4話…希の夢。
その日も、あまり眠れなかった。
折角夕方のバイトが休みだったというのに、イレギュラーな存在がいたせいで、心は全然休まらなかった。
今朝も変わらず、新聞配達のバイトがあり、朝早く起きて、リビングへ向かう。
…そしたら、案の定いる。イレギュラーが。
希「夢叶さん、おはようございます!」
夢叶「………おはよう。」
家族でもないのだから、そんな挨拶も本当は無視したいところだ。だが、人として挨拶を欠かすとダメだと幼い頃から教え込まれていた為、無視出来ず。
希「本当に朝早いんですね。もしかしたら僕より早いかもしれません。」
夢叶「じゃあなんで起きてんのよ。」
希「夢叶さんの朝食をと思い、お母様から時間を聞いて、用意する為です。」
夢叶「ああそう。…で、お母さんは?」
希「僕が朝の準備をするのでと言って、まだ寝てもらっていますよ。」
私が料理が壊滅的に下手なせいで、いつも朝食はお母さん任せになっていた。
それがどれだけ負担になっていたかと思えば……まあ、これもこれでありか。
イレギュラーな存在でも、存外役に立つみたいだ。
希「どうぞ。お口に合えばいいのですが…」
私は朝食は、圧倒的和食派だ。
べつに私の家が名家というわけでもないが、幼い頃からそうだったので、それが当たり前となっている。
それをお母さんから聞いたのか…出された朝食は、焼き鮭と玉子焼き、ほうれん草の和え物にお味噌汁、白米だった。
夢叶「………」
だがそれは、男が作ったものとは思えない程、綺麗な出来だった。
思わず私は、言葉を失う。
ま、まあ、出された物は残さず食べなきゃ…悪いからね。
夢叶「…頂きます。」
そう思い、まずはお味噌汁に手を付ける。
夢叶「…!!」
と、私は驚かずにはいられなかった。
夢叶「どうして…」
私が住んでいるのは関東圏。
なので、お味噌汁に使われるお味噌は、赤味噌か合わせ味噌が主流だ。
だが私は、母が西の出身だからか、母の作る白味噌で作られたお味噌汁が好きだ。
佐藤 希も、関東圏出身の筈なのだから、赤味噌か合わせ味噌で作るものだと思っていたのに……
私の口に合わせてか、白味噌で作っていた。
希「夢叶さんが白味噌のお味噌汁が好きなのを、僕は知っていたんです。」
夢叶「……そう。」
私は表面ポーカーフェイスを装っている筈だが……佐藤 希は、嬉しそうな表情をしている。
ということは、私のポーカーフェイスは崩れていて、その料理が美味しいと思っていることが、駄々洩れなのだろう。
だって本当に、美味しかったんだもの…仕方ないでしょ!
夢叶「御馳走様。ま、まあ…悪くないんじゃない?」
希「本当ですか?良かったです!」
そんな爽やかな笑顔を、私に向ける。
…本当なら、その笑顔は……私だけじゃなく、彼のファンの為にあるようなものなのに……
もっと私が、強く拒否していたなら、彼が半年間休むなんてことも、なかったのかしら…。
なんて考えてみても、もう手遅れだ。
芸能界に知り合いがいるから知っているが、一度断った仕事は、普通の仕事みたいにもう一度とることは出来ない。
だから、今更彼を追い出したとこで、結局彼は半年間仕事がない。
それなら…玲緒にお兄ちゃんが出来たと思って、ここに置いてやるのも、いいのかもしれない。
夢叶「じゃあ私、そろそろバイトに行かなきゃいけないから。」
希「送っていきますよ!」
夢叶「送っていくって…貴方、免許あるの?」
希「勿論!幼い頃から芸能界にはいましたが、何かあった時の為にと、一応で取っているんです。
それに…たまに、息詰まった時に、1人でドライブに行くんです。」
どうやら、人気芸能人にも悩みがあるらしい。
まあ、そんなこと…私には関係ないが。
夢叶「そう…。でも、朝のバイトは新聞配達だから、車だとやりにくいのよね。
折角のお誘いだけど、断るわ。」
希「あっ…そ、そうですよね…」
夢叶「………まあ、たまにはドライブに付き合ってやってもいいわよ。」
希「!!」
って、私何言ってんの…!
