第三話 賢王と狂王
帝王と謁見する日が遂に訪れた。
果たしてどうなるか…
メイフォンの話から、この国には双子の二人の王が君臨してバランスよく政治を行っていることが分かった。「賢王」と「狂王」の通り名で呼ばれており、「賢王」が国内と外交政治の全般を、「狂王」が軍事全般を行っているらしい。更に二人が王に即位してから国は絶頂期を迎え、崖下にある樹海地帯を全て帝国領にして、ヌプルガンヌ族を天空に追いやったと聞いた。
宿に滞在してから丁度三日後に、帝国からの使者が来た。宿の裏道には地球に存在したとされるガソリン車が停まっている。車程度の事では驚かなくなったが、いよいよこの時が来たかと思う。どうやらこの裏道から往来が少ない車、航空機専用道路に出れるらしい。後部座席にに乗り込むと、隣にホロンが座っていた。
「アルト様、既にお聞きになっていらっしゃると思いますが、わが国には二人の王がおります。いきなり軟禁や死刑命令を出すとは考えられませんが、誰もあの二人の考えを読めない為、何をされるかわかりません。いざという時はメイフォン、アクラズと共に国外へ脱出を、王宮からの脱出方法は彼女達に伝えております。」
突然ホロンがとんでもないことを口にして、運転席からフレーメンが目線を合わせずに話す。
「正直王宮内の人間に対する印象は良くねぇ、なんせ最後に来た人族が国を滅茶苦茶に荒らしてトンズラしたからな。」
宿を一軒借りるなんてやけに厳戒な警護体制だなとは思っていたが、やはりそれなりの理由があったみたいだ。
「俺とホロンにはお前さんが悪い奴には見えねぇ、それに俺たちは人族が生み出した機械や文化が好きだ。危なくなったら王に助言はしてみるが、俺たちも自分の首が飛ぶのは避けたい。その時は…」
「わかった、ここまで親切にして頂き二人には感謝しかない。無事に終わったら人族でも飲める酒はないかな?」
少し間が空いて二人が笑う。三日間暮らして分かった事は爬虫類の顔だからと、差別意識をもっていた自分の過ちに気づけたことだ。街を歩いていて見ず知らずの私に肉や野菜をおまけしてくれた人や、言葉は分からないが、屋台で酒と同じような飲み物を貰って共に乾杯を交わした事を思い出す。
残虐性だけは最後まで同意できなかったが、それは手段が変わっただけで人も同じことをしているだけだ…同族殺しという大罪を背負って
車が石畳の地面の上を走りながら王宮へと近づいていく。60mの高さから城を囲うようにして見下ろす城壁が、とても恐ろしく感じる。いざとなったら本当に王宮を脱出できるか不安だが、彼らを信じるのみだ。検問らしき所を通り、同じような城壁を3つくぐる。
「降りられる際に、我らサラ族で歴代最強と名が高い統括将軍カルマン殿がドアを開け、王の御前までお連れ致します。」
沢山の色の花が覆った石造りの入り口前に車が止まり、ドアが開けられ降りるよう誘導される。奥まで敷かれた赤いカーペット沿いに並ぶ、様々な服装をしたメイド達を尻目に歩き出す。
「こちらへどうぞ緑路アルト様、人族を代表する貴重な方です。王の御前までいかなる理由があれど、傷つけさせませぬ。」
4m近い体格を黒の燕尾服で覆い、片目眼鏡を掛けた将軍がにこやかな笑顔で出迎える。
”傷つけさせぬ”か…
「将軍にお目にかかれて光栄です。改めて私の名前は緑路アルトと申します。貴方はなんとお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「では、カルロスとお呼びください。私の本名にてございます。」
人に随分と近い名前だなと思いながらカルロスの誘導についていく。カーペットの奥に設置されたエレベーターに乗せられると、ゆっくりと上昇を始める。ガラスでできたエレベーターからは、何処までも続く一面の樹海と天まで届く山が見える。
「カルロス殿、こちらのエレベーターはいつ頃完成されたのですか?」
「丁度500年前でございます。人族と積み上げた技術と、我々の技術を総動員して作り上げました。建設途中に落下死で死んだ同胞の魂を忘れぬよう、床に彼らの名前が彫られています。」
床を見ると彫られた文字が見えるが、サラ族の言語は自分には全く読めない。人は彼らのように労働で死んだ者の為、名を会社に刻むだろうか。350年前に来た人類とやらが、何かとんでもないことをした代わりに、私が罪に問われるなら喜んで受けよう。
