17話…温かい家庭。
夢叶さんと水族館デートを楽しんでいると、僕の名を呼ぶ懐かしい声がした。
振り返ると、そこにいたのは……少しだけ老けた、僕の母親がいた。
母さんは少し話しましょうと言って、僕をカフェへと連れて行く。僕だけで行けばいいのだが、何か嫌な予感がして……不安で、つい夢叶さんにまでついてきて貰ってしまった。
そこで母さんは、僕に衝撃の事実を告げた。【新しい家族】。
母さんには、新しい家族がいた。後ろ姿と横顔しか見えなかったが、優しそうなフランス人の男の人と、可愛らしいまだ幼い女の子。仲睦まじげに彼らは、水槽を眺めていた。
どこかでわかっていた。予想していたことだった。
だけど……それでも、母さんの口からそう告げられた時、僕は信じたくないと思った。
きっと母さんが日本に来たのは、半年間活動休止している僕を心配して、探しに来てくれたのだと、期待していたが……それは見事に崩れ去った。
見るからに元気を無くしていたのだろう。見兼ねた夢叶さんは、僕の母さんに色々言ってくれた。
夢叶さんらしかった。僕のことを思ってくれているのかはわからないが、僕が傷ついているのをすぐ察知してくれた。
母さんが機嫌を損ねるかもしれない……そう心配したが、母さんは優しくふっと笑うと、夢叶さんの頬に触れ
希母「……どうか、これからも希をよろしくね。」
そう言って、去っていった。
僕は緊張の糸が解れ、、泣きかけた。だけど、そんな僕を夢叶さんは……優しく、抱きしめてくれた。
夢叶さんの方から抱きしめてくれるなんて、夢にも思っていなかった。とても嬉しいことなのに……こんな状況でだから、心の底からは喜べない。
それから、気分を変えようと夢叶さんは色々僕に話しかけてくれた。水族館をもう1周だってした。
なのに、僕の気持ちはまだ少し、晴れなかった。
夢叶さんの家へと帰り、お風呂に入り夕飯を皆で食べる。
そこは、優しい家庭だった。温かい家庭だった。
夢叶さんの家も、片親だ。お父様とは離婚したのか、早くに亡くしてしまったのかはわからないけれど、同じ片親の家庭。
それでも、僕の家とは全く違った。
確かに僕は、父に男手1つで育てて貰った。父は、「芸能界なんていつでも辞めたっていいからな」と、よく言ってくれていた。
それでも、父は仕事が忙しくて、いつも夕飯は1人で食べていた。まあ、僕も段々と芸能界の仕事が忙しくなって、次第に顔を合わせる回数が減っていったのだが。
父は無愛想な人だった。決して優しくないわけではないのだが、口下手なこともあり、よく誤解される人だった。
それに、僕は1人っ子で兄弟がいなかった。だからこそ、余計冷めた家庭だった。
会話をするとすれば、学校の友達や芸能界での共演者くらいで、家では話す相手もおらず、無口だった。
高校を卒業した後は、すぐに1人暮らしも始めた。
いつまでも実家にいたって、父を煩わせるだけだろうと思い、芸能界で貯めていたお金で、引っ越した。
だからだろう。夢叶さんの家へと来て、とても新鮮な気持ちだった。
出かける時は「行ってきます」。帰ってきた時は「ただいま」。
そんな挨拶をすれば、ちゃんと返事が返ってくる。
ご飯を食べる時も、その日あった出来事を、それぞれが話す。
それが何と、楽しいことだろうか。それが何と、温かいことか。
僕は今まで、そんな当たり前な家庭を、知らなかった。それがどれだけ寂しいことか、思い知らされた。
僕は半年間しかいられない。それでも、こんな日常を、ずっと続けたいと思った。
希「夢叶さんの家族は、とても温かいですね。」
夢叶「……そうね。私にとっては当たり前のことかもしれないけれど、貴方のように、そんな当たり前が与えられない家庭だってある。
そう考えると、感謝しかないわ。お母さんにも、玲緒にも。
だからこそ……私が、守っていかなければならない。」
夢叶さんは、時々思い詰めた表情をする。
特に……家族のことになると。いつも「家族は私が守らなければならない」と言う。
どうしてそんなに思い詰めた表情で、そう誓っているのか、僕にはわからない。
けれど、それが夢叶さんの魅力でもあるから……僕は、何も言えなかった。
……もし僕が、もっと早くに彼女の心の闇に気づけていたのなら。
彼女を、傷つけることはなかったのだろうか。
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あれから数日が経った。
佐藤 希は、段々元気を取り戻してきたようだ。
まあ、会いたかった母親と漸く会えて、あんなことを言われれば……落ち込むのも無理はない。
私もそうだった。あんなことが起こった時は、暫くは落ち込んだものだ。
けれど、いつまでも落ち込んでいたって、現実は変わらない。
切り替えなければ、周りだって心配させてしまうのだから。
客「ユカちゃん、水族館どうだった?」
夢叶「楽しかったですよ!子供の頃以来で、ついはしゃいでしまいました。」
客「えー、はしゃいでいるユカちゃんとか、貴重すぎて見てみたかったなぁ。」
夢叶「ふふ、ダメでーす。」
客「そういえば、ユカちゃんに言われた通り、彼女とちゃんと話して、説得してみたら、何とか復縁出来たよ!」
夢叶「それは良かったです!」
客「それで今度、彼女をここに連れて来ようと思っててさ。それで、ここの楽しさをわかって貰おうと思って!
