プロローグ
高校の夏、その日は朝からずっと、胸がざわざわしていた。
曇り空。湿気の多い空気。髪はまとまらないし、コンビニのチキンは売り切れていたし。
きっと、嫌な予感というやつだったのだろう。
でも俺は、それを振り払うように、テレビの前に座った。
今日、俺の一年が終わる。
俺のすべてを捧げた、大切な物語──『ユメイロブレンド』。
その最終話が、いよいよ放送されるのだ。
リモコンの電源ボタンを押す手は、少しだけ汗ばんでいた。
部屋の照明は消し、スマホは機内モード、飲み物も準備してある。バイトも休んだ。
万全の布陣。精神統一。
そして画面が映り、物語が始まった。
白瀬アユミ。
彼女はいつも通りだった。
控えめで、繊細で、人との距離に戸惑って、それでも前を向こうとする姿は、やっぱり美しかった。
その隣にいるのは、黒神ユイ。
幼なじみの女の子。アユミにだけは遠慮のない、ちょっと乱暴な子。
でも、アユミが迷えば背中を押し、傷つけば怒り、泣けば黙って寄り添っていた。
そして、如月ミナト。
なんか最終話の3話前ぐらいから急に出てきた。まじでこいつ誰?
言葉にしない分、伝わってくる感情があった。
描写されなくても、そこにあるものが確かにあった。
俺は、そう信じていた。
──だから、その瞬間。
アユミが、ミナトの手を取ったとき。
世界が、止まった。
⸻
「あ……?」
声にならない声が漏れた。
画面の中で、ミナト──謎に現れた謎の男が──が、真剣な顔で手を差し出していた。
『俺、アユミのことが好きだったみたいだわ』
なんだお前殺すぞ。百合の間に挟まる気なら斬首されても文句言えないからな。
アユミは、迷ったような目をして、でも結局、その手を──掴んだ。
その光景をユイは、遠くから見ていた。
静かに、寂しそうに、それでも優しく微笑んでいた。
それを見た瞬間、胸の奥がぎゅうっと締めつけられた。
「嘘、だろ……」
俺の中で、何かがぽきんと音を立てて折れた。
最後のエンディングが流れる。
いつも聴いていた、あの主題歌。
なのに今日は、歌詞が何も頭に入ってこなかった。
目の前の“正しい”カップリングは、きっと多くの人が望んだ展開なのだろう。
でも俺にとっては──あまりに残酷だった。
俺が大切にしていたもの。積み重ねてきた感情。
あのふたりの、言葉にならない関係性。
それが、たった一話で、なかったことにされた。
テレビの画面がブラックアウトする。
リモコンを握ったまま、俺は、ただ座っていた。
目は乾いていた。泣けなかった。
悔しいとか、悲しいとか、そういうのを全部通り越して、ただ、空っぽだった。
そして
「ぅ…ヴォエ!!」
ゴミ箱に全てぶちまけた。やばい、胃ですらこの結末を否定している。アユミちゃんは幼なじみの女の子とくっつくはずじゃ??めっちゃ臭わせてただろ!それともなんだ?百合の間に挟まる男は斬首だって義務教育で習わなかったのかよ!
「終わったな……俺の世界」
その翌日から、俺は部屋を出なくなった。