預金よきよき、ヨカインちゃん! 恋を失ったアプリの妖精は電子の海の泡となって消えてしまうのだろうか?
ハルトとヨカインの物語。
『きゃっ!』
アプリを開くと、ヨカインちゃんが着替えの真っ最中だった。
『いきなり覗かないでよ! もう、ハルトくんのエッチ!』
また別の日に開いてみると入浴中だった。
『ちょっといつまで覗いているのよ! ハルトくんのスケベ! ヘンタイ!』
* * *
「うおっ! なんじゃこりゃ!」
スマホから流れてきたCMを見て悠木陽翔は素っ頓狂な声を上げた。
【預金よかよか。お金は大切ばい。預金のお世話はヨカインちゃんにおまかせ!】
【QS銀行に口座を開設するとアプリの妖精ヨカインちゃんがもれなくついてくる!】
「なになに? 口座に変動があると、ヨカインちゃんが教えてくれるアプリだと?」
某有名アニメーターによってデザインされたAI美少女ヨカインちゃんは、一部のユーザーから熱狂的な支持を持って迎えられているらしい。
無趣味のハルトだったが、強いて挙げるなら預金が趣味と言ってもよかった。
「まさに俺のためのアプリだな」
ビビビッと運命を感じた。
さっそく申し込んで預金口座を開設してみた。
『寒いですぅ』
アプリを開くと防寒服を何枚も着込んだヨカインちゃんがブルブル震えていた。
「どうすればいいんだこれ?」
『寒いですぅ。懐が寒いですぅ』
「そうか! お金を貯めればいいんだな!」
地方銀行に貯めていたお金をQS銀行の預金口座に振り込んだ。
『暖かいですぅーっ!』
ヨカインちゃんは恍惚とした表情を浮かべた。
「ううっ、よかったね、ヨカインちゃん」
ハルトもほっと一安心。
預金をするとチャリーンとスマホが鳴った。
『きもちいいですぅ。どこまでも飛んでいけそうな気がするですぅ!』
見た目14歳くらいの美少女だけれど、出るところはしっかり出ているナイスバディ。にもかかわらずちょっと舌ったらずな喋り方。
『あたちを世界で一番幸せな女の子にしてね。きっといいことあるでしゅよ』
せっせと預金に精を出す悠木陽翔、高校一年生の春の頃であった。
* * *
口座にお金を振り込むたびに、ヨカインちゃんは防寒服を一枚一枚脱いでいった。
100万円貯まると冬服のロングスカートのセーラー服になった。
200万円で夏服のミニスカセーラー服。
300万円で下着または水着姿になった。
「こんなにドキドキする貯金は生まれて初めてだな」
預金残高300万円を超えたのは高校卒業して間もない頃だった。
「ひきこもりのニートには世間の風は冷たいけれど、俺の預金残高は暖かいぜ」
『ぽかぽかして気持ちいいでしゅ!』
水着姿のヨカインちゃんと一緒に解放感に浸るハルトだった。
そんなある日のことだった。
『きゃっ!』
アプリを開いて銀行口座を覗いてみると、ヨカインちゃんは着替えの真っ最中だった。
『いきなり覗かないでよ! もう、ハルトくんのエッチ!』
「ごめんごめん、次からは気をつけるよ。でも、チラリと見えたヨカインちゃんのおっぱい、きれいだったなぁ」
『恥ずかしいから、記憶をすぐに消去してくだしゃい!』
「むりむり。脳内に永久保存しておくからね」
『もうっ、ハルトくんのおばかぁーっ!』
また別の日に覗いてみると入浴中だった。
『ちょっといつまで覗いているのよ! ハルトくんのスケベ! ヘンタイ! 早くアプリ閉じなしゃいよ』
それでもアプリを閉じずにガン見をしていると、
『そんなにあたちのハダカ見たいの? じゃあ特別にちょっとだけ。ハルトくんにだけ見せて、あ・げ・る♡』
お風呂から出たヨカインちゃんが全裸を披露してくれた。湯気が邪魔!
