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20話…夢叶のバイト先。

夢叶「………」


莉乃「夢叶?」


私は、あれから抜け殻のようになっていた。何も間違えていない、何も後悔していない筈なのに、心ここに在らずの状態だった。


瑞稀「おーい、夢叶!」


夢叶「!ど、どうしたの?」


梢「どうされたんですか……?誕生日の日から、ずっとボーッとされていて……」


夢叶「あ、ああ、いや……何でもないよ。」


そう言って、笑顔で誤魔化す。

言えるわけが、ない。佐藤 希からの告白を、振っただなんて。


莉乃「そう?それならいいんだけど……」


夢叶「ごめんね、心配させちゃって。」


沙月「夢叶……」


莉乃達には、佐藤 希……鈴嶺 和臣は、こっちでの仕事が合わなくて、田舎に帰ったことにした。初めこそ残念そうにしていたが、段々彼がいない現実に順応し、今では彼の話が出ることも、なくなった。


瑞稀「そういえばさ、佐藤 希復帰してよかったよね!」


夢叶「!!」


梢「本当ですよね!」


数日前、佐藤 希は復帰の記者会見を開いた。そこでは、病気でも何でもなく、ただ自分も休暇を取りたかった言い、「これからは半年間休んだ分まで、頑張っていきます」と言っていた。

それに莉乃達は、安心していた。


莉乃「来週には、もう佐藤 希が表紙の雑誌も発売されるし、4月からは佐藤 希主演のドラマも始まるから、本当楽しみだよね!」


本当、佐藤 希は多忙な人だ。休みが明けてからそんなに日は経っていないのに、既にもう雑誌やドラマの撮影が始まっているのだろう。発売される雑誌や、新ドラマの情報も、ネットに公開されている。


それでいい。私達は、生きる世界が違ったのだ。

私は、家族を守る為にバイトの掛け持ちと、自分の将来の為に大学に通う、忙しい日々。

佐藤 希は、ファンの人達の為に、芸能活動を練る間も惜しんで頑張る。

それぞれの守るものの為に、別々の道を歩まなければ、ならないのだ。


沙月「………」


__________________________________


玄夜「おーっす、希。」


希「玄夜……奏……」


収録が終わり、自宅へと帰ろうとした時、僕に声をかけたのは……僕らが15の頃からの仲、人気バンドのHOPEの2人だった。


玄夜と奏は、2人組のバンドをしている。

そして玄夜は……僕に夢叶さんのことを教えてくれた、張本人だ。

だが、玄夜と夢叶さんの関係は、教えてくれなかった。

まあ多分、友人とかそんな感じだろうと、僕は勝手に思っている。


玄夜「なぁ希、この後予定あるか?」


希「いや、今日はこれで終わりだよ。」


玄夜「そうか!んじゃ、連れて行きたいとこがあんだ。ついてきてくれるか?」


希「別にいいけど……何処に?」


玄夜「それはついてからのお楽しみだ!」


なんて、悪戯に笑う。その様が、どこかあの日の夢叶さんを彷彿とさせた。それに胸が痛んだ。


僕らは周りからバレないような恰好に着替え、タクシーに乗り込んだ。

車内では他愛のない話や、仕事の愚痴などが飛び交う。

そうして、辿り着いたのは……


希「……メイド喫茶?」


メイド喫茶なんて、来たことない。興味もないし。

何故玄夜は、僕をここに連れて来たのだろうと、不思議に思っていた。


玄夜「何でも、ここの売上No.1の子が、無茶苦茶可愛いらしいんだ。お前の彼女候補にしてもいいかもなと思って。」


希「余計なお世話だよ……全く……」


奏「まあまあ、兎に角入ってみよ。」


扉を潜ると、確かに芸能人顔負けの可愛い子達が、メイドの恰好をして待ち構えていた。


メイド「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」


メイド喫茶に行ったことのない僕でも、それが決まり文句だということは、知っている。

まあ、これだけ可愛い子達が揃っているのなら、売上No.1だという子は、相当可愛い子なのだろう。


席へとつき、適当にメニュー表を見る。どれも美味しそうな料理だが、ハートやら何やらと可愛らしいものが並べ立てられ、正直鬱陶しい。そこまで主張しなくてもいいんじゃないか……?


