16話…母との再会。
私達は、水族館内にあるカフェへと行った。
焦がれていた人とやっと会えたのだ。佐藤 希も、2人きりで話せばいいのに、不安なのか、私の手を握ったまま、カフェの中へその≪母さん≫と呼んだ女性と入った。
でも、どうして?佐藤 希の母親はフランス人で、離婚した後フランスに帰ったのではなかったの?
それが、どうして今、この場に……日本に、いるのだろう。
佐藤 希の母親は、アイスティーを頼み、佐藤 希はアイスコーヒーを。私はアイスカフェラテを頼んだ。
希母「久しぶりね……元気にしてた?」
希「……はい。母さんは?」
希母「私も、元気にしてたわ。」
希「……良かったです。」
浮かない表情で、佐藤 希は震える手で、ミルクと砂糖をアイスコーヒーの中へと淹れる。
希母「そちらの方は?」
希「ああ、えっと……僕が、好きになった人です。」
希母「そう。……とても、優しそうな人で良かった。」
夢叶「ど、どうも……」
私も、正直居た堪れない。何故、この場に私までいなければならないのだろう。他人の家庭に、色々突っ込むことは苦手だ。私のいないとこで、勝手にやってほしい。
希「……母さんは、フランスに帰ったのでは?それが、どうして今、日本に……」
佐藤 希は、緊張しながら母に問う。長年会っていなかったのだから、緊張もするかもしれない。だが、この佐藤 希にも緊張するものがあるのかと、少し驚いた。
希母「ちょっと、旅行しに…ね。」
希「1人で、ですか?」
希母「……隠しても、無駄よね。」
希「…?」
希母「…1人じゃないの。【新しい家族】と一緒に、日本に旅行しに来たの。」
希「…!!」
夢叶「っ……」
佐藤 希は、目を見開いたまま、固まった。
私も……この現実を、否定したかった。でも、私がそう思ったって、変わらない。それに、この現実を否定したいのは…私なんかより……。
希母「貴方の父親と離婚して、母国のフランスに帰ったあとね……フランスの職場で出会った人と、再婚したの。
勿論、私はバツイチだし、日本に置いてきたとはいえ、子供がいたってことも話したんだけど……「そんなの関係ない」って言ってくれてね。」
そんな話…私達にして、何の意味があるのだろう。
そんな話を、実の息子にして…この人は、何がしたいのだろう。
私は、そんな苛立ちを覚えた。
希母「再婚して、また子供にも恵まれたわ。貴方とは、異父兄妹になるわね。」
そう言いながら、佐藤 希の母親は、外に視線を向けた。そこにいたのは……金髪というより、茶髪に近い髪色をした、ガタイのいい男の人と、ぬいぐるみを抱えた小さな女の子。
希母「今、私はとても幸せよ。あの人とは違って、彼はすぐ怒ったりしないし、子供に何かあっても、私の所為にしたりなんかしない。本当…いい人と巡り会えたと思ってる。」
希「………」
どんどん顔色が悪くなっていく佐藤 希。
希母「貴方を愛していないわけじゃない。貴方を産んで、良かったとも思ってる。
…だけど、貴方の父親のことは、どうしても許せない。
…あの人は、どうしてる?」
希「…今は、もう…離れて暮らしているので、よくわかりませんが……でも、男手1つで…僕を、ここまで育ててくれました…。病気をしたとも聞かないので…元気だと、思います…。」
希母「そう…。まあ、良かったわ。
私にとってはいい人じゃなかったけど、貴方にとっては、いい父親だったみたいね。
…貴方を見捨てて、母国に帰った私の方が、いい母親じゃなかったわね。」
希「そんな、こと……」
そんなことない。そう言いたいのだろう。でも、彼は言えなかった。
前に、彼がこの人とよく行っていたという、海辺に連れて行って貰ったことがある。そこで、彼は言っていた。「もしかしたら、再婚しているかも」と。
それが、現実となってしまったのだ。願ってもいなかった妄想が、現実だったのだ。
そんな中で、そんなことないなんてこと…お世辞でも、言えないだろう。
希母「無理しないでいいの。事実なんだから。
私は、1人の我が子のことは大切に出来ず、別の男との子供を、愛してしまっている。大切にしてしまっている。
それは、貴方からしたら、許せないことだろうから……。」
わかりきっているのなら、何故そんなことを打ち明けたのだろう。打ち明けず、ただ他愛もないような話でもしていれば、佐藤 希は傷つかずに済んだのに。
夢叶「……あの、他人の家庭のことに、首を突っ込むなんて、不躾でしょうが……貴女は何故、こいつに新しい家族のことを話したんですか?」
希母「え?」
