2話…愛情ご飯。
希「あ、それでは僕は、これでお暇させて頂きますね。」
夢叶「訳わかんないこと言った挙句に、さっさと帰るって、どんな神経してんのよ…」
佐藤 希は、私に結婚を前提とした付き合いを申し込んだ。一体どうして、人気芸能人の彼が、こんな一般の大学生にそんなことを言ったのかは、わからない。
そんな告白をしたと思いきや、佐藤 希は想いを伝えて満足したのか、帰ろうとしていた。
希「そりゃ叶うことなら、もっと一緒にいたいですよ。
でも、先程お母様からも伺いましたが、夢叶さんはバイトを掛け持ちしていて、朝も早いとお聞きしました。
大事な睡眠時間を、僕なんかの為に割かせるわけにはいきません。」
意外と常識を弁えているようだ。
いや、だとしても、こんなの滅茶苦茶だ。
希「それに、僕には考えがありますから。」
夢叶「考え?」
何やら含みのある言い方をする。
希「そうです。夢叶さんを、僕のものにする為の考えです。
それが叶えば、暫くは一緒にいられますから。」
そう、テレビで見るのとは違う、爽やかな笑顔を私に向ける。
叶えば暫く一緒にいられる…。佐藤 希はそう言うが、私からしたら迷惑でしかない。私は人気芸能人と、付き合うつもりもなければ、一緒にいるつもりもない。
なのに、そんな思いは佐藤 希には届かないようで。
夢叶「……意味がわからないわ。」
希「では、失礼しました。おやすみなさい。」
佐藤 希は別れ際、私の額にキスをし、さっさと去って行った。
玲緒「はぁ~…姉ちゃんいいなぁ。あんな今をときめく人気芸能人に告白されるなんて。
でも、姉ちゃんと希さん、これが初対面だよね?どうやって姉ちゃんのこと知ったんだろう…。」
夢叶「それはこっちが聞きたいわよ…」
結子「まあまあ。今日はもう遅いわ。
夢叶、早くお風呂に入って寝ちゃいなさい。明日も早いんでしょ?」
夢叶「はっ!そうよ、明日も朝のバイトがあるんだった!
こうしちゃいられない、お風呂入ってくるね!」
結子「ええ。着替えも用意しておくから、ゆっくり入っていらっしゃい。」
お母さんにそう言われ、私は素早くお風呂場まで走る。
先程の佐藤 希からの告白など、微塵も感じさせないくらい、私は私の日常を辿るのに必死になっていた。
玲緒「……姉ちゃん、気にしなさすぎでしょ。」
結子「それが夢叶のいいとこでもあるのよ。」
玲緒「なんか、希さんが可哀想に思えてきた…。」
結子「(……夢叶は、覚えていないのね……)」
私は、忘れていたんだ。
過去に何度も、あの【白昼夢】を見ていたと言うのに。
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その日は、あまり眠れなかった。
そりゃそうだ。昨日あんなことがあったんだから。
自室から出ると、お母さんももう起きているところだった。
夢叶「お母さん、おはよう。」
結子「おはよう、夢叶。はい、朝ご飯。」
夢叶「お母さんごめんね。私がもっと料理が上手かったら、わざわざ私に合わせて、起きてもらうこともないのに…」
お母さんが美味しそうな朝ご飯を差し出してくれる。私は料理が壊滅的に下手なので、どれだけ朝が早くても、料理を作ってくれる。それが、どれだけお母さんの負担になっているのか考えると、本当申し訳ない。
けれど、コンビニ弁当やパンだけでも十分だとも申し出たのだが、お母さんは「そんなの体に悪い」と言い、私の為にご飯を作ってくれていた。
結子「いいのよ。それに、早起きは三文の徳って言うじゃない。
きっと今日も、私にも夢叶にも、いいことがあるわ。」
夢叶「いいこと…か。」