メイド「どなたかご指名はありますか?」


希「指名?このお店は指名が出来るの?」


玄夜「ああ。普通のメイド喫茶なら、チェキ撮影くらいなんだが、何でも店長の意向っつーか、メイドの子達のやる気アップの為に、指名制度を設けてんだ。」


希「へぇ……」


奏「じゃあ、No.1の子で。」


メイド「かしこまりました。少々お待ちください。

ユカさーん、ご指名入りましたー!」


そう、僕らを通してくれたメイドは、大声で言う。

ユカ、か。何とも悪戯な名前だな。夢叶さんと同じ名前だなんて……。


ユカ「はーい。」


希「……!」


僕が、その声を忘れるわけがなかった。

だって……だってその声は、僕の心から愛した人の声で……


夢叶「ご指名ありがとうございます!当店No.1のメイド、ユカと申しま……す…………」


可愛らしい笑顔、普段とはまた違う声のトーン。それでも、聴き間違うわけがなかった。そして、見間違えるわけがなかった。

彼女は……そう。夢叶さん自身だった。


夢叶さんは僕らを見るなり、貼り付けていた笑顔を固まらせ、困惑していた。


玄夜「な?可愛い子だろ?」


うん。そりゃ僕からしたら、どのメイドの子達よりも人一倍可愛いに決まっている。


夢叶「な、何で……あんた……」


声のトーンが元に戻り、困惑の言葉を零す夢叶さん。


玄夜「俺が連れて来たんだよ。お前に会わせる為にな。」


夢叶「……玄夜兄ぃ……何余計なことしてんのよ……」


玄兄ぃ?


希「えっと……2人の関係は……」


玄夜「ああ、それも話しとかないとな。俺らは親戚、いとこ同士なんだよ。」


希「いとこ!?そんなの聞いてないよ!?」


玄夜「そりゃ今初めて話したからな。」


カラカラと笑いながら、僕の反応を楽しんでいる玄夜。まさか2人がいとこ同士なんて、思ってもみなかった。

でも確かに……どこか似ているとこがあるような気がした。


夢叶「で、何しに来たのよ。私はね、あんた達に構う程暇じゃないの。

No.1を指名って時点で、気づいていると思うけど、私はこの店で1番忙しいわけ。本気で私に会いたくて指名する人だっているのに、あんた達みたいに面白半分で指名されたんじゃ、迷惑なの。わかる?」


玄夜「俺らだって、本気で会いたくて指名したに決まってんじゃねーか。なぁ?希。」


希「え、あ、うん……まあ、そうだけど……」


夢叶「そもそも私、あんたにあの日、言ったわよね?もう2度と私の前に現れるなって。それなのに……しかも、私のバイト先に押しかけるなんて、ほんっと、最悪。」


見るからに不機嫌になる夢叶さん。


玄夜「んじゃ、注文すっかー。俺アイスコーヒー。」


夢叶「人の話聞いてんのか、このバカは。」


奏「僕はメロンソーダで。」


夢叶「奏さんまで……」


希「……ぼ、僕はホットコーヒー……」


夢叶「……はあ、わかったわよ。料理はいる?」


玄夜「んじゃこいつに、オムライス。とびっきり可愛い魔法付きで。」


ニヤニヤと玄夜は、僕の方を指差し注文をする。

とびっきりの可愛い魔法……まあ、所謂アレかと思いながらも、夢叶さんのことだから、断るだろうなと思っていた。だが……


夢叶「……わかった。」


夢叶さんは断ることなく、注文を受け付け、カウンターの方へと去っていった。


希「玄夜!どういうこと!?」


玄夜「何がだよ。」


希「何で玄夜、夢叶さんのバイト先知ってるの?何で僕に教えてくれなかったの?」


玄夜「あー……まあ、教えてやろうとも思ったんだけど、あいつが嫌がるかなって思って。」


希「なら何で……今頃連れて来たりなんか……」


玄夜「お前、自覚ないのか?あれからお前、見るからに元気なかったじゃねーか。事務所の奴らも心配してたし、共演者だってどうしたんだろうって噂してたんだぜ。

だから、せめて一目でも会えたなら、元気出るんじゃねーかなって思って。」


希「玄夜……」


確かに自覚はなかった。僕はいつも通り振る舞っていたつもりだった。でもそれは、空元気に見えていたのだろう。

それを心配してくれていたんだ。皆……そして、玄夜達も。


玄夜「……お前、あいつに本気で嫌われてると思ってんのか?」


希「え……?」


玄夜「仮にもし本気で嫌いになってたんならよ……ほら。」


玄夜は視線をカウンターへと移す。僕もそれに倣いカウンターの方へと視線を移す。

するとそこでは、夢叶さんが出て来たホットコーヒーに、ミルクと砂糖をたっぷり淹れているところだった。


玄夜「お前の好みを、覚えてるわけがねーだろ。」


僕はブラックコーヒーも飲めるが、好みとしてはミルクと砂糖をたっぷり淹れていた方が好きだ。

それを……あの日、水族館で母さんと出会った時のカフェで、何も言わずにやっていた。僕の好みの話などせずに。

だが夢叶さんは……それを見ていた……?それで、僕の好みを把握していた……?


