1.ひとりぼっちの理由
物心がついた頃にはひとりぼっちでした。
ううん、間違えた。乳母とメイドはいたわ。
でも、家族はいません。
たまにやってる来る『お父様』と『お母様』が家族なのですって。
隣の館はいつも賑やかです。風に乗って子供の笑い声が聞こえたり、ときおり大きな音が鳴ったりします。
それが双子の兄達の声なのだと教えてもらったのはいつだったかしら。
それは確か物語を読んでもらっている時でした。
「エマ。かじょく、いっちょね?」
私は乳母だったエマに聞きました。
だって、どのお話を読んでも家族とは同じ家で暮らしています。王族でも貴族でも平民でも、仲が良くても悪くても、お嫁に行ったり冒険に出かけたり追放されたりしなければ、みんな同じ家に住んでるの。
「どちて?ぶらんちゅ、いっちょないないの?ぶらんちゅ、わりゅいこ?」
悪いことをしたら牢獄や、身分が高ければ高い塔に閉じ込められたりするのでしょう?
「まさか!お嬢様に悪いところなどありません。
ただ、お嬢様がお怪我をなさらないようにこの別館で過ごしていただいているだけですよ」
たぶん、これは2~3歳の頃のことです。
それからも私の生活はあまり変わりませんでした。
たまにお父様達が来て少しお話をして、
「いい子で待っていてね」
そう言われるだけなのです。
最初は何を待てばいいのか分かりませんでしたが、たぶん、一緒に暮らせる日を待つようにと言われていたのでしょう。
あの日、乳母のエマが教えてくれました。
私より3つ年上のお兄様達は強い魔力を持っているそうです。でも、普通ならば10歳前後に発現するはずが、兄達は3歳、私が産まれてすぐに現れてしまったのですって。
幼いせいでコントロールが中々出来ず、物を壊してしまったり人を傷付けてしまったりしちゃうみたい。
「まほうとありゅよ」
これも本で知りました。魔法塔は魔法の研究や魔法を使ったお仕事をしている人達がたくさんいる場所です。
そんな凄い人達なら助けてくれるのではないかしら。
「それが……まだ3歳のぼっちゃま達を魔法塔に預けるのは忍びないと仰られて、親なのだからご自分達で育てるべきだと」
「ぶらんちゅは?」
素朴な疑問でした。べつに悲しいとか恨んでいるとかではありません。ただ、どうして兄達を預けることはできなくて、私は一人別館に住まわされているのかが不思議だったのです。
「……別館は同じ伯爵家のお屋敷ですから」
そうね。だって隣にあるもの。お庭を挟んでいるから木々に囲まれて姿はほとんど見えないけれど。
でも、隣にあるのにお父様達は滅多に会えないから更に不思議です。
私に仕えてくれていたエマは、私が3歳を過ぎたある日、別の仕事をするために本館への異動が決まりました。3歳ならもう乳母は必要ないそうです。
「エマ、いっちゃやだ!」
「申し訳ありません、お嬢様。旦那様がお決めになったことなのです」
「どうちて?エマ、ぶらんちゅのかじょくなのに!」
たくさん泣いて訴えましたが、決定が覆されることはありません。
「お嬢様、私の可愛いブランシュお嬢様。
どうかいい子でいてくださいませ。そうしたらご家族で一緒に過ごせる日がきますよ」
「…いいこしたらエマ、あえる?」
「はい。きっと」
ああ、エマにはきっともう会えないのだなと思いました。
こうして私は初めてのお別れを経験したのです。
それからは勉強も少しずつ増えてきて、5歳になると家庭教師がつきました。
「先生はお兄様達の授業もなさるの?」
「いえ、私は淑女向けの教師ですから」
「そうなの?もしかして、本当はまだ魔力のコントロールができていないからとか?」
だって私はもう6歳です。ということはお兄様達はもう9歳。未だにコントロールができないのでしょうか。
「まさか!お兄様方は大変優秀でいらっしゃいますよ。お体の弱い妹君の魔力の発散も買って出ていらっしゃるとか。とってもお優しいですよね」
………体の弱い妹?だれのことなの。
「へぇ、そうなの。……うん、あの子はまだ小さいから」
「本当に、あの様に小さなお体で魔力過多症だなんて」
適当に話を合わせてみたら、先生はすぐに続きを話してくれました。どうやら、知らないうちに病弱な妹が生まれていたようです。
「ねえ、ナタリー。私の妹は何歳なの?」
こんな質問をされてしまうメイドには本当に申し訳ないと思うけど、妹が生まれたのを知らない方がおかしいと思うの。
「……ミュリエル様は3歳におなりです」
「まあ。では他にも別館があるの?」
だってここには住んでいないわ。兄達が危険ならここで暮らすはずなのに。
「……いえ、本館でお育てされております」
「兄様達と一緒に?」
「はい。マイルズ様達は魔力を上手にコントロール出来るようになっていらっしゃいます」
「へぇ。でも私はまだここなのね」
「お嬢様……」
「あら、ナタリーを責めてなんかいないわ。そんな顔をしないで?」
ただ、不思議だっただけよ。
「今度は妹が魔力過多症で大変だからかしら」
何ともおかしな話です。
初めての子供を手放したくなくて私を別館に追いやり、兄達が落ち着いたら新たに生まれた妹が病に苦しんでいるからと、家族四人で協力し合って病弱な妹を守りながら生きているのですもの。彼らは私のことをどう思っているのかしら。
───待って。3歳?