夢叶「私、前に危険な目に遭いました。命の危険にさらされました。でも、それをこいつが助けてくれました。
その時に、昔貴女がこいつの父親と喧嘩する度に行っていたという、海辺に連れて行って貰いました。
そこでこいつは……貴女のことを、愛しているようなことを言っていました。たとえ離れていても、まだ貴女が自分のことを想ってくれている筈だと、願っていました。」
私は堪らず、佐藤 希の母親に食い掛る。
夢叶「でも、それ以前に……自分のことはどうでもいいから、貴女に幸せになっていて欲しい。そうも願っていました。
なのに、なのに貴女は…平然と我が子を傷つけるように、新しい家族の話をしました。
私は、それを「はいそうですか」なんて、見ていられない。」
希「夢叶、さ……」
夢叶「私も……そりゃ、いい家庭で育ってきたわけじゃありません。それに、こいつみたいに人を魅了するものなんていうのも、持っていません。
だけど、親を想う気持ちだけは、同じです。私も、私のお母さんに幸せになって欲しい。その為なら、自分が苦労することも厭いません。」
段々と支離滅裂になっているのが、自覚出来る。
それでも、この母親には言ってやりたい。
夢叶「こいつだって、その覚悟を持って芸能界に入ったんです。それなのに、貴女達が離婚してしまったことは、哀しいことだったと思います。
だけど、そんなことがあったにも関わらず、こいつはこれまで頑張ってきました。そして、これからも頑張り続けるでしょう。
そんな彼が、漸く会えた母親から、そんな話を聞かされて……いい思いをすると思いますか?
国差別や人種差別をするつもりはありませんが……矢張り、貴女には、思いやりが足りないと思います。」
希母「………」
夢叶「そんな話がしたかっただけならば、今すぐ私達の目の前から、消え去ってください。そして、もう二度とこいつと会わないでください。
こいつが落ち込んだら……励ますの、大変なんですから。」
私は、一方的にそう捲し立てた。
佐藤 希の母親は、ふっと笑うと、席を立った。
希母「この方の言う通りね。私…思いやりが足りなかったわ。
流石…私の子供。人を見る目があるわ。貴方がこの方を好きになった理由が…わかった気がする。」
夢叶「へ…?」
希母「貴女、お名前は?」
夢叶「……神崎 夢叶、です。」
希母「夢叶さん。素敵な名前ね。
…どうか、これからも希のこと、よろしくね。」
それだけ言うと、彼女は伝票も持って去っていった。
夢叶「……何だったの……」
希「夢叶さん。」
夢叶「あー……あんなの、気にしない方がいいわ。そんで、早く忘れた方がいい。
ほんっと、タイミング考えて欲しいわよね。折角楽しい水族館だったのに、台無しにされた気分。」
希「ありがとうございます。」
涙を浮かべながら、佐藤 希は、私に礼を述べた。
夢叶「っ……べ、べつに、あんたの為じゃないわ!私がただ、ムカついただけ。」
希「それでも。……それでも、嬉しかったです。」
夢叶「………」
希「僕、ちょっと期待してたんです。半年間休業してるから…それを心配して、探しに来てくれたんじゃないかって。
でも、そうだとしたら、水族館にいるなんて、可笑しいですよね……。
……やっぱり、あの時の僕の予想通り、新しい家族がいて…………」
この現実を受け止めようと、必死にしている。だけど、やっぱり受け入れ難いのだろう。彼は、否定したいかのように、泣きそうになっていた。
希「……わかってた。わかってました。
それでも…どうしてこんなに……つらいんですかね……。」
夢叶「………」
私には、理解してあげられない感情だ。
その痛みは、本人にしかわかり得ないのだろう。
夢叶「……大丈夫。」
希「…!!」
私は、佐藤 希を抱きしめた。その行動に誰よりも驚いたのは、私自身だ。どうして、こいつを慰めてやっているんだろう。抱きしめているんだろう。私には、関係ないことの筈なのに。
夢叶「べつに、あんな奴いなくなったって、あんたを想ってくれる人は、いっぱいいるんだから。
だから早く忘れて……いつものあんたに戻って。でないと、調子狂うから。」
希「夢叶、さん…。
……そうですね。早く忘れることにします。
それに、僕には夢叶さんがいますからね!」
夢叶「はいはい。ほら、早く行こ。
次はサメでも見に行きましょ。」
希「はい!」
こんなので元気になる佐藤 希は、案外単純かもしれない。でも、その単純さがいいのだ。
今のこいつを構成しているのは、母親なんかじゃないのだから。だから、母親に縛られる必要はないんだ。
こうして、波乱の水族館デート(?)は終わった。