「王のおられる階でございます。」
城の頂上に部屋を設けず、壁が防げる高さに王の間を置いているのかと感心する。
エレベーターを降り正面のドアを開けると、サラ族の高官達が片膝をついて、真ん中の通路を開けるようにしてこちらを向く。カルロスに従い通路を進むと、通り過ぎた者から立ち上がっていく、まるでモーゼになった気分だ。暫く進むとカルロスが膝をついたので、それに従う。
「面を上げよ、我らが友緑路アルト殿」
声が聞こえ顔を挙げると青色の髪をした人間と、爬虫類顔の二人の王が二つの玉座に座っていた。
「我の名はヴブーギン帝国第二十八代帝王ブリタニア=メッシーナ=ドノヴァンである。ブリタニアと呼ぶがよい」
先に爬虫類顔をもつ王が口を開く。言葉が重くのしかかり、王の威厳を見せつけられる。
「俺はヴブーギン帝国第二十八代帝王マグヌス=メッシーナ=ミグノンだ。マグヌスでいいぞ」
人間の見た目をした王は軽い口調で語る。こうしてみると狂王はブリタニア殿に見える。
「お初にお目に掛かります、アジアン連合所属新大陸探索隊隊員、緑路アルトと申します。以後お見知りおきを」
ひとまず挨拶を切り抜ける。
「ほう、聞いてはいたが地上に国はもうないのか」
「はい、大戦争と大陸地震による災害により多くの国が弱体化し、地区という組織になり、地区の集まりを連合と名付けました。」
「それじゃ350年前の技術はどうなったんだ」
「350年前の技術の多くが失われ地上は荒れました。今人類の希望は大陸地震の際に出現した新大陸にかかっております。」
「へぇ…って事は人も減ったでしょ」
「はい、100億人が15億人まで減少しました。しかしまだ多くの人々は諦めていません」
「相変わらずの歴史だな、人間は増やすことも減らすことも簡単にする」
「やめぬかマグヌス、困っておろう」
大方マグヌスが突っ込みをして、ブリタニアが様子を見る所が定石なんだろう。確かに二人だからこそうまく調和がとれている。
「そなたの経緯は聞いておる、実は仲間と思わしき人物が辺境で発見されておる。」
突然の吉報が口にされたことに驚いた、誰かは知らないが生きていてくれただけで今は嬉しい。
「だが、発見場所はヌプルガンヌ族が支配する天界をつなぐ山の麓だと聞いておる。配下の者だけで助けに行かせることも可能じゃが、”信用”が遭難している人族と互いにない。そこで信用関係を築く為に、お主にも救出に向かってほしいのだ。頼めるかの?」
「はい、元は一人で仲間を探そうとしていた事。こうして国のお力を貸して頂くだけでも、感謝しきれません。」
「宜しい、ホロンとフレーメンを同行させよう。」
「"はっ、陛下のご勅命有難くお受けいたします。"」
彼らも来てくれるなら大助かりだと思い、一先ず安心する。
「ではこれにて終いだ」
「ちょっと待てブリタニア、話は終わっちゃいない」
マグヌスは厄介そうな王だ。表情も終始薄ら笑いを浮かべていて考えが読みにくいが、一体どんな質問をしてくるつもりだ。
「こいつら人族の技術は、明らかに退化してやがる。助け出した所で利用価値があるか?俺としてはアルトを国が面倒見てやってもいいと思うが、他の奴らなんて養う必要が分からん。余計な混乱を招くだけだ」
確かに彼の言うとおりだ、しかし仲間の命が懸かっている。
「失礼ながら申し上げます。先ほど乗ったエレベーターの床に貴方達の事故で、亡くなった貴方達の名前が掘ってある事、カルマン様からお聞きしました。私の仲間達も同じく、互いを思う団結力では劣っておりません。例え私のみの面倒を見て頂いたとしても、私は必ず仲間に会いに行きます。」
長い沈黙が流れる、反射的に一人でも見つけに行くなどと言ってしまったが、後悔はない。
「ふーん、そっか…いいよ、全員分の救出費用と滞在費は俺が全部払うよ。詫びも含めての気持ちさ、許して欲しい」
態度が突然軟化して少し驚いたが礼を言い、今後の話を軽くした。後日詳しい話をホロン達からされる事になり、多くのメイド達の見送りを背に城を去った。
読んでくれてありがとう!
文章を書く事の難しさを日々実感しています。
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