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もう一つのプラウドリー  作者: さしあたり
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れい子

 一夫が死んでから二ヶ月が過ぎた。伸次はその間一度も山へは行かなかった。死への恐怖と言うよりも、むしろ、それがユキとの勝負へ臨む気力を失せさせた。


 季節は初夏。伸次は四十九日の法要で、れい子と出会った。

「元気、私、バイクに乗ってるのよ。まだ3000キロも走ってないけど。赤のCBR400R」

 伸次は何と言ってよいか分からずに、黙っているとれい子が話を続けた。

「あなたに、頼みたいことがあるんだけど」

 礼子は伸次の目を見つめて言った。

「私に山の走り方を教えて欲しいの。ユキに勝ちたいの。ダメかな」

 伸次は、しばらく考えた末、OKと言った。礼子の事を考えていたわけではなく、一夫の事でもなかった。ただユキに勝ちたい、そして、自分のプライドを満足させたかったのだ。

 礼子は、アルバイトや学校の都合で、周に2~3回しか山へは行けないが、みるみる上達していった。伸次は自分が一夫に教えられているときの事を思い出していた。


”もっとアクセルを開けろ”


”クリッピングポイントは奥に取れ”


”中央線から身体が出ている”


 一夫は容赦なく怒鳴りつけたが、何故か腹がたたなかった。

 礼子は伸次とは違った。伸次が通ったラインを性格にトレースし、スピードを上げれば、礼子もアクセルを開ける。伸次が教えた事と言えば、一番始めに、シートの後ろの方へ座ることと、体重移動の仕方ぐらいだった。 まだ、礼子はユキに追いつくまでには至ってない。あと1ヶ月ほど走り込めば、ある程度仕上りそうだ。


 夏休み入り、伸次達は毎日、山に通った。伸次は幾度となくユキとバトルを繰り返したが、決して、勝つことは出来なかった。そんなある日、礼子がタンデムでやってきた。後ろに乗っている者は、ヘルメットから長い髪がでているので、女だと分かる。彼女はCB400Rを伸次のΓの横に停めて、ヘルメット脱いだ。後席の者もそれにならった。

 伸次は瞬間的に可愛いと思った。美しいと言うよりも、可愛いという感じだ。礼子の妹、有美である。県外の芸術大学へ行っているため、親元を離れていたのだが、夏休みに帰郷したのだ。有美を伸次は前から知っていた。一夫たちと一度ツーリングに行ったことがある。


「おはよう、久しぶり」

伸次はタバコに火を付けながら頷いた。

 山に行くときは、伸次は決して2人乗りはしない。攻める時に他人の命は保証できない。

「今日は、やめだ。2ケツじゃ攻められない。頂上で日の出でも見て帰ろう」

伸次は気の抜けた声で言った。


「ちょっと待ってって、私2~3本 行ってくるから」

 そう言うと礼子は、ヘルメットを被って、スタートしていった。あまりに素早い行動だったため、伸次は何も言うことが出来ず、ただ茫然とみていた。

 伸次のリヤシートに有美が乗り、その後ろを礼子が走っている。4ラップほど終えたあと、頂上を目指して走る。まるで、ツーリングのようにゆっくりと。伸次は、さっきから2ストローク独特のはじけるような排気音が、後方から迫って来ているのを感じていた。そして、ヘアピンをすぎた短い直線で、一台のバイクが伸次の横を猛烈なスピードで追い越していった。トリコロールのNSR、泉だ。そう思った瞬間、今度は、礼子のCBRが伸次の横を通り過ぎた。


”あのバカ、お前じゃまだ勝負にならない”


 アクセルを一瞬開けたが、しかし、すぐにもとのスピードに戻り、2人を追うのを止めた。2人乗りでは話にならない。

 有美が怖がらないように、意識的になるべくバイクを立てた状態で、S字をクリアーした。

 その瞬間、道の真ん中に赤のCBRが転がっていた。礼子が転倒したのだ。伸次はフルブレーキングを掛け、CBRの前に自分のバイクを停める。ガードレールに腰掛けている礼子を見つけた。身体に別状はなさそうだ。

「私、バイクやめるわ。伸次にもユキにも絶対に勝てっこない」

 伸次は何も言わなかった。いつかこういう日が来ると感じていた。たった1回転倒したぐらいで、何を言っている。何のためにバイクに乗っていたんだ。苛立ち心の中で、怒鳴りつけた。

 しかし、一夫の事を考えると、無理に引き止めることは出来ない。

「私、バイクをやめるわ。」

「俺だって、ユキに勝てるかどうか分からない。」


 会話が途切れた


 沈黙を破ったのは礼子の方だった。「有美、伸次に何かようがあったんでしょう。今のうちに言っとけば」

「今、こんなことを言うべきじゃないと思うんだけど、本当はね、今日、私にも山の走り方を教えてって言おうと思ってたの。お姉ちゃんは、あんな事言っているけど、私じゃだめかな」

「・・・・・」

「別にユキって言う人に勝とうとか思ってる訳じゃないの。私、バイク、下手だから、ちょっとでも上手になりたいなと思って」

「そういうことなら、街乗りから峠まで俺の知っていることを、何でも教えてやるよ。ただし、山に来たときだけは、絶対に俺の言う通りに走れ」

「それと、もう一つ言って良いかな」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

   ・

   ・

   ・

「私、伸次の事が好きだから」

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