21.当たり前の愛おしい日常
目を覚ますと、一人きりでベッドで寝ていました。
昨日の醜態にのたうち回りたいほどの羞恥心を感じはしたけれど、不思議と気持ちがスッキリとしています。
「……全部吐き出したせいかしら」
エルフェ様が聞いてくれたから。彼が私の醜さをまるごと肯定してくれたから。
「甘えすぎ……」
起き上がった体をもう一度ぽふんとお布団に沈ませる。
エルフェ様はまったくの他人なのにどうしてここまでしてくださるのかしら。
教育者とはこんなにも親切なものなの?
「気を付けなきゃ。いつまでも側にいてくださるわけではないのだもの。頼ることに慣れては駄目よ」
ちゃんと自覚して。
家族すら私を必要としないのに、これ以上甘えては迷惑なだけだわ。
「……うん、大丈夫。会えたら昨夜のお詫びと感謝の言葉を伝えて、あとはお祖父様と今後の相談をして」
感傷的な気分はもうおしまい。公爵家に向かう準備をしなきゃ。
しばらくするとナタリーがやってきて、彼女の笑顔を見てようやく日常に戻れたような気持ちになりました。
「ブランシュお嬢様おはようございます!」
「おはようナタリー。今日も素敵な笑顔ね」
「え!どうしたんですか、突然!」
「ううん。当たり前だと思っていた日常が愛おしいなと思っただけよ」
きゃあ、照れちゃいますぅ!と身悶えているナタリーは本当に可愛い。これからも大切にしなきゃ。
すっかりご機嫌になったナタリーはとっても凝った髪型に結い上げてくれました。
「ここまでしなくても」
「だって嬉しかったんですもん!素敵なお嬢様の心を表してみました!」
「もう。でもありがと。可愛くしてくれて」
「今日のお嬢様はいつもより何だか可憐です。何か心境の変化でもありました?」
ナタリーは意外と目敏いというか野生の勘が働くというか。
「そうね。改めて私の家族はあなた達だと思ったから、感謝の言葉を惜しまないようにしようと思っただけよ」
「……お嬢様が大人になられた……いえ、もともと大人っぽいんですけど!」
「そうかな?」
「はい!……ここだけの話ですが、マイルズ様達よりよっぽどですっ。
だって、結局ありがとうもごめんなさいも何も言わないじゃないですか。お散歩の時だってブランシュお嬢様を気を遣う素振りもなかったですし!
私が使用人じゃなかったら正座させて1時間くらいお説教してますよ」
ぷりぷりと私のために怒ってくれるのは本当にありがたいけど。
「嬉しいけど顔にも言葉にも出しては駄目よ?私はあなたがいなくなったら困るのだから」
「うぅっ、分かってます。だからここだけの話でお願いしますっ」
「うん。今回だけね」
こういうことは、一度箍が外れると抑制が効かなくなりそうで怖い。ここでちゃんと抑えておかないとね。
「さて、そろそろ朝食でしょう?他の方々は?」
「マイルズ様達はお疲れだからと部屋で食事を取られるそうです。公爵様とエルフェ様は朝から元気に剣の稽古をされていました」
え。いくらショートスリーパーでもあまりにも寝ていなさ過ぎるのではないかしら。
「意外ね。エルフェ様はあまり剣を持つイメージが無かったわ」
「私もです。あ、ついでにマルクも参加してました」
「……心臓が強いわね?」
「ホントですよ。鋼でできてるんだと思います」
確かに、公爵家で剣の稽古をしたいというような話はしていたけど、まさかお祖父様から直々に相手をしてもらうとは思わなかった。
「……生きてるかしら?」
「私が見たときは生きてました」
なら大丈夫かな?私の護衛だと知っているから無茶はしないと思っておきましょう。
食堂に向かうと、すでにお祖父様とエルフェ様が席についていました。
「おはようございます。もしかして待っててくださったのですか?」
「おはよう、ブランシュ。そろそろ君が来ると聞いたからな。こんな年寄りだが、ご一緒してもよいかな?」
「まあ、お祖父様を年寄り扱いだなんて。こんなにも若々しくてお元気ですのに。
もちろん喜んでご相伴にあずかりますわ」
「おはよう、ブランシュ。この人は朝の5時から人を叩き起こして稽古に付き合わせる暴君なんですよ」
5時ってまだ暗いわよね?