私は水を飲みながら、テーブルの端に置かれた家族写真をちらりと見る。
そこには、どこにでもいる家族のように、母がいて父がいて、そして私達姉弟が写っている。
だが、父はもうこの世にいない。
でもあんな男、いなくなって清々した。死んで当然の奴だった。
だから私は、寂しいとは思わない。
寧ろ、今の生活が楽しくて仕方がない。
やっと手に入れた、平和な日常。
……だったのに。
結子「あのね、夢叶。」
夢叶「なぁに?」
結子「希さんのこと、あまり邪険に扱っちゃダメよ。
確かにあの人は男の人だし、凄く人気の芸能人。だけど、誰だって人気芸能人の前に、1人の人間なの。だから、ちょっとしたことで傷ついたりもする。
夢叶なら、わかるでしょう?」
夢叶「…まあ…」
結子「それにあの人、嘘は吐いてないと思うわ。」
夢叶「…お母さんの言うことは、いつも正しかったけれど…でも、それはないよ。
だって、私は何処にでもいる、至って平凡な大学生。なのに相手は、今をときめく超人気芸能人。天と地の差がある。
だからきっと、すぐ諦めるよ。」
結子「…夢叶。」
夢叶「なに?」
結子「…私、夢叶には幸せになってほしいと思ってる。
だって、私の大事な大事な娘だもの。」
夢叶「お母さん…」
結子「…さっ!早く行ってらっしゃい。今日は早く帰ってくるでしょう?」
夢叶「あ、もうこんな時間!
今日は夕方のバイトは休みだから、大学が終わったらすぐ帰ってくるよ!
じゃ、行ってきまーす!」
お母さんが、何を思ってそんな話をしたかはわからない。だけど、私の幸せを願ってくれてることだけはわかった。
それには応えたい。でも、佐藤 希と付き合うなんていうのは、有り得ない。あいつは、超人気芸能人で、私とは住む世界が違う。
それに…あいつは、知らないんだ。
私の罪を。
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夢叶「ふぅ…今日も1番乗り。」
と、私は朝のバイトをさっさと終わらせ、大学に1番に辿り着いた。
何故1番にこだわっているかと言うと…私は、幼い頃から空手を習っていた。
それが今では、全国大会優勝にまでなる程、上達している。
だから、練習を怠るわけにはいかない。それに、朝早くから空手をするのは、とても清々しい。
昨日のことも嘘だったかのように、忘れることが出来る。
沙月「おっはよー、夢叶!」
夢叶「おはよう、沙月。」
沙月「今日も1番乗りじゃん。流石だね~。」
私に抱き着き挨拶をしてきたのは、私の小学生の頃からの親友、東雲 沙月。
沙月は私のことが大好きみたいで、高校大学と、私の行くとこに合わせてくれた。
夢叶「まあね。毎日の日課だし。それに………」
沙月「それに、何?」
親友の沙月になら、昨日のことを話してもいいかと思ったが、佐藤 希が嘘を吐いている可能性だって、まだ拭えていない。
それなのに話してしまっては、私がただ恥ずかしいだけだ。
夢叶「…何でもない。」
と、私は沙月に隠す。
沙月「?変な夢叶~。」
空手部顧問「おはよう!神崎、今日も早いな!」
そんな会話をしていると、ジャージ姿の空手部顧問が、朝の挨拶をしてきた。
夢叶「先生だって早いじゃないですか。」
沙月「あ、わかった~。いつも夢叶に先越されて悔しいから、早く来たんでしょ?」
空手部顧問「そ、そそそそそそんなことはないぞ!?」
沙月「動揺しちゃってるじゃーん!」
空手部顧問「こら、東雲!教師を揶揄うんじゃない!」
沙月「は~い!」
そんないつもの会話。
そうそう、それでいい。
これが私の、掛け替えのないものなんだ。
この日常が今、脅かされそうになっている。本当、迷惑な話だ。