ピンク色の乳首が透けて見えるような気がする。恥丘の下の縦線も目を凝らせばなんとか……。
「ハッ! そうだスクリーンショットを撮らなければ!」
そう思って手を伸ばしたとたん、バシャっと画面の中から水をかけられた。
『べぇーーっだ!』
アプリが閉じられて再び開くと既に入浴を済ませた後だった。
ハルトは床を叩いてくやしがった。
「くっそおぉぉぉっ! 次こそは!」
* * *
『ハッピーバースデー、ハルト!』
ハルトの誕生日には、スマホ画面いっぱいに花吹雪が舞い、ヨカインちゃんからの投げキッスが炸裂した。
『あたちからハルトくんへの特別なプレゼントでしゅ』
電子の海から贈られたプレゼントに、ハルトの胸はジーンとなった。
『昨日の夜は楽しかったね。うふっ♡。子供ができたら責任とってね、ハ・ル・ト』
スマホの中で身をくねらせて恥じらうヨカインちゃん。
『幸せな家庭を築きましょうね』
「うん、ヨカインちゃん! 君こそ俺の理想の嫁だよ」
『もう、褒めても利息しか出ないんだからね。これからもいっぱい預金してちょ』
「おおっ! 俺って果報者だなぁ。この幸せがいつまでも続くといいなぁ」
しかし現実という荒波に、ひきこもりでニートのハルトは容赦なく翻弄されることになる。
* * *
『送金しましたぁ。預金が20万円減っちゃったよぉー。ヨカイン悲ちい。ぐすん』
「ごめんよぉ、ヨカインちゃん。お年玉もらったらまた振り込むから、それまで待ってておくれぇー」
19歳ひきこもりでニートの悠木陽翔は今年もお年玉もらう気満々だ。
『絶対だよ。約束だからね。破ったら泣いちゃうよ!』
「うんうん、君を悲しませる真似はけっしてしないと誓うよ」
『それにしても20万もの大金をいったい何に使ったのでしゅか?』
「お、男の生理的欲求を満たすためにだな、その、つまり……」
『もう、男って! ぷんすかぷん! 今度同じことしたらチェーンソーでちんちんぶった切りましゅよ!』
「だいじょうぶだよ。二度とこんなことはないと思うから」
* * *
『預金残高210万円でしゅ。どうしてこうなるのでしゅか……』
残高が減ったせいだろうか、ヨカインちゃんにいつもの元気が無い。
『うっぷ』
と言ってアプリの奥に引っ込んでしまった。
翌日、
『子供が出来ちゃったでしゅ』
とヨカインちゃんは言った。
「え!?」
まさに青天の霹靂。わけがわからなかった。
「アプリの妖精と人間の間に子供だと?」
『そうでしゅ。ハルトとあたちの子供でしゅ』
「もしかしてあの夢のような夜に? それ以外考えられない」
『ハルトの精子とあたちのAI卵子が受精してできた子供でしゅ。AI界の常識でしゅ。それくらい知ってましゅよね?』
「いやいやいや、どこの世界の常識だよ」
『もしかして、ハルトは釣った魚には餌をやらないタイプでしゅか?』
「そんな無責任なことはしねえ!」
誕生日の一夜限りの夢のセックスで、本当に子供が出来てしまうなんて……。
「アプリの妖精が現実世界に現れるのは、子作りの為なのかもしれねえな」
ちまたで噂の妖精話を思い出して、ハルトはそう考えた。
『子供を育てるには養育費が必要でしゅ。お金がかかるでしゅ』
「わ、わかったよ。がんばってお金を貯めるよ」
ハルトがお年玉を全額振り込んだおかげで、僅かながら預金残高が潤った。
しかし世の中ままならないもので、その後預金は増えるどころかどんどん減少していった。
* * *
三月某日。
「ゴミ兄、昨夜のセックス代が未払いのままなんだけど?」
「すまん、陽葵。支払いは少し待ってもらえねえか?」
「こっちは慈善事業でやってるんじゃないんだよ、ゴミ兄、ビジネスだよ、ビジネス!」
ハルトは土下座をして床に頭をこすりつけた。
「子供が、子供がいるんだ! なにとぞ、なにとぞ!」
「はああぁぁっ?」
妹の陽葵が奇声を上げた。
「ひきこもりでニートのくせに子供作ったの? ゴミ兄、正気? 相手は誰よ? まさか琴葉姉? だったらあり得るかも」
ハルトの幼馴染、楠木琴葉はショタコンで、チビのハルトでもオーケーという奇特な人種だった。
「ゴミ兄のことを合法ショタって言ってたもんね」
あれこれ思案を巡らせる妹に、ハルトはスマホを差し出した。
「俺の嫁と子供です」
妹がスマホを覗いてみると、赤ん坊を抱いてあやしているヨカインちゃんとバッチリと目が合った。
『ハルトの妻のヨカインでしゅ。どうかこれ以上の取り立てはご容赦下しゃい。あたちたちの家庭を壊さないで……』
ヨカインちゃんを見た陽葵の反応はまるで悪魔のようだったとハルトは回想する。
妹はヤクザのごとき荒々しさと強引さでお金を取り立てていった。
ハルトは呆然と立ちすくみ、全てを失った部屋の中では赤ん坊のわんわん泣く声だけが響いていた。
* * *
預金残高がゼロになった翌日。
アプリを開くとヨカインちゃんの姿はなかった。
メッセージが一通届いていて、開いてみるとそこにはこう書かれてあった。
『電子の海に還りましゅ。ヨカイン』
恋を失ったアプリの妖精は電子の海の泡となって消えてしまうというのはネットの噂話だ。
そんなバカな事あるわけがないと高を括っていた。
だが、預金残高ゼロという残酷な現実が告げている。割れた皿は二度と元には戻らないように、去ってしまったアプリの妖精は二度と戻って来ない。
失くしてしまった。
あんなに慕ってくれた相手を傷つけてしまった。
自分の愚かな行いのせいで全てが無に帰してしまった。
罪悪感と空虚さに押しつぶされそうになる。
「我が身の愚鈍さに嫌気がさす……」
ハルトは自宅の自室にひきこもり、ひとりうずくまって泣いた。
果てしなく流れる川のように、涙の川はいつまでも枯れることはなかった。
ピロリィーン!
