17.ばいばい
ミュリエル。
私と違って家族の愛を一身に受けて育った妹。
お母様と同じ髪色を持ち、だからきっとお母様の分身のような子なのだと思っていた。
……だってそうでも思わないと、愛されず放置されている自分が惨めだったから。
でも本当のあなたはお母様とは似ていない、ただ普通の女の子だったのかな。
「なんだ……。愛されていないのは私だけかと思いましたが、どうやらお母様もみたいですね」
「そんな、ミュリエルどうして?お母様はいつもあなたを大切に守ってきたじゃない!」
「守ってくれたのは兄様達だよ。母様はいっつもため息吐いてたもん。病気になってばかりのミリのこと、ほんとは嫌いだったでしょ?
……ごめんね?お熱ばかり出して」
ここには愛が溢れているのだと思っていました。でも違ったみたいです。
「ミュリエル。悪いことをしていないのに謝ったら駄目よ」
「……ねえさま」
ふふ、姉様だなんてくすぐったい響きです。
「お祖父様、お母様が行ったら辺境の人は困りませんか?」
「魔獣討伐の支援を公爵家からする予定だから大丈夫だ。
それに働かざるものは食うべからず。本人が頑張らなければ勝手に飢えて死ぬだけだし、逃げても獣の餌になるだけだから監視を置く必要もない。
然程邪魔にもならないから問題ないと返事が来ているから心配するな」
「ひっ!」
……それは、ひと月も持たないのでは?
「ロドルフは予定通り領地に向かいなさい。
但し、蟄居では無くしっかりと働いてもらうぞ。
…オレリーのことは本当に申し訳なかった。だが、だからといってお前のやったことは許されることでは無い。これからは子ども達のためにしっかりと領地に貢献したまえ」
「……はい、申し訳ありませんでした」
「待って!どうしてロドルフは領地に行くの?!」
「オレリー。子ども達に別れの挨拶をしなさい」
「いやよ!私は行かないわっ!!」
私はお母様に何を望んでいたのかな。
愛されること。存在を認められること。家族として受け入れられること……。
たくさんあった気がするけど、もういいや。
「お母様、最後に醜い姿を見せてくださって感謝申し上げます。おかげさまであなたへの未練は一切なくなりました。
どうぞお元気で。───さようなら」
私の別れの挨拶を聞いて、なぜかお母様は泣き崩れました。
何でかな。私なんかいない方がよかったくせに。
「お母様、お体には気をつけてお過ごしください」
「今まで育ててくださりありがとうございました」
「母様、ばいばい」
三人は私よりも短い挨拶で終わりました。
きっと、共にいた時間が長いから、本当はまだ色々と気持ちに折り合いがつかないのでしょう。
お母様はそのまま、ただ「ちがう、ちがう」と泣くだけで、とうとう部屋から出されてしまいました。このまま辺境に送られるそうです。
お父様はすっかりと燃え尽きてしまったようで、本当に済まなかったと頭を下げたきり、口を閉ざしてしまいました。
しばらくは心の療養が必要なのかもしれません。
「さて。辛い思いをさせて悪かったな。気分転換に少し外にでも出ようか。
マイルズ、庭を案内してくれるかい?」
「あ、はい。お祖父様」
お兄様がちょっとホッとした顔をしました。
あんな両親の姿を見て、本当は限界だったのでしょう。
それでもすぐにミュリエルと手を繋ぐ姿を見て、本当に大切にしているのだなと思いました。
「エルフェ様、下ろしてください」
恥ずかしいです。私ったらずっと抱えられたままでした!
「ではエスコートしよう」
やっと下ろしてくれたけど、今度は手を差し出されます。
……もしかして気を遣ってくれてるのかな。
別にお兄様と手を繋ぎたいだなんて思わないのに。
「……ありがとうございます」
廊下に出ると、マルクとナタリーが待っていてくれました。
……うん。私の家族はこっちだわ。
私にとってエマがお母様だったし、ナタリーはお姉様なの。じゃあ、マルクはお兄様でエルフェ様は親戚のお兄さんかしら。
ふふっ、そう考えると楽しいわ。
「どうしたの、笑ってるけど」
「私の家族はこっちだなって。ねっ!ナタリー!」
ぽふんっと飛び付けばナタリーがぎゅうぎゅうに抱きしめてくれます。
「お嬢様ぁ~~!一生大切にしますから!」
「それはプロポーズじゃないのか?」
「それくらいの気持ちなんですぅ!」
これからどうなっていくのか分からないけど、ナタリー達がいてくれたらきっと大丈夫。
「うん、これからも側にいてね」
「はい!お任せください!」




