7話…思い出の場所。
連れられた先は、何処かの海辺。
街の喧騒も嘘のように、とても静かな場所だ。近くには教会もある。
希「昔、母に連れて来てもらったところなんです。
僕の両親は、よく喧嘩をしていました。そんな時、いつも母はここへ来て、その教会でお祈りをしていました。」
夢叶「へぇ、信心深いのね。」
希「お国柄でしょう。母はフランス人でしたから。
僕は泣いている母が心配で、よく一緒に連れて行ってもらってました。」
夢叶「てことは貴方、ハーフなの?」
希「はい。父は日本人でしたから。」
夢叶「道理で。顔も整っているし、髪も綺麗なのね。
日本人じゃまず、そんな綺麗な金髪に、染まらないもの。」
希「僕は日本で育ちましたから、母より信仰心はないのですが……両親の喧嘩がなくなるよう、お祈りしていました。」
夢叶「そう…。」
私の家とはまた事情が違うが、彼も彼で、過去に苦労していたようだ。
私の場合は、もし父がリストラなどされていなければ、幸せな家庭を築けていた。
だが、彼の場合は……そんな原因もなく、ただただ両親が不仲になった。
何方の方が不幸かなど、計ることではないが、もしかしたら彼の方が…不幸だったのかもしれない。
希「…何だか、暗い話をしてしまいましたね。
本当はそんなことが言いたいんじゃなくて……ほら。」
夢叶「…?」
佐藤 希は、無理矢理今の話を終わらせ、空を見上げながら、私にも空を見るよう促す。
その通りに私も、空を見上げる。すると、そこは……
夢叶「凄い…」
まるで宝石を惜しみなく散りばめられた様な、綺麗な星空があった。
街ではまず、こんな綺麗な星空を見ることは、叶わないだろう。それが、少し街の外れに来るだけで見れるとは…。
希「免許を持てるようになってから、仕事で息詰まった時などに、また来るようになったんです。
この星空を見ていると…僕のそんな悩みも、ちっぽけなものなんじゃないかって、思えるんです。そして、希望が持てていた…。」
夢叶「確かに…こんなに綺麗な星空を前にしたら、悩みなんて吹っ切れちゃいそう。」
希「そうでしょう?」
夢叶「それに、貴方にとっては、思い出の場所なのね。貴方の母親との。」
希「はい。大事な大事な場所です。
…まあ、もうきっと母は、僕のことなど忘れているでしょうが。」
夢叶「どうしてそう思うの?」
希「…両親は離婚した後、母はフランスに帰りました。僕は、芸能界で色んな仕事をしています。その中で、フランスに行ったこともありました。勿論それは、大々的に発表されていたことですから…フランスのファンの方々が、沢山来てくれました。
でも……その中に、母の姿はなかった。」
夢叶「………」
希「母にとって僕は、もう思い出したくもない存在でしょう。だって、喧嘩ばかりしていた、嫌な男との間に産まれた子供でしたし。
それにきっと、母国のフランスで、新しい人と出会い、今度こそ幸せになっている可能性だってある。
それなのに…僕が会いに行くことなんて…出来るわけ、ないですから…。」
少しだけ、泣きそうに声を震わせながら、佐藤 希は語る。
そんな彼に、私はどんな言葉をかければ、いいのだろうか。
確かに私は、父から暴力を受けてはいた。でも、酔っ払っていなければ、私達姉弟を思ういい父親だった。
それに、母だって。今でも私達の為に、パートと内職を掛け持ちしながら、働いてくれているし、愛情をいっぱい注いでくれている。
でも……彼には、それがなかった。
離婚して父親に引き取られた後、父親が彼をどんな扱いをしていたかは知らないが、今の会話を聞いている限り、あまりいい関係ではないのだろう。
そんな恵まれている私が、そんな悲しい幼少期を過ごした彼に、どんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。
そんな孤独も哀しみも知らない、私なんかが…。
夢叶「……でも、それも可能性の話でしょ?
もしかしたら、何か事情があって…行けなかっただけかもしれないじゃない。」
希「…!」
夢叶「もしかしたら、貴方の母親だって、貴方を捨てたのに、今更どんな顔して会いに行けば…って、悩んだ末に行けなかった可能性だってある。
確かに、新しい人と…なんていう可能性も否めないけれど、会えない限り確かめようのないことじゃない。それなのに、そんな悲観することもないでしょ。」
希「夢叶さん…」
夢叶「それにあんた、母親ってものを少し侮ってない?
