15話…水族館デート。
暑い夏の日。
気づけばもう8月で、佐藤 希が来てから4ヵ月経った。あと2ヵ月…あと2ヵ月我慢すれば、私のいつもの日常を取り戻せる。
2ヵ月なんてあっという間だ。だからなんてことない。
このまま、何の事件も起きず、2ヵ月が過ぎてくれればいいのだが。
そんなある日。私の常連客が落ち込みながら、私に何かを渡してきた。
客「ユカちゃーん、これあげる。」
夢叶「え?」
客「本当は彼女と行こうとしてたんだけどさ…」
客「こいつ、誘う前日に振られちゃったらしいんだよ。何でも、ここに通ってるのがバレたらしくね。」
普通の女性が、キャバクラや風俗に通っている彼氏を嫌いになるという話はよく聞くが、キャバクラでも風俗でもないこの店でも、嫌なものなのかと考えさせられた。
夢叶「これは?」
客「水族館のチケット。まあ、彼女と行こうとしてたから、2枚しかないんだけどさ。
はあ…まさか振られるとはなぁ…。でも、ユカちゃんが癒してくれるから、もうそれでいいや…。」
夢叶「あはは…。
でも、説得すればまた復縁出来ると思いますよ。そんな落ち込まないで、頑張ってください。」
客「ありがとう…」
その日、その客は終始惚気話ばかりしていた。それだけ彼女のことが好きなのだろう。良いことだ。
矢張り付き合うとすれば、これだけ一途な人でなければ、女は不幸になる。まあ、一途と言ってもこの店に通っているのが、浮気に含まれるかは別として。
バイトも終わり、佐藤 希が迎えに来て、家へと帰った。
夏休み中ともあり、玲緒はまだ起きていた。
夢叶「ねぇ、玲緒。明後日何か用事ある?」
玲緒「何で?」
夢叶「バイト先の客から、水族館のチケット貰ってね。2枚しかないから、沙月達を誘うことも出来ないし。だから、玲緒と行こうかなって思ったんだけど。夏休みの思い出としてでもいいでしょ?」
玲緒「うん、いい……
(はっ!待てよ?ここで俺が断れば、希さんを誘うんじゃ…!?)」
夢叶「?」
玲緒「ごめん!俺、その日友達と遊ぶ予定があるんだよね!」
夢叶「そう…残念。」
玲緒「(よしよし!あとは、希さんに矛先が向けば……)」
夢叶「じゃあ、お母さんはどう?」
玲緒「な、何で!?」
夢叶「?だって、玲緒がダメなら、あとはお母さんしかいないじゃない。」
玲緒「希さんがいるでしょ!」
夢叶「ああ…まあ、確かにそうだけど……」
結子「ごめんなさいね、夢叶。お母さんもその日、予定があるわ。」
夢叶「そっかー。じゃあ、どうしよっかな…」
玲緒「だから、希さんも誘ってあげてよ!」
夢叶「えー、でも……」
希「僕はその日、予定ありませんよ。」
などと、爽やかな笑顔で言う。そりゃそうだ。あんたは半年間休業しているのだから、何も予定はないだろう。
だが…こいつと行くなど…何かまるで……デート、みたいではないか。
希「僕では、ダメですか…?」
夢叶「うっ…」
何て、涙目で言われたのでは、断りづらいではないか…。こいつ、確信犯?
夢叶「……はぁ。わかったわよ。じゃあ、あんたで妥協してあげる。」
希「本当ですか!?」
夢叶「ええ。でも!絶対変装は忘れないでよ?夏休み中で、水族館だってお客さんがいっぱいなんだから。
そんな中でバレたら、大変よ。」
希「勿論、心得てます。
でも、嬉しいです。夢叶さんと水族館に行けるなんて…!」
本当に嬉しそうにする佐藤 希。図体はでかいが、心は本当子供みたいだ。
まるで、デートみたい…か。
そうなると、こないだ沙月達に買ってもらった服を着ていくべきか?と思ったが…やめた。
あんな姿を見せたら、調子に乗りかねない。たぶん、沙月達が言っていたことをそのまま伝えると、「僕の為に…!?」とか、勘違いをされそうだ。
なので、私はその日の恰好は、いつものパンツスタイルにしようと決めた。
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当日。
矢張り、変装をしているとはいえ、佐藤 希は物凄くお洒落な恰好をしていた。夏だからだろう。サングラスをしていることもあり、その日はウィッグをつけていなかった。
そして、夏というのに……何故だか薄手ではあるが、上着を持っていた。何の為だろうか。
希「いやぁ、楽しみですね!水族館。僕、水族館なんて子供の頃以来、行ったことありません。」
夢叶「そう言われると、私も子供の頃以来行っていないわね……。水族館と言えば、デートスポットでしょうけど、私恋人いたことないし。」
希「僕もです。仕事が忙しいっていうのもありますけど……夢叶さん以外と付き合うなんて、考えられなくて。」