その時はユカちゃん、どうかよろしくね?」
夢叶「お任せください!人気No.1の名誉をかけて、彼女さんにもしっかりとご奉仕させていただきます!」
正直面倒臭いが、仕事は仕事だ。
女性も男性も、楽しませてこそのNo.1だ。頑張らねば。
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沙月「……はい。夢叶は段々と、希さんに惹かれていっていると思います。」
どうも、こんにちは。私は東雲 沙月。
夢叶とは小学生の頃からの仲で、ずっと親友でいる。
……そんな私には、夢叶にある秘密がある。
それは……
玄夜「そうか。そりゃいいことだ。」
人気バンド、HOPEの片割れ、涼海 玄夜さんと繋がっていること。
そして、夢叶の家に佐藤 希がいることを知っていること。
あの遠い親戚と言っていた人の正体を、知っていることだ。
それを知ったのは、私達が高校生の頃だった。ある日突然、私だけが玄夜さんに呼び出され、とあるカフェで話をした。
そこで聞かされた、芸能界で出来た友人……天才子役から人気俳優にまで上り詰めた、佐藤 希が、同じ夢を見ていたこと。
幼い頃の佐藤 希は、孤独な少年だった。そんな時、大人の姿をした夢叶が、彼を支えていたと。そして彼は、夢叶を探し求めていると。
その時は、すぐにでも教えてあげるべきだと、私は言った。けれど、玄夜さんは「今はまだ、教えるべきではない」とだけ言っていた。
何故なのかはわからなかった。理由を聞いても、はぐらかされていた。
それなのに、つい半年前。玄夜さんは佐藤 希に、夢叶のことを教えた。それを知った佐藤 希は、仕事をより頑張り、半年間休みが貰えるように仕向けた。
私は、それを見守るように……そして2人がくっつくよう、夢叶を見守ってくれと頼まれた。
私達2人が繋がっていることを、佐藤 希も、夢叶も知らない。これは、私達だけの秘密だ。
玄夜さんは心配しているのだ。夢叶のことだから、壁を作ってしまうこともお見通しだったし、きっとこのままだと、彼女は佐藤 希のことを疑ったまま、別れることになるだろうと。
だから、私の中学の頃の先輩が、同じ大学にいることを知り、夢叶に告白してくれと頼んだ。
そこで佐藤 希が出てきてくれれば、彼の気持ちを確かめられることにもなるだろう。
だから、夢叶がバイトしてるとこの常連客に、彼女に振られたことにして、水族館のチケットを渡してくれとも頼んだ。
そうすれば、デート気分を味わえて、実感が持てるかもしれないと思って。
まあ、そこで佐藤 希のお母さんと再会するとは、予想外ではあったが、そのスパイスのおかげで、2人の仲はもっと縮まっただろう。
まるで、私達は黒幕だ。
でもそれでいい。あの夢は、2人を幸せに導く為のものだったのだと、私達は知ったのだから。
孤独だった少年と、孤高の少女。
2人の哀しみを分かち合えるのは、あの2人だけだ。
その為なら私達は、何だってする。