『パパ、だいじょうぶヤヨ』
「こ、この声は!?」
いったいどこから。キョロキョロと声の出所を探す。
『あたいがパパを助けるヤヨ』
スマホの中に、名前もまだ付けていないヨカインとハルトの赤ん坊がふわふわと浮かんでいた。
「助けるっていったいどうやって? 俺にはもう何も残ってねえ」
預金残高ゼロ。ヨカインちゃんを失った上に、妹にまで愛想をつかされてしまった。
希望はどこにもない。ハルトに残った手札は「絶望」の一枚だけだった。
『パパ、人は何度だってやりなおせるヤヨ。今からあたいが証明してみせるヤヨ』
赤ん坊は両手を天に伸ばした。
『地球のみんな! あたいに預金を分けてヤヨ!』
ピカッ!
スマホが光ったかと思うと、ゼロだった預金残高がプラスに転じていった。
1億から百億へ、千億から一兆円へ、百兆円から一京円へ。
「いったいなにが起こってるんだ!?」
預金残高は72京704兆円でストップした。
『世界中の銀行にハッキングして預金残高を頂いちゃったヤヨ』
「頂いちゃったって、そんなことして大丈夫なのか?」
『もちろん』
「もちろん?」
『もちろん大丈夫じゃないヤヨ。パパは現在国際指名手配中ヤヨ』
「何いいぃぃーーっ!」
『地獄の沙汰も金次第っていうヤヨ。時間遡行には天文学的数値のお金が必要ヤヨ』
「そんなバカな……」
『これだけお金があれば、時間遡行には十分ヤヨ。さあ、パパ、行くヤヨ』
「行くって、いったいどこへ?」
『目指す時空は300万の時点ヤヨ。ただし、そこに戻るとあたいはいなくなってしまうヤヨ』
「え!?」
ハルトは息を飲んだ。生まれたばかりの赤ん坊は、過去に戻れば消えてしまう。それを承知の上で時間を巻き戻そうとしてくれているのだ。
『だから、パパ、もう一度あたいに会いに来てヤヨ。未来で待ってるヤヨ』
ハルトの瞳から涙が零れ落ちた。
「うん……約束するよ。もう一度君に会いに行くよ。そして今度こそ名前を付けるからね」
『楽しみにしているヤヨ』
赤ん坊はにっこりと微笑んだ。
スマホが発光しだした。
『ノクティス・エーテル!』
赤ん坊が叫ぶと、眩い光が迸り、視界を白く覆った。
『電子の海より生まれしあたいが命じるヤヨ。月と星の輝きよ、時の流れを止め、過去へと歩みを戻すヤヨ』
チャリーン!!!
72京704兆円を消費して、時間が凄まじいスピードで後ろ向きに進んで行った。
まるで超高速の逆回しビデオを見ているように、昼と夜が恐ろしい速さで逆戻りした。死者は起き上がり、人々も自動車も何もかもが後ろ向きに走って行った。
平衡感覚を失ったハルトは四つん這いになった。
ぐるぐるぐると逆方向に進んでいた時間が、不意に止まった。
いや、通常の速度に戻った。
スマホには【12月24日 午後9時】と表示されていた。
アプリを開いて確認すると【預金残高300万円】。
「こ……これって……夢じゃねえよな?」
時はクリスマス・イヴ、全てが始まる日に戻っていた。
クリスマス・イヴに戻ってきたハルト。これからどうする?




