表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説

海岸で石を拾おう

 僕は君が嫌いだ。

 とはいえ、僕は君と海岸に来ている。…まあ、いいだろう。

 さて、僕は石を拾う。君は何をする?

 …君はいつも"目的"を探している。休日にはどこかへ行きたがる。いつも何かをしたがっている。何か意味のある事を。

 散歩一つするにも、"ダイエットの為"とか、目的意識を持ちたがる。

 まるで君は形作られた世界の一部であるかのようだ。世界はその全てが目的化されているから。

 多分、この地獄はヘーゲルの歴史哲学、こいつから始まった。ヘーゲルが歴史を等質な空間とみなした時から、世界の地獄は始まった。世界の水平化は始まった。究極的にはそこから君の"目的意識"も生じている。

 …とはいえ、今日は哲学談義はやめておこう。僕らは海岸に来ているのだから。

 

 僕は石を拾う。ほら、拾うよ。ほうら、拾った。

 見てみなよ、この石。紛れもなく、何の変哲もない。いいところが一つもない。

 そこらの石と全く見分けがつかないし、水切りにも使えそうにない。珍しい形をしているわけでも、珍しい色をしているわけでもない。手触りだってごく普通だ。この石は、石界の中でもとりわけ平凡で、目立たない存在だろう。

 何のいいところもない石。だけどこいつを僕は拾った。"こいつ"を、僕は拾ったんだ。

 この事は一体、何を意味するだろう? 僕はこいつの"個別化"を果たした。そう言えるだろう。他の石ではない。"この石"でなければならなかったんだ。たとえ、それが偶然だとしても、結果として僕は他の石ではない"こいつ"を拾ったんだ。

 "こいつ"を拾った事自体にとりたてて意味はない。だけど意味のない行為によって"こいつ"は個別化を果たした。自らを世界に対して、定立させたんだ。…僕の助けを借りてね。

 さて、僕はこいつを海に放り込んでしまう。いくよ、いくよ。そうれ。…意外に飛ばなかったね。石は、水しぶきも見えないままに沈んでしまった。

 さて、これによって"石"は失われた。僕の"石"、"あいつ"はね。

 それでも、もしかしたら、"あいつ"だって幸福なひとときだったのかもしれない。僕としてはそう思いたいね。なにせ、あの石がこの地球の作用によって生まれて以来、あいつを拾い上げた生命体はおそらく僕が最初だろうからね。…いや、もちろん、推測だけど。

 

 さて、僕が君に言いたい事はこれで終わりだ。何が言いたかったって? さあね、知らないよ。

 ただ、僕は一つの石を拾い上げただけだ。それが"どこ"の海岸か、"どの"石であるか、それが君には気になるかもしれないけど、実際、僕にはどうでもいい事だ。

 ただ僕は"その石"を拾い上げた。それだけの事だ。

 それが何を意味するかはわからない。だけど、僕にはそうだったという事だけの事だ。

 ここには目的がない。ただ目的がないという目的だけがある。

 だけどそれでも石を拾い上げる事ができる。存在に意味を与える事ができる。

 僕がそいつを拾い上げた、というたった一つの事実によって。

 僕としてはそんな風に考えてみたいんだ。

 さて、僕としてはこれ以上、言いたい事はない。

 ただ、一つだけ忠告しておくと、風の強い日には石を拾い上げようとしないほうがいいかな。君が石を拾おうとして、よろけて、海に落ちてしまうと、危ないからね。その時には君を助ける事ができないし。

 君が石を拾い上げる時は、もう"僕"はそこにはいない。だけどそこには"君"がいる。だから、そこには"石"があるんだ。

 それが、どういう意味があるかは僕には全然、わからないんだけどね。何せ今言った事は僕の"推測"に過ぎないし、"実際"に石を拾い上げるのは他ならぬ、"君"なんだからね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