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カリーナ夫人とシャロン叔母さま 下

▫︎◇▫︎


 そして、冒頭へと戻ってくる。

 最初の要望通り、机の上にはたくさんの愛らしいドレスと上品なドレスが並んでいて、カリーナとシャロンはそれぞれの推しのドレスを手に力説している。


「アイーシャには上品で大人っぽいドレスこそが似合うわっ!!」

「いいえ!!可愛らしいデザインこそ似合うわっ!!それに、可愛らしいデザインというのは、この歳でしか着れないものっ!!」


 ドレスはどちらも愛らしい。だからこそ、アイーシャはどっちが好きかということを決められずに、うじうじと無言を貫いていた。


「「アイーシャはどう思うのっ!?」」

「ひっ、」


 話を振られる度に悲鳴を上げて、ビクビクと怯えてしまう。

 かれこれ2時間、こんな感じなのだ。


「「いい加減に決着をつけましょう、アイーシャ!!」」

「あうっ、」

「「アイーシャ、あなたはどっちが好きなの!?」」


 アイーシャは困り果てて、人差し指でドレスを指そうとしてゆるゆると首を振りながら口を開け閉めした。


「い、色は、水色が好き。サイラスさまの色、だから」

「まあ!やっぱり!!」

「で、でも!」


 シャロンが喜んで立ち上がるのを横目に、アイーシャはもごもごと口を開く。


「ドレスのデザインは、か、可愛いのが好き」


 2人の夫人は一瞬だけ目を見開いた後に、くすっと笑い合って顔を見合わせた。


「あらあらアイーシャ、わざわざここで惚気なくてもいいのよ?叔母さま、困っちゃうわ」

「そうそう。親友の娘に惚気られちゃうなんて、親友に怒られちゃうわ」

「っ、」


 惚気た自覚がなかったアイーシャは、ぼふんと顔を赤くして顔を隠すようにしてうずくまった。


「も、もういやあああぁぁぁ!!」


 アイーシャの悲鳴は悲しくも楽しげな夫人2名に無視され、アイーシャはそこから可愛いデザインの水色のドレスを20着以上着ることとなった。そして、着せ替え人形を楽しんでいる夫人たちはご機嫌そうに笑いながら、


「あらあら、よくに似合っているわ。じゃあ、次はこれにしましょうか」

「そうね。その次はこれにしましょう」


 といつのまにか仲直り?をして、アイーシャに着せるドレスを増やすばかりだ。アイーシャはメソメソとしながらも、心の奥底から拒むことはできなくて、それでいてサイラスの反応を想像すると、ドレスを着て、そしてすぐに脱ぐという苦行も楽しくなってしまうのだから、もう末期だ。恋とは末恐ろしいとアイーシャは吐息を漏らす。


「あら!これ素敵じゃない!!叔母さま、これを次の夜会で着ることに1票!!」

「そうね。品がある上品なデザインでありながら、お花やリボンで飾られていて可愛らしくて、宝石も公爵家の娘に相応しい量付いているわ。私も、このドレスが1番素敵だと思うわ」

「はぅー、」


 疲れ切ってしまっているアイーシャは生返事しかできなかったが、確かにこの今身に着けている水色のAラインドレスが最も今まで着た中で上品でいて可愛らしかった。それに、今まで着てサイラスの反応が良かったドレスのデザインに近い気がする。


「うふふっ、王太子殿下は嫉妬深くて肌の露出が多いドレスを嫌うから、このドレスはそういう意味でも完璧よね~」

「あら、そうなのね。王太子となれば、アイーシャが婚約者でもドンと構えているのかと思っていたわ」


 2人の会話に、アイーシャの頬は赤く染まった。大事にされているとは思っていたが、彼が嫉妬しているとは思っても見なかったアイーシャからしたら、周囲の客観的な評価というのはとても分かりやすくて、それでいて恥ずかしかったのだ。


「うふふっ、そんなことはなくってよ。いっつも必死だもの」

「あらあら、王太子殿下も大変ね~。アイーシャはどんどん愛らしくなっているもの。恋は女の子を強く、愛らしく、そして、美しくするものね~」


 うんうんと頷くカリーナ夫人に、アイーシャは頬を押さえて顔を隠す。恋は女の子を“特別”にするというのは知っていたが、まさか自分にも当てはまっているとは思っても見なかった。


「アイーシャはその傾向が顕著だから、尚のこと大変そうよ。この前なんか、本人は気づいていなかったけれど、隣国の王子さまがアイーシャに愛を囁いていたのだから!!」

(はへ!?)

「まあ!今度そのお話を詳しく!!」

「えぇえぇ!任せてちょうだいな!!」


 自分はいつ求婚されたのだろうかとアイーシャは大きく首を傾げた。けれど、どんなに思考を掘り返してもそういう記憶は一切戻ってこない。シャロンの勘違いではないだろうかと小首を傾げていたら、アイーシャの後ろから大きなため息が聞こえた。


