20.欲に囚われる
──眠れないわ。
昼間に色々なことがあったからかな。
そっと窓を開け、テラスに出る。
「……きれい」
夜空に瞬く星はどうしてあんなに綺麗なのかしら。
暗闇に染まることなく美しく輝く姿が今日は何だか妬ましい。
「私とは大違いね」
すべて私が望んで仕組んだことだった。望みどおり私という存在を示すことができた。
お父様とお母様が間違っていたのだと分かった。
まだ色々と問題はあるけれど、求めた以上の成果はあったわ。それなのにどうしてこんなにもぐちゃぐちゃな気持ちなのかしら。
「えいっ」
こんなふうにグダグダ悩むのは性に合わないのに。
腹が立って2階のテラスから飛び降りた。
着地で身体強化魔法を足に掛ければ負担は減るから大丈夫なはず。
「ブランシュ!」
「えっ?!」
まさか人がいるとは思わなくて魔法を使うタイミングを間違えてしまった。
───潰しちゃった!!
痛みはない。でも、間違いなく人を下敷きにしてるっ!!
恐る恐る目を開けると──
「2階から飛び降りるなんて馬鹿なのか君はっ!!」
よかった、生きてるっ!
巻き添えにしたのはエルフェ様だった。というか、ちゃんと受け止めてくれたみたい。
「エ、エルフェ様、怪我は?!」
「君と違って頑丈な大人だから大丈夫だよ。君こそ怪我は無い?」
コクコクと頷く。
「……殺しちゃったかとおもった……」
圧死だなんて怖すぎる。もう二度と高い所から飛び降りないわ。
「このお嬢さんは本当にびっくり箱だな」
「……ごめんなさい、人がいると思わなかったの」
ただ、散歩しようと思っただけ。ただ……無性に腹立たしい気分を振り切りたかっただけなのに。
「こっちこそごめん。君がテラスにいるのが分かったから気になって近付いたんだ」
「エルフェ様もお散歩?」
「君は2階のテラスから散歩に行くのか」
「…だってちゃんと魔法を使うつもりだったもの」
「10歳まで使ったら駄目だって知ってるよね?」
「あ」
すっかり忘れてました。
「だいたい裸足じゃないか。着地が上手くいっても部屋に戻る頃には傷だらけだぞ」
……なんてはしたないの。素足を見せるなんて淑女として失格だわ。
「あの、見ないで?」
「……そう言われると私が変態みたいじゃないか」
う~~っ、だってだって恥ずかしい!
すると、エルフェ様が上着を脱いで私に掛けてくれました。
そういえば寝間着姿だわ。もう全てがダメダメです。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。それで?夜の逃走劇の理由を聞こうかな」
ああ、きっと逃げられない。だってすでに抱っこ状態です。素足だし寝間着だし助けも呼べません。
「あの、このままここにいるのは良くないと思うのですけど」
「ふむ、確かに。だが、君はどうやって部屋に戻るつもりだったんだい?」
「……考えていませんでした」
「それは重症だね。じゃあ、ちょっと声を出さないように我慢していてくれ」
え、と思う間もなく、エルフェ様は私を抱えたまま手近な木に登り、私の部屋のテラスに飛び移りました。
「はい、到着」
「……エルフェ様、すごいです」
私は一部分しか強化できないのに、エルフェ様は全身強化ができるみたいです。それに、今のは重力も弄っているのかしら。
「これでも魔法塔の職員だからね」
主任という役職は伊達ではないみたい。
「淑女の部屋に入るのは申し訳ないが、君と話がしたい」
「……はい、お入りください」
本当は駄目だと分かっているけど、外で話すわけにもいかないし仕方がないよね?
「ああ、明かりは点けなくていいよ。今日は月が明るいから」
「あの、もう下ろしてください」
会って間もないのに、何度こうして抱えられているのか。
「何だろう。甘やかしたい気分だから駄目」
「……これって甘やかしてるんですか」
「嫌いな子にはしないでしょう」
……そういうもの?
でも確かに、ダンスより距離が近いというかゼロ距離だもの。嫌いなら無理だわ。
「エルフェ様は私が嫌いじゃないの?」
「嫌いな子の気配を外に感じて心配で確認に行くほど酔狂では無いかな」
気配……そんなものが分かるの?それは何とも生き難い気がします。
「エルフェ様、眠れないの?大丈夫?」
「……平気だよ。ショートスリーパーなんだ。
それで?君はどうしてこんな時間まで起きていて、さらには裸足で飛び降りたのかな?」
何となく誤魔化されたような、でも私は弁明を逃れられないような、ようするに負けた気分です。
「……私って欲深いの」
「どうしてそう思ったのかな」
だって望みは叶ったはずなのに苦しいのです。
私という存在が外部に認知されて、もうナタリー達を奪われることもない。
それなのに……
「愛も、感謝も、謝罪も。そんなものは要らないって本当に思ってたんです」
「うん」
「……でも、兄達がお祖父様に言われても結局は私にちゃんと謝罪してくれないことに腹が立って。
ミュリエルだって元気になったのにありがとうの一つもなく、でも双子の代わりに私に懐こうとするのが図々しいと思えてしまう」
「そうか」
「……私のことが嫌いだったくせに、さよならを告げたら泣いてしまったお母様が……本当は少しでも私を愛してくれていたんじゃないかって、……まだ馬鹿みたいに期待してしまった自分に嫌気がさすの」
「……うん」
私を慰めるでも否定するでもなく、優しく相槌を打ちながら、ただ話を聞いてくれるエルフェ様に、何だか涙が零れそうになる。
「私は欲深くてみっともない……だから、そんな感情を振り切りたかった」
「それで飛び降りたのか」
「……ちゃんと着地できるつもりだったわ」
結局、エルフェ様は私を抱えたままだ。その温もりに眠気が誘われてしまう。
「ねえ、ブランシュ。欲ってね、悪いものではないんだよ」
「……どうして?」
「幸せになりたいと願って何が悪いんだい?」
しあわせ?それも欲だというの?
「君は幸せになりたくて頑張った。ただそれだけだ」
「…でも」
「一歩進んだら違う景色が見えた。だからまた新しく考えが変わった。それの何がいけないのかな」
エルフェ様が言うとすごく簡単なことみたい。
「それにね。人の考えは一つきりじゃない。
自分ですら気付かない心というものもあるんだよ。
君の母君の涙もそういったものだったんじゃないかな」
自分でも分からない感情……。
ああ、今日感じたのはそれだったのかしら。
「大丈夫。これからゆっくりと考えていこう?
今日はたくさんの出来事があって心が落ち着かないだけだ。
君はこれからもっとたくさんの幸せを見つけられる。大丈夫……大丈夫だよ」
……あったかい。この人の言葉はいつも私の心をぽかぽかと温めてくれる。
「エルフェさまがおとうさまなら……」
だめ……ねむい……
「……ブランシュさん。私はまだ23歳なのだけどね」
エルフェ様が何か言ってる気がします。
でも、私は睡魔に勝てませんでした。