希「ありがとうございます!」
本当に嬉しそうに笑う佐藤 希。その笑顔に、少しだけ胸が高鳴る。
夢叶「本当、大袈裟な反応…。
まあいいや、行ってきます。」
希「はい、行ってらっしゃい!」
そんな挨拶を済ませ、私は新聞配達のバイトへと向かった。
……まさかこの後、事件に巻き込まれるなんて知らずに。
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僕は昔から、不思議な夢を見ることがあった。
僕の親は、父が日本人で母がフランス人だった。
国を超えての結婚。今となれば珍しいことでもないが、何故だか僕から言う祖母や祖父達は反対していた。
祖父達が正しかったのか…。
両親は、次第に喧嘩をすることが増えていった。
僕は両親を笑顔にしたかった。
それで知った、芸能界というキラキラとした世界。
そこに入れば、両親はまた笑顔になってくれるのではないかと思い、僕は母に頼み込み、子役養成所へと通うようになった。
そこの先生は、僕の才覚をすぐに見抜き、僕はすぐにドラマやCMへと使われるようになった。
だがそれでも、両親の喧嘩が止むことはなかった。
そんな時だった。
長く綺麗な黒髪の女性が、僕を慰めてくれるようになったのだ。
だけど、両親にはその人が見えていないようで。
それを知った父は、幼いのに芸能界などに僕を入れたことで、僕が精神を病んだのだと思い込み、母を余計に責め立てた。
精神科にも連れていかれた。だが、僕には何の異常も見られなかった。
医者が下した判断は、幼いうちによく見られる、イマジナリーフレンドというものだった。
だけど僕は、それを否定していた。
だって彼女は、こんなにも僕に真摯に向き合ってくれる。
これが幻だって?そんなわけない。
僕はそう思って生きてきた。
そして、彼女の名前も聞いたんだ。
彼女の名前は、神崎 夢叶さんだと聞いた。
何とも可愛らしく、素敵な名前だと思った。
夢が叶うと書いて、ゆか。僕も、そんな風になりたいと思った。
だから、芸能界の仕事をより頑張った。
いつか…両親が仲良くなってくれると、信じて。
だけど…僕の夢が、叶うことはなかった。
両親は結局、離婚してしまった。
僕は日本人の父に引き取られることとなり、フランス人の母は母国へと帰ってしまった。
もし仲のいい別れ方をしたのならば、母が国に帰ることもなく、定期的に会うことも可能だっただろう。
だけど、そうはならなかった。
僕は、何の為に頑張っているのかわからなくなってしまった。
その時もまた……夢叶さんが救ってくれた。
夢叶「きっと君も、凄くつらいよね。
でもね、君のおかげで救われている人達がいることを、忘れちゃいけないよ。
君は凄い人なの。自信を持って。
つらい時には、私が寄り添ってあげるから…これからも、この仕事で皆を癒してあげて。」
僕はどうするか迷った。
だけど…夢叶さんがそう言うならと、芸能界の仕事を続けることにした。
夢叶さんのお願いとして、受け取って。
そう、僕は夢叶さんに恋をしていたんだ。
実在しているかもわからない存在に、恋をするなんて馬鹿げていると思われるだろう。
それでも、僕の想いが止まることはなかった。
僕が成長していくにつれ、夢叶さんに会えることが減っていった。
どうしてかと尋ねると、「君が強くなったからだよ」と言われた。
……つまり、やっぱりイマジナリーフレンドだったのかもしれない。でも、信じたくなかった。
そして、僕が15の時に知り合った、デビューして間もない2人組のバンド。
その人達と仲良くなって、僕のその【夢】を話した。
すると片割れの1人は、凄く驚いた表情をしていた。
だけど彼は、すぐには答えられないと、その理由を教えてくれなかった。
それから数年後。
僕も26歳となった。そろそろ彼女の1人でも作ったらどうかと、芸能界の仲間からはそう言われ続けた。
何を隠そう、彼女がいない歴=年齢だ。
この仕事を幼い頃からしていれば、珍しくはないらしいが、矢張り皆、裏で恋人を作っていた。
だけど僕は……夢叶さん。彼女のことが忘れられず、どうしても恋人を作る気になれないでいた。
そんな時だった。
バンドの彼が、打ち明けてくれたのは。
彼女は、実在した。
だけど、歳は僕より下だった。同姓同名の可能性もある。
でも、どうやら彼が言うには、彼女も幼い頃、僕と同じ経験をしていたそう。
しかも……【大人の僕】と、出会っていたと。
僕らは、それぞれが大人の自分達と会っていた。
だけど、僕はそれを覚えているが、彼女は覚えていないらしい。
それでもいい。僕は、夢叶さんに会いたい。そして、この想いを伝えたい。
あわよくば、結ばれたい。
そう思い、彼から彼女の住所などを聞き、ある日訪ねた。
彼が言っていた通り、彼女は覚えていない。
それでもよかった。彼女の傍にいられるのなら。
そうして僕は、夢叶さんを僕のものにする為にと、仕事を半年間休み、彼女の家にお世話になることにした。
絶対…手に入れて見せる。
今度こそ、僕の夢を、叶えて見せる。