夢叶「はい。アイスコーヒーにメロンソーダ、ホットコーヒー。」


玄夜「サンキュー。」


希「………」


まさか、と思い、僕はホットコーヒーを1口飲む。

矢張り……甘い。僕の好みの甘さだ。


希「ゆ、夢叶さん!どうして……」


夢叶「……別に、あんたの為じゃないわ。仮にも私はNo.1メイド。客の好みは全部把握しとかないといけないの。そうでなきゃ、No.1になんてなれるわけないでしょ。」


玄夜「照れ隠し下手だなぁ。」


夢叶「玄兄ぃ、それ以上余計なこと言ったら、殴るわよ?」


玄夜「おー、こわこわ。」


夢叶「はぁ……仕事だから相手するけれど、指名は1回90分。それにはチェキ撮影の時間も含まれるわ。

過度な接触以外はOK。まあ、手を繋ぐ程度ならセーフね。

他に何か質問は?」


玄夜「大丈夫だ。」


夢叶「はぁ……これから90分、あんた達と顔を合わせなきゃいけないなんて、苦痛だわ……。奏さんはいいとしても……」


玄夜「仮にもいとこに、そんな言い草はないんじゃねーの?」


夢叶「あんたが人気のバンドマンってとこ以外、誇れる部分がないから言ってんのよ。」


奏「本当、2人は仲がいいね。」


玄夜「だろ?」


夢叶「や、やめてくださいよ奏さん!こいつと仲良いなんて、死んでも嫌だわ!」


玄夜「はぁ?芸能人といとこなんだから、もっと嬉しそうにしろよ。」


夢叶「自分の性格をもっと見つめ直してから言ってくれる?人の嫌がることばっかり昔からしてくるんだから……」


奏「あはは。」


そんな2人のやり取りは、本当に仲が良かった。羨ましいと思うほどに。


夢叶「そろそろ料理が出来上がる頃ね。待ってなさい。」


そう言うと夢叶さんは、一度席を離れた。

そして少しして、美味しそうなオムライスと共に戻ってきた。


玄夜「とびっきり可愛くしてやれよ?」


夢叶「うっさい。これでもNo.1なんだから、そんなの簡単に出来るに決まってるでしょ。」


一度咳払いをし、ケチャップでハートを描いた後に、夢叶さんは


夢叶「はい、これからご主人様の為に、美味しくなる魔法をかけちゃいます!

萌え萌え〜……キュン!」


と、可愛らしいいつもとは違う声のトーンで、可愛らしい仕草と共に、僕に向かってそんな魔法をかけた。

勿論これも、メイド喫茶では決まり文句だとはわかっている。

……わかっては、いるが……


希「ぐっ……!」


あまりの可愛さに、僕は胸を抑え苦しむことしか出来ない。

手放しに可愛いと褒め称えたい……!でも夢叶さんは、それを望むような人ではないことを知っているので、自分の中で悶えることしか出来ない。


成程、確かに売上No.1と言われる程の可愛さだ、と僕は思った。

メイド喫茶好きな人が何度も通って、夢叶さんを指名したくなる気持ちがわかる。


夢叶「はい、これで満足?」


と、夢叶さんはいつも通りに戻り、玄夜にそう投げかける。


玄夜「ああ、じゅーぶんじゅーぶん。希のこんな姿見られんの、俺らくらいだよなぁ。」


玄夜は本当に面白そうに笑っていた。

こっちは笑い事じゃないくらい、ときめいて仕方がないって言うのに。


奏「でもどうして、夢叶ちゃんはメイド喫茶で働いているの?普段の夢叶ちゃんからは、想像つかないし……寧ろ、夢叶ちゃん自身が嫌いそうな職種なのに。」


夢叶「単純に給料の良さですね。

高校卒業してからこのメイド喫茶で働いてますけど、キャバクラも考えましたが……キャバクラってほら、セクハラ多いって聞くし。ならメイド喫茶の方が安全かなと思って。

それにここの店長がとてもいい人で、そういう安全管理もしっかりしているのがきっかけですね。」


奏「成程ね。」


玄夜「だとしても、いつものお前のキャラから考えたら、誰もメイド喫茶してるなんて、考えられねぇよなぁ。」


夢叶「悪かったわね、可愛げのない女で。」


玄夜「誰もそこまで言ってねーだろ。」


夢叶「ふん。言われずともわかってるわよ。

私なんて、全然お洒落な恰好しないし、料理だって壊滅的だし、空手が得意なんだから……女らしくないなんて、そんなのわかってるわよ。」


希「そ、そんなことありません!」


と、僕はつい大声を出してしまった。


希「夢叶さんは、とっても可愛らしいですし、料理が出来ないとこも教え甲斐があっていいですし、空手が得意なんて強くていいじゃありませんか。」


なんて、本心からのフォローをしてみる。すると、夢叶さんは面食らった表情をした。


夢叶「……あんたは、ほんっと……変わんないんだから……」


機嫌を損ねるか、と思われたが……夢叶さんは、ふっと顔を綻ばせた。その微笑みがまた、可愛らしい。

矢張り僕は、夢叶さん。貴女じゃないとダメなんだ……と、思い知った。


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