「もしかして、エマはその子の乳母を?」
ナタリーが申し訳なさそうに頷きました。
「……私はきっと間違ってこの家に生まれたのね」
「お嬢様、そんなことを仰らないで下さい!
今は妹君が大変で奥様のお気持ちに余裕が無いだけでございますよ」
「そうかな。だって、どんなことにも間違いはあるものなのでしょう?」
これも本の受け売りです。完璧なものなどこの世には存在しなくて、人は必ず何かを間違えると書いてありました。でも、こんなにも早くにその間違いを見つけるとは思わなかったけどね。
私の一番古い記憶はエマに抱っこされていたことです。
だから幼い頃は、どうしてエマがお母様では無いの?と何度も聞いてしまったくらい、私の側にはずっとエマがいてくれました。
そんな彼女が私の元を去って、それはとってもとっても悲しくて……
「その子は、家族もエマも手に入れたのね」
「……お嬢様、あと少しの辛抱です。もう少ししたらきっとお嬢様も本館で暮らせるようになりますよ。
ですから、もう少しだけいい子で待っていてくださいませ」
ずっと言われて来た言葉です。
──いい子でいたら。
では、私はいい子ではなかったのかしら。
私は兄様達みたいに物を壊さなかった。妹のようにお母様を疲れさせもしない。好き嫌いだってしていないし、お勉強だってちゃんとがんばっているわ。
それなのに、まだ足りないの?
何だかすごくお腹が熱くなった。グルグルと熱が回っている感じです。
ああ、これが魔力の暴走?
私はたぶんすごく怒ってる。だから魔力が暴れ出しているのね。
でも、だから何?
あふれ出しそうな熱を握り潰すイメージで手のひらに集める。
硬く、硬く、この体を渦巻く熱よ、固まれっ!
手のひらにコロリと赤い石が現れました。
「……きれい」
キラキラと輝く赤い石は、私の怒りから生まれたとは思えないくらい綺麗です。
「お嬢様、それは?」
「……あげる。今までのお礼よ」
「そんな!こんな高価なものは頂けません!」
「大丈夫。ただの魔石だから」
「やっぱり高価じゃないですか!」
「その代わり私が魔力を扱えることは黙っててくれる?」
「なぜです?きっと旦那様も喜ばれますよ?」
なぜあの人達を喜ばせなくてはいけないの。
どうせ名ばかりの家族なのに。
「もっとコントロールが上手になったら話すね。これ以上、お母様達に負担を掛けたくないの」
「……分かりました。ですがこれは」
「それね、初めて作ったの。たまたまできただけなのだけど。記念に受け取ってくれると嬉しいな」
だって他にあげたい人なんかいないもの。
私には、この別館にいる使用人しかいないから。
「ありがとうございます。では、これは私の家宝にいたしますね!」
家宝って言うほどのものでもないのに。
ナタリーはいつも明るくて優しくて……
「ひとつだけワガママを言ってもいい?」
「何でしょうか」
「……名前を呼んで、抱きしめてほしいの」
こんな子供っぽいことをいうなんて少し恥ずかしいけど、物語の女の子はお母さんに抱きしめられて幸せそうだったから。
「ブランシュ様、私の大切なお嬢様。元気を出してくださいませ」
「……うん。ありがと」
駄目ね。抱きしめられてもどこか悲しいと思ってしまいます。
また強く手を握る。
胸の痛みは小さな青い石になりました。