「私の可愛いアイーシャに、余計なことを吹き込まないでいただけるか?シャロン夫人、いいや?シャロン義母上と呼ぶべきかな?」

「さ、サイラスさまっ!!」


 アイーシャの喜色満面の笑みに、サイラスは冷たさを孕んだ表情をふっと緩め、ふわっと花が綻ぶように微笑んだ。


「今日も精霊のようにとっても愛らしいよ。愛しのアイーシャ」


 アイーシャは頬を赤く染めて愛らしく微笑んだ。


「ご機嫌よう、愛しのサイラスさま」


 立ち上がって挨拶をしようとして阻まれたことに少しだけ不服そうにしながらも、アイーシャはサイラスの登場に安堵と喜びを感じていた。


「シャロン義母上、それで、アイーシャに何を教えようとしていたんだ?」

「うふふっ、あなたさまが1ヶ月前の夜会で客人の前から唐突にアイーシャを連れ去った時のお話をしようとしていただけですわ」


 アイーシャは1ヶ月前の夜会を思い浮かべたが、やっぱりシャロンの言っていることがイマイチ分からなかった。そもそも、自分には殿方に好かれる所以がないと思い込んでいるアイーシャは、自分が求婚される理由を全く以て思いつくことができない。だからこそ、顎に人差し指を当てて、無言で首を傾げ続ける。シャロンとカリーナはもちろんのこと、サイラスも、決してアイーシャの素朴な疑問には答えてくれない。


「………その話は他言無用だ」


 隣に腰掛けたサイラスから、ぶっきらぼうでいて地を這うような低い声が漏れ出て、アイーシャの心に占める感情は不思議から驚きに変化した。


「あらあら、男の嫉妬は醜いですわよ」


 シャロンが今日の深い緑色のドレスに合わせた銀の扇子をぱらりと開いた。


「大事にしているだけだ」

「大事にしているからこそ、たくさんの選択肢を与えるべきでは?」


 カリーナがいきなり参戦したことに、サイラスは少しだけ目を見開いた。アイーシャはそんなサイラスも素敵だとうっとりした表情で彼を見つめながら、居心地の悪そうな彼に内心首を傾げる。


「っ、………君は………、」

「アイーシャの母と交友がありました、カリーナと申します。以後、お見知り置きを」

「フェアリーン王国王太子サイラスだ」

「存じております」


 カリーナの威風堂々としたたおやかな笑みに、アイーシャは引き攣った笑みを浮かべてしまった。王太子相手にあそこまで堂々としているというのは、普通の人間では無理だろう。アイーシャはついつい恐れ慄いてしまう。


「………アイーシャは私のものだ。他の者にやるつもりはない。たとえ、それによって、アイーシャの選択肢を狭めることになっても、だ」

「あらあら聞きまして?カリーナ夫人。男を磨くのではなくって、男を遠ざけるというのを選択するのですって。そんなに自分自身に自信がないのかしら?情けないとは思いませんこと?」


 相変わらず扇子を開いて楽しげに声を弾ませているシャロンは、嘆くようにカリーナに問いかけた。声音と会話の内容が噛み合っていない。


「えぇえぇ、男ならば、堂々と構えておくべきですわ。人望のあるお方ならば、好いた女性も側に居てくれるでしょうに」


 カリーナもくすくすと笑っている。

 アイーシャは頭痛がする惨状に、ドレスの裾をぎゅっと握り締めた。すると、サイラスがアイーシャの手の上に己の手を乗せた。大きな、ペンだこと剣だこのある手に包まれて、アイーシャは幸せな気分になる。


「アイーシャ以外なら、そうするかもしれない。けれど、アイーシャだけはダメなんだ。私は、アイーシャなしでは生きていけない」


 真っ直ぐとしたサイラスの言葉に、女性3人は少し驚いた後に、顔を赤く染めた。


(サイラスさま、素敵すぎる………)


 アイーシャが幸せを噛み締めていると、2人の夫人が咳払いをする声が聞こえた。アイーシャはこてんと首を傾げながら、2人を見つめる。


「きょ、今日のところはこれで勘弁して差し上げることにするわ、カリーナ夫人」

「そ、そうね。これ以上は、火傷をしてしまいそうだもの。私も賛成よ、シャロン夫人」


 そそくさと扇子で顔を隠した2人を不思議に思いながらも、アイーシャはサイラスを見つめた。


「さ、サイラスさま、いかがでしょうか?」

「あぁ、ーーーよく似合っている」


 噛み締めるようにつぶやかれた言葉に、アイーシャは幸せそうに微笑んだ。口が緩むのを止められなくて、情けない表情をしている自覚があっても、アイーシャはついついサイラスを見つめ続けてしまう。


「サイラスさま、」

「アイーシャ、」


 顔と顔がどちらからともなく近づいていき………、


 ーーーパチン、


「いちゃいちゃなさって良いとは申しておりませんわよ?」

「えぇえぇ、流石にやりすぎかと存じますわ」

「チッ、」


 サイラスは2人の夫人を睨みつけた後、すっと立ち上がった。


「アイーシャ、行こう」

「え、あ、」

「うふふっ、お洋服の会計は済ませておくから、行ってきなさいな」


 アイーシャの心配に気がついたシャロンがふっと疲れたような笑みを浮かべながら言った。


「ご機嫌よう、アイーシャ」

「は、はい。ご機嫌よう、カリーナ夫人」


 サイラスに引きずられるようにしてエスコートされながら後ろを振り向いて、カリーナに挨拶をしたアイーシャは、サイラスと共に店を出る。


「あの2人は混ぜるな危険だな」

「………はい。今日1日で、嫌というほど実感しました」


 アイーシャとサイラスは疲れ切ったように息を吐いて苦笑する。そして、夕日を背にして目を瞑った。


 ーーーちゅっ、


 本日2度目の試みで成功したキスは、甘い味がした。


読んでいただきありがとうございます。

以上、Yuryaさまご依頼の『カリーナ夫人とシャロン叔母さまの出会い』でした。

ご満足いただけましたでしょうか?


もう1つ番外編『精霊について』を書きます。

しばらくかかるかと思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。

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