「お祖父様はいつも早起きなのですか?」
「何。大切な孫娘に悪い虫が寄っていたからな。ちょっと性根を鍛え直してやろうと思っただけだ」
…………もしかして私のせいですか。
どうして?お祖父様も気配がわかる系の方なの?
「違うと分かっているくせに難癖をつけるのは止めてくださいよ」
「お前ばかり懐かれていて腹が立っただけだ」
「それならば甘んじましょうか。あ、間違っても公爵には何も話してませんから」
「私も無理やり聞き出すような野暮なことはしておらんからな」
「……ありがとうございます?」
恥ずかしいし、ちょっと怖いわ。
これからは一人だからっておかしなことをするのは止めましょう。
「あの、昨夜はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや。あんなことがあったから少々気になってな。間違っても室内の様子などは見聞きしていないから安心しておくれ」
「ふふ、分かりました」
「少しは気持ちが落ち着いたか?」
「はい。エルフェ様に聞いていただけたおかげで今日はスッキリしてます」
「そうか。もしも助けが必要ならいつでも相談しておくれ。……いや、まずは相談できるくらい仲良しになるのが先か」
「あの、お祖父様にそう言っていただけて嬉しいです」
いきなり仲良くと言われてもちょっと困ってしまうけど、そうやって心を砕いてくださるお気持ちは本当にありがたいと思います。
「では、お言葉に甘えてご相談してもいいですか?」
「おお勿論だ。昨日、言付けをくれた件かな」
よかった。ちゃんと連絡はいっていたのね。
それからドレスなどを持っていないことを相談しました。
「では、今日はこの爺様とデートをしようか」
「はい?」
「ならば私も付き合います」
「お前は来るな」
「あなたに任せたらピンクのフリルふりふりで大きなリボンが付いた服とかを選びそうだから駄目です。だいたい今の流行りも知らないでしょう」
ピンクのふりふり?絶対に着ないわ。
「な!可愛いじゃないか!」
「お祖父様、却下です。エルフェ様、お願いしてもいいですか」
「なんでだっ?!」
センスが無いものをゴリ押しされたくないからです。
「マイルズ達はどうする?」
お祖父様のお気持ちを考えるなら、ここは私が折れて兄妹の仲の良い姿を見せて差し上げるべきなのでしょうか。──でも。
「お祖父様。申し訳ありませんが、私は今までのことを有耶無耶にしたまま彼等と仲良くするつもりはありません」
「……そうか。彼らに謝罪を求めるか?」
「いえ。無理矢理言わされる謝罪にどれほどの価値があるでしょうか。
私は、彼らが自分で考えて答えを出すまで何も言うつもりはありません」
だって私は自分の気持ちをちゃんと伝えたもの。それに対して、彼らがしたのは言い訳だけでした。
まあ、一応は違うんだごめん、くらいは言ってましたけど、あれは謝罪というより言い訳の前振りとしか感じません。
「そうだな。本当に心から申し訳ないと思えば自然と頭が下がるものだ。
……だが彼らもまだ子供なのだ。それも歪んだ親に育てられてしまった。少しだけ猶予を与えてやってはくれないだろうか」
「…はい。私もこれから学び直したいと思っておりますし」
「ありがとう。では、食事が済んだら出掛けよう」
「はい。屋敷を出るのは生まれて初めてなのでとても楽しみです」
私の言葉を聞いたお祖父様が泣いてしまってちょっと困りました。