母親ってもんはね、どれだけ自分の選んだ男が最低であれど、子供は関係なく愛するものなの。
だからきっと…母国のフランスで、会いに行けずとも、あんたのことは応援している筈よ。」
こんな言葉で、元気づけられるかはわからない。でも、今の私に出来る精一杯の台詞だ。
それに……私のことを好きっていう男が、こんな情けない姿をしているなんて、私が許せない。べつに、強がれとは言わないが、何だか調子が狂う。
こいつには…いつも通りの、他人の気も知らないで、好き好きアピールをしてくれている方が、よっぽど似合っている。
希「……そう、ですよね。うん、きっとそうですよ。夢叶さんの言う通りです!」
と、佐藤 希は何とか元気を取り戻した。
希「やっぱり夢叶さんは、強いですね。僕なんて、いつも悲観的なことばかり考えちゃって…。」
夢叶「べつに、強くなんてない。ただ、悲観的になるのもいいけど、そんなわからないことで悩むくらいなら、現実にある自分の大事なものを、大切にしていた方が、よっぽど有意義なのをわかっているだけ。」
希「それが強い人の証拠ですよ。
僕ったらダメだなぁ。女性にそんな気を遣わせるなんて。」
夢叶「…まあ、いいんじゃない?あんただって人気芸能人の前に、1人の人間なんだから。
悩みの1つや2つくらい持ってたって、不思議じゃないし、それに……それを隠して笑顔の仮面を貼り付けられてる方が、不気味だわ。」
希「そ、そうですかね…?」
夢叶「テレビ的にはその方がいいのかもしれないけれど、でも、今私達はテレビに出ているわけでもないんだから、素の状態でいてもらわないと。
『痛い時は痛い、悲しい時は悲しい』…素直に表しなさい。」
希「夢叶さん…」
過去、白昼夢で見ていた彼に言われたことだ。彼の名前は、結局聞けずじまいだったが…でも、私は彼に救われた。
なら私も、彼の真似をして、悩んでいる人を救うべき……なんだか、そう思えた。
私は過去、その白昼夢を母に話したことがあった。母は、父から受けている仕打ちで、私が心を病んだのだと思い込み、私を精神科に連れて行くようになった。
だが、私の心に異常は見られず、医者が下した結果は、イマジナリーフレンドというもの。どうやら幼い内にはよく見られるらしい。
だけど、私にはどうしても、そうは思えなかった。
彼が、私の脳内が作り出した幻だなんて…思いたくなかった。
親戚のあいつにも、このことを話した。けど…逆に心配させるだけだった。
だから私は、このことは誰にも話してはいけないのだと、理解した。でないと、周りを心配させてしまうんだって。
母だって、父と仕事のことで大変なのに、私のことで余計に心配事を増やすわけにはいかない…。
それから私は、白昼夢を見ても、誰にもそのことを話すことはなかった。
そして、覚えているけれど、そのことを『覚えていない』ことにした。
その方が、都合がいいからだ。その方が…医者が下した判断と同じ、イマジナリーフレンドだったんだと、周りに思い込ませることが出来たから。
それに…実は、白昼夢は高校の時にも一時だけ、また見るようになっていた。本当に一時だけだが。
まあそれも、誰にも話さなかったけど…。
希「夢叶さんは、本当に強くて…優しいですね。」
夢叶「そんなことないわ。…でも、そう思われるなら…そうね、過去の白昼夢の、おかげかもね。」
希「白昼夢…?」
夢叶「…まあ、あんたになら話してもいいかな。
昔ね、幼い頃…よく白昼夢を見ていたの。もう顔も何も思い出せないけど…或る男の人が、私の傍に居てくれた。その人に、言われたの。
『痛い時は痛い、悲しい時は悲しいと、言ってください。
お姉ちゃんの前に、貴女も1人の人間です。
確かに現実は…変わってくれませんが、僕が、貴女の痛みに、悲しみに寄り添うことは出来ます。
そうすれば…少しは、楽になるでしょう?』って。
その通りにその人は、現れる度私の痛みに、悲しみに寄り添ってくれた。」
希「それって……」




