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血の涙

作者: 僕

僕の涙は赤い。

それは生来のものだった。


涙を流すと、瞳から血が流れているように見える。

しかし、赤い涙はただ赤いというだけで、それ以外の性質は普通の涙と変わりない。


だから、無理に治そうとはしなかった。

あるいは「治せなかった」と表現する方が正しいのかもしれない。


当然のことだが、赤い涙は僕の人格形成において多大な影響を及ぼした。


僕はほとんど泣かない子どもになった。


僕が泣くと、周囲の人達は単に子供が泣くこと以上のリアクションをとるからだ。


僕の赤い涙を見ると、必ず人々は驚く。

慰めるより先に、恐怖がくる。

怪我をしたのではないかと顔を覗き込む。

目の部分から真っ赤な雫が溢れ出ている。

動揺する人に親は説明する。

これはこの子の病気なんです。

赤い涙を出すという。

ただ赤いだけなので気にしないでください、と。


僕は物心がついた時にはこの一連のやり取りに煩わしさを覚え、泣くことをやめていた。


どんなに悲しいことがあっても、どんなに辛いことがあっても、涙を堪えるようになった。

その方が僕にとっても親にとっても周囲の人にとっても、歓迎すべきことなのだと信じて。


しかし、涙を堪えることは発散すべき感情を抑制することを意味した。

結果的に僕は無感動で無愛想な人間になった。

淡々と物事をこなし、泣くこともないが笑うこともない。

僕を人格的に区分するならば、クールということになる。

良く言えばだが。


そんな僕を見て、両親はどう扱えば良いのか分からなかったのだろう。

明確に僕と一定の距離を保つようになった。

それは優しさの一種かもしれない。

しかし、僕は涙を流さなくとも、傷ついていた。

家族との間にできた強固な壁に、僕は途方もなく空虚な思いを持つことになった。


家族だけでなく、学生時代の人間関係にも同様のことが言えた。

僕のクールな気質は同世代の人にとっては癪に障る部分があったのだろう。

彼らは僕のことを虐めようとした。

僕は虐めに対するリアクションもクールだった。

心が傷ついていてもそれを外に出さないようにしていたから。

ここで涙を流したら、彼らは焦るに違いない。

しかし、僕はただ耐え忍んだ。

僕が想定より面白い反応をしてくれなかったからか、彼らは単純に僕を忌避するだけになった。

家族と同じく彼らとの間にも壁ができたわけだ。


僕は孤独だった。

ただ赤い涙を流すというだけの理由で。


ある日、僕はSNSで拡散された動画を見た。

その映像では、同世代の女の子が青色の涙を流していた。

僕は驚いた。色は違うけれど似たような涙を流す人がいたなんて。

そして、彼女は笑っていた。

鼻にこよりを突っ込んで意図的に涙を流し、青色の涙を見て友人達と笑っていたのだ。


僕は彼女に会ってみたいと思った。

拡散元のアカウントにメッセージを送った。

僕も似たような涙を流すんです。

赤い涙を流します。と。


すると、その日のうちに返信が返ってきた。

「赤い涙を流すんですね!素敵です!」

素敵?僕の赤い涙を素敵だと言う人なんてこれまでただの1人もいなかった。

僕は彼女に赤い涙を見せたかった。

本当に素敵だと思うのか確かめたかった。

そして、僕は彼女に言った。

もし良ければ会いませんか。

色のついた涙を持つもの同士、話せることがありそうな気がするので。


彼女は快く承諾してくれた。

「もちろん!私もお会いしたいと思っていました!」


奇遇なことに僕と彼女の住んでいる場所はさほど遠くはなかったので、会う日程と場所はすんなりと決まった。


そして、僕たちが会った日、2人はそれぞれに涙を流した。

まずは彼女が、動画でやっていたのと同じ方法で泣いた。

綺麗なブルーの涙が流れた。

彼女は笑いながら言った。

「凄い色でしょ。青色の涙なんて漫画みたいよ。ほんと。」

僕は感心し、頷きながら言った。

「漫画みたいだけど、凄く綺麗な色だね。僕のとは全然違うな。」

「そういう君の涙も見せてよ。赤い涙なんでしょ。ここまで来て嘘だなんて言わないでね。」

「嘘じゃないよ。僕の涙は血のような涙なんだ。」

そう言って、僕は彼女と同じ方法で涙を流した。

彼女はまじまじとその様子を眺めていた。

そんな風に僕の涙を見つめられるのは初めてだったので、こちらが動揺してしまった。

「凄い色だろ?びっくりした?」

彼女は言った。

「びっくりというか、君の涙も凄く綺麗じゃない!生きてるって感じがする。やっぱり素敵な色だな。」

息が止まってしまった。

僕はずっとこう言って欲しかったんだ。

涙が止まらなくなってしまった。

それは本当の涙だった。

赤く、人間らしい、血の通った涙だった。

「僕はずっとこの涙が辛かったんだ。」

彼女は優しく言った。

「実は私もこの涙を受け入れられるようになったのは最近だったんだ。涙を流すとからかわれるから絶対泣かないようにしようと決めていた。でもね、ある日私の友人が青い涙って綺麗だねって言ってくれたんだ。それはあなたの個性だよって言ってくれた。私はその日から泣くことを我慢しなくなったんだ。」

「良い友人だね。」

「ええ、その人がいなければ今の私はいない。」

「僕もずっと誰かに赤い涙を受け入れて欲しかった。」

「言ってしまえば、アピールしてしまえば、意外と受け入れてくれる人はいるものよ。君の涙だってとても綺麗で素敵だもの。赤い涙は君の個性だよ。」


僕はその日から涙を流すようになった。

そして、僕の周りに築かれた壁は彼女の手によって崩れ去っていった。

僕の涙は人間味のある涙だ。




赤い涙と青い涙。

色付きの涙を流す恋人として有名になるのは、また少し先の話だ。

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