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ACT.2-3

 テッドとビーゲイトは夜の見回りをしていた。雇われた傭兵である彼らに課せられた仕事のひとつだ。

 家が並ぶ地域を抜け、畑へと抜ける道を歩いている。森の一部を切り開いて開墾した為、畑が並ぶ場所を進んで行くと森の中へ入るようになっている。


「くそ! コエンの野郎、いつもいつも偉そうにしやがって」テッドが悪態をつく。「それになんで賞金稼ぎが来てやだんだッ。化け物に賞金でもかかったってのか」

「それはないだろう。この村は俺たちを雇ったので精一杯のはずだ。それに賞金が懸かるにしては早すぎる」


 ビーゲイトが言う。大男はときおり思い出したように、手に持った松明を振った。炎に照らされる範囲が一瞬変化する。ビーゲイトはその一瞬の間で、異変がないかを素早くチェックしていた。


「ちっ。なんか面白くねぇな。ホントに化け物なんて出るのかよ。俺たちが来て五日経つが、痕跡すらねぇじゃねぇか」

「テッド、お前も死体は見たろ?」

「ああ。ありゃ、確かに人間にゃできねぇ殺し方だけどよぉ」


 この村に来て見せられた死体を思い出して、テッドは身震いした。何か強大な力で押し潰されたような顔。鋭い爪のようなもので千切られた右側の脚と腕。

 人間ができる殺し方でもなければ、人を襲う凶暴な動物がやったものでもなかった。少なくとも人間の顔を押し潰すほどの力を持つ獣は、この周辺には住んでいない。そしてなにより異常なのは、死体に一滴の血も残っていないことだった。

 顔を潰されたり腕を千切られた際の出血の跡は、死体のあった場所に残っていた。だた、死体の中には血液は残っておらず、体の一部は干からびたようになっていたのだ。


「ひと月と半で五人だっけな」

「ああ。ガキも年寄りも区別なく()られてる」


 それ以上、二人は言葉を口にしなかった。重い沈黙のまま畑を抜け、森の入り口までやって来る。その先には細い道が続き森へと繋がっている。ここが夜間に巡回する区域の外縁になっていた。


「こっちは異常なしだな。さぁ、帰ってひと休みしようぜ」


 二人は畑の反対側に回り込むコースで、村の方へと戻って行く。巡回の残り半分をこなすためだ。

 畑を過ぎ村の中へと入りかけた時、テッドの足が止まった。


「どうした?」


 ビーゲイトの体に緊張が走る。松明を掲げ、腰の剣に手を伸ばした。


「小便がしてぇ。先に行っといてくれ」

「けっ。漏らす前にとっとと行け」


 ビーゲイトは軽い雑言を言うと、剣から手を離した。そのままテッドと別れて進む。

 テッドは用を足すための場所を求めて視線を彷徨わせた。少し離れた場所に、人気(ひとけ)のない家があった。そちらへと足を進める。粗野な感じのする髭面で、お世辞にも上品な性格とは言い難いが、それでも場所を選ぶだけの分別は持ち合わせているらしい。


 明かりもなく人気もない家の陰へ入ると、テッドはこっそり用を足し終えた。

 と、テッドの耳にどこからともなくすすり泣くような声が聞こえてきた。開放感に緩めていた髭面が、一瞬で緊張する。素早く身構え、腰の剣に手をかけた。真剣な眼差しで辺りを見る。