夢叶「……そう。」
なんて、恥ずかしいことをさらっと言う。普通の女性なら、この台詞だけでときめくだろう。しかも、こんなイケメンから言われたんじゃ、余計に。
私も、まあ多少はドキッとしたが、気の所為だと思うことにした。こいつにときめくなんて……有り得ない。
希「着きました!」
水族館に着いた。予想していたとはいえ、矢張り人が多かった。家族連れ、恋人同士、友達と…様々な人がいた。
希「さあ、行きましょう。」
そう、手を差し出す佐藤 希。
夢叶「手を繋げって?そんな恥ずかしいこと……」
希「ですが、これだけ人がいると、お互い迷子になってしまうかもしれませんからね。念の為です。」
そう言われると、説得力がある。確かに、迷子になってしまったら、面倒だろう。
そう考え、仕方なく私は、それに応えるように佐藤 希の手を握った。
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希「ふわぁ…!水族館、凄いですね!」
私達はあれから、色んな所をみて歩いた。
魚のトンネルに、クラゲや深海魚コーナー。マンボウが見れる巨大水槽。
そして今、イルカショーを見る為に、イルカショーの会場に来た。
何とも運が良く、最前列に座れた。
夢叶「確かに、思った以上に楽しいわね。」
希「はい!…まあ、僕は水族館にこれたのが楽しいのではなく…夢叶さん。夢叶さんと来れたからこそ、こんなに楽しく感じるんです。」
夢叶「……そう。それは良かったわね。」
またもや、さらっと恥ずかしいことを言う。本当こいつは、どこかの恋愛漫画から出てきたんじゃないかと思える程、そんな臭くて恥ずかしい台詞ばかり言う。
希「あ、イルカショー始まりますよ!」
恥ずかしい台詞ばかり吐くが、水族館を見て回っている間、彼は無邪気に楽しんでいた。
今も……このイルカショーを、無邪気に眺めている。その横顔が、まるで私だけが独り占め出来ているようで、何故だか嬉しかった。
何故嬉しいと感じたのかは、私にもわからない。だけど、本当に……何故だか本当に、嬉しかったのだ。
夢叶「……ふふ。」
希「?何か面白いこと、ありましたか?」
夢叶「べつに。何でもないわ。」
希「??」
不思議そうにしている佐藤 希。そのキョトンとした表情も、また面白かった。
そして、イルカが私達の座る最前列の目の前で、飛び跳ねた。
私は、佐藤 希のそんな様を見るのに夢中で、忘れていた。
目の前でイルカが飛び跳ねると、どうなるか。
≪バシャーン!≫
希「だ、大丈夫ですか!?」
佐藤 希は、イルカショーに夢中だったので、対策が取れていたが……私は対策が取れず、水浸しだ。
夢叶「……へくちっ!」
外は暑い。だが、屋内は冷房がガンガンに効いているので、半袖でいた私は、寒気を覚えた。
希「僕がしっかりしていれば、こんなことには……本当に、申し訳ありません!」
と、佐藤 希は私に必死に謝る。
べつに、佐藤 希が悪かったわけではないのに。私が、彼の横顔に夢中になっていたのがいけなかったのだ。
夢叶「あんたの所為じゃないから、大丈夫よ……」
希「ですが……あ、そうだ!」
夢叶「?」
希「こんなこともあろうかと、上着を用意しておいたんです。濡れないように、スタッフさんに預けておいたので……これで、暖かくなりますよ。」
そう言いながら、佐藤 希はあの薄手の上着を私に着せた。
成程、これを予測していたのか。
確かに水族館と言えば、イルカショーは醍醐味だ。それを見るとなれば、こうなることくらい予想出来る。
まあ、私は予測出来なかったが……。
夢叶「…ありがとう。」
その薄手の上着は、佐藤 希の匂いがして、少しだけドキドキした。
希「いえいえ。」
爽やかな笑顔で、私の礼に応える佐藤 希。
本当、調子が狂わされる。
?「………希?」
と、そんな時。
佐藤 希の背後から、彼の名前を呼ぶ声がした。
振り返ると、そこにいたのは……
佐藤 希と同じ髪色、目の色をした……女性。
地毛だとしたら、日本人じゃないだろう。というか……絶対的に日本人じゃない。目の色が、カラコンとは思えない程、綺麗だからだ。
それに加え、顔のパーツもアジア人とは異なるパーツをしていた。たぶん、西洋人だろう。
と、いうことは………
希「………」
夢叶「?知り合い…?」
佐藤 希は、有り得ない…といったような表情で、固まっていた。
?「やっぱり…希ね…」
女性も女性で、嬉しさと哀しさが入り混じったような、複雑な表情をしていた。
希「……母さん……」
夢叶「は、母親!?」
佐藤 希は、小さな声で女性のことを、≪母さん≫と呼んだ。




