひとつ。
熱くって苦しいのに。でも私に出来るのはごめんなさいとつぶやくことだけ。
「大丈夫。兄様が治してあげるからな」
「そうだよ。すぐに良くなるよ」
兄様達はだいすき。だっていつもわたしを守ってくれるから。
「ほら、ミュリエルが大好きな桃だよ」
「僕達の分もあげるね」
兄様は何でも私にゆずってくれる。
「ミュリエル。ほら、綺麗なドレスでしょう?体調が良くなったら一緒にお出掛けしましょう。
そうだわ。お祖父様に会いに行きましょ?
もしかしたら王子殿下に会えるかもしれないわ」
「……おうじさま?」
「そうよ。お会いしてみたいと思うでしょう!」
そうなのかな。王子さまに会えたら母様のご機嫌がよくなるの?そうしたらもうため息はつかない?
「……うん、会ってみたい」
「やっぱり貴方は私の娘ね!そうよ。王子様に気に入られたら、あなたは幸せになれるのよ!」
王子さまに会えたら。
そうしたらお熱も出なくなる?
すごいね。王子さまは。
「兄様、王子さまはどんな人?」
「王子殿下は二人いらっしゃるんだよ。
ミュリエルより、えっと……7つ年上のヴィルジール殿下と、3つ年上のセルジュ殿下だ」
「ふぅん。ミリはいつ会えるかな」
「王子殿下には簡単に会えないんだよ?」
「違うよ、パスカル。デビュタントで会えるはずだよ」
「でびゅたんと」
「そう!ミュリエルが綺麗なドレスを着て、もしかしたら王子殿下と踊れるかも!」
そうなの?綺麗なドレスがいるのね?
「だから母様はドレスを作ってくれたの?」
ため息ばかりの母様は嫌だけど、ドレスを作ってくれるならがまんしなきゃ。
「じゃあ、僕たちがエスコートしてあげるね」
「一緒にダンスをおどろうね」
「ちがうよ。ミリは王子さまとおどるの」
「ええ~~っ!僕たちとも踊ってよ!」
いつか王子さまに会える。たのしみ。
でもだんだんお熱が出る日が増えてきた。
お母様がお祖父様に逢いにいけないっておこってる。今日もため息がたくさん。
ある日、すっごく熱くて苦しくて死んじゃうかと思った。そうしたら『姉様』が治してくれたの。
姉様は兄様と一緒かな。ミリが大好きだから助けてくれたのよね?
……じゃあ、もういいかな?
「母様、ばいばい」
だってお祖父様が来てくれたもん。これで王子さまに会える。
父様と母様は遠くに行っちゃうんだって。だからさよならをした。ため息もばいばいだ。
……でも変なの。お姉様もお祖父様も私に優しくしてくれない。お買い物なら一緒に行きたかったのに。
お祖父様のお家に向かう馬車の中で、お祖父様がお姉様のお話をしてくれた。
お姉様は今まで一度もお家から出たことがなかった。
ドレスを買ったことがなかった。
兄様は姉様の兄様なのだから、もっと大切にしないと駄目なんだって。
どうして?兄様はわたしの兄様なのに。
ドレスだって、王子さまは姉様にも会うの?
姉様は本当はやさしくないのかな。
私の大切なものをとっていく悪い子なの?
「姉様、きれいね」
姉様の腕にはキラキラとした紫の宝石がついたアクセサリーをつけていた。
いいな、ほしいな。
「ええ。私の宝物なの」
姉様がとってもうれしそうに笑った。
……あれ?くれないの?
兄様はいつもいいなって言ったらくれるのに。
ううん。じーっと見てたらすぐに気付いてくれるわ。
ミュリエルにあげるねって。
やっぱり姉様はいじわるだ。
本当は母様は悪くなかったのかな。
兄様が遠くに行くのは誰のせいなの?
ぜんぶ姉様が悪い子だから───
どうしよう。兄様達がいなくなったら……王子さまも取られちゃう。わたしの味方は誰もいないのに。
誰か誰か……助けてくれる人を見つけなきゃ
姉様より強い人。わたしを守ってくれる兄様みたいな人。
どうか可哀想なわたしを助けてください。