 松明はビーゲイトが持っていってしまった。月明かりを己の感覚だけを頼りに、警戒の触手を伸ばしていく。


「――――」

「!」


 また声がした。声は家の中から聞こえて来る。

 テッドの緊張の度合いが深まった。ここは最初の犠牲者が出た家だ。この中で殺されていたと、村長から説明を受けている。そしてこの家には現在、住んでいる者はいない。

 警戒のレベルを引き上げつつ、テッドは入り口へと回った。途中で窓から中を覗いてみたが、何かいるのかは確認できなかった。

 剣を抜き放ち、扉にそっと手をかける。


「――――」


 声は確実に扉の向こうから聞こえていた。テッドは静かに扉を開いて中に入った。音もなく滑り込むように、素早く。

 暗闇に慣れ始めた目に、壊れた家具類が飛び込んで来た。どれも強大な力で破壊されたように原型を留めていない。


「――ゥゥゥ」


 声は相変わらず聞こえ続けていた。はっきりと聞こえるようになった声は子供の、それも幼い子のものであるようにテッドには思えた。

 暗がりに目を凝らす。影のかたまりが見えた。暗闇よりはやや明るい、青みがかった影の色。子供のすすり泣く声は、そこから聞こえていた。


「おい、誰かいるのか?」


 すすり泣きがやんだ。影が僅かに動く。


「そこで何してやがる」

「オ父サン?」


 細い声だった。いままで泣いていたせいか、言葉がやや不明瞭だ。


「こんな所で、なんでガキが泣いてんだよ」


 テッドは呆れたように言った。

 声は明らかに小さな子供のものだった。剣を収めてため息をつく。子供は嫌いだが、このまま放っておくわけにはいかないだろう。ここで見捨てて被害にあわれるとさすがに寝覚めが悪い。なによりコエンにどやされてしまう。

 そう考えていたから、テッドは無防備なまま一歩だけ影へと近づいた。目の前の影の輪郭が、暗がりに溶け込んでいることに気づかずに。そしてその輪郭は声から連想される子供の大きさより、かなり大きいことにも。


「さぁ、送ってやるからこっちに来い」

「オ父サンジャナイ……ダレ?」


 声に警戒したような響きがこもった。


「だから、そのお父さんに会わせてやるからこっちへ来い」

「ホント?」


 驚き、でも嬉しそうな子供の声。


「ああ。だから来るんだ」


 テッドの方は声に苛立ちが含まれていた。

 影が大きく動いた。その予想外の大きさに、傭兵としての経験と勘が警告を発した。いつでも動けるように余分な力を抜く。


「オ父サン、ドコ?」

「!」


 暗がりから、影がその正体を現した。それはテッドを上回る大きさをしていた。ビーゲイトと同じかそれ以上だ。筋骨逞しい体は、全身が毛で覆われていた。腕は丸太のように太く、床につきそうなくらい長い。顔は猿に似ていた。だがその口は大きく裂け、乱杭歯がこれでもかと生えている。あれでは言葉をはっきりと話すことはできないだろう。


「ば、化け物!」


 化け物の出現に不意をつかれたものの、テッドは素早く剣を抜き放った。そして一挙動で斬りつける。

 刃は化け物の腕を浅く切り裂いた。


「イタイ! ナンデコンナコトスルノ? オ父サンに会ワセテ」

「くそっ。来るな!」


 化け物は無防備に寄って来た。懐から何かを取りだそうとしたテッドの手が止まる。剣を両手持ちにして何度も斬りつけた。だが、手応えはあるのに化け物の歩みは止まらない。


「ネェ、オ父サンハドコ?」

「知るか、化け物!」


 叫ぶと共に渾身の一撃。テッドの剣は化け物の腹に深々と突き刺さった。


「イタイ……イタイヨ……ネェ、知ラナイ? オ父サン、知ラナイ?」

「だから知らねぇよ! 化け物の父親なんざッ」


 突き刺した剣を抜こうとして、テッドは力を込める。だが剣はびくともしなかった。


「くっ。抜けねぇ」


 テッドが焦り始めた。意地になって抜こうとする。だからテッドは気づかなかった。あれだけいくつもの傷を与え、腹部を深々と刺したにも関わらず血の匂いがしなかったことに。返り血すら飛んでこないことに。


「ウソ。ウソツキ。会ワセテクレルって言ッタノニ」


 化け物の目が赤い光を放ち始めた。化け物を中心に、異様な気配が急激に膨らんだ。

 テッドは背筋に冷たいものを感じ、剣を引っ張るのではなく力の限り押し込んだ。僅かだが剣が動いた。


「イタイ。イタイヨ。ウソツキ。ウソツキ」


 テッドは顔の左側に風を感じた。勘だけで頭を下げる。後頭部を何かが掠めた。刹那、衝撃が彼を襲う。体が浮き上がった。

 化け物に蹴られたと分かったのは、床に仰向けに倒れた後だった。受けた衝撃でテッドは息ができない。

 お腹に剣が刺さったまま、化け物が近づいてくる。


「オ父サン。オ父サン」


 赤く光っている化け物の瞳。その端に浮かぶ涙。化け物の表情は、人間とは大きくかけ離れた容貌にも関わらず、泣いているように見えた。大きく口を開けて無防備に泣く、小さな子供の表情に――

 それが、テッドの見た最期の光景だった。

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