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1. これから住む街、金沢

 3月下旬。高校3年生の新田(にった)晴継(はるつぐ)は、始発の新幹線に乗って金沢に来ていた。

(やっと、着いた……)

 東京から約2時間半。遠いと言えば遠いけど、ずっと車窓を眺めていたから退屈はしなかった。ホームに降り立った今、晴継の心はウキウキしていた。

 大学受験で幾つかの地方大学を受験し、その中で唯一合格通知が届いたのが金沢の大学だった。この春からの新生活に向け、まずは住居を確保するべく1週間前に両親と共に金沢へ来ていたが、その時は自由行動なんて一切無かった。

 今回また訪れたのは、高校の卒業旅行とこれから住む街の下見を兼ねて、観光しようと思ったからだ。

 時刻は、9時前。これから観光するにはちょうどいい時間だ。

 晴継は期待に胸を膨らませながら、エスカレーターで下っていった。


 金沢を観光するには、交通手段は大きく分けて二つあるらしい。

 一つは、“まちのり”と呼ばれるシェアサイクル。一番安いプランだと、500円で自転車に乗って観光が出来る。1000円払えば電動アシスト付き自転車に乗れる。駅から程近い場所の事務局に行く必要があるが、自転車を一々ポートと呼ばれる返却場所に返さなくて済むので楽チンではある。あと、1日パスは1650円とやや高めなので、お金を節約したい学生の身分には少し手が出し辛い。

 もう一つは、周遊バス。金沢の主要な観光地や繁華街をグルッと一周するバスで、右回り・左回りがあって使い勝手がかなり良い。バス代は1回につき200円だが、一日乗り放題のフリー乗車券が600円で販売されている。つまり、3回乗れば元が取れる計算だ。

 晴継が選択したのは……周遊バスの一日フリー乗車券。利用するにはバス停に行かなければならないという手間はあるが、600円で乗り放題というのは大きい。それに、15分間隔で運行されているので、待ち時間はそんなに無いと思ったのも要因だった。

 乗り場に滑り込んできた臙脂(えんじ)色の車体のバスに乗り込んだ晴継は、観光案内所で貰ったパンフレットに目を通しながら、今日行きたい場所に思いを馳せていた。


 まず最初に向かったのは、兼六園。

 岡山の後楽園・水戸の偕楽園と並んで日本三名園の一つに挙げられる日本庭園で、金沢に観光で来た人は必ず訪れると言っても過言ではないくらいに有名な場所である。

 兼六園へ向かう坂の片側には、ずらりと土産物屋が軒を連ねている。「なんか、観光地に来た感じだな」と思えてきた。店先に並ぶ土産物を眺めながら、坂を上がっていく。

 坂を上がると、右手に白い壁に白い瓦のお城と門構えが見えた。あれは金沢城跡で、あの門は石川門、兼六園と金沢城と繋ぐ橋を石川橋と言うらしい。ただ、歴史に特別思い入れのない晴継はそれ程お城に興味がないので、時間があれば行こうかな程度に考えていた。

 入園料を払い、園内へ。砂利が敷き詰められた道を真っ直ぐ進んでいくと、開けた場所に着いた。

 左側を見れば、高台から金沢市内を一望出来る。今日が晴れていて良かったと心から思う。右側を見れば、金沢の写真でよく使われている徽軫(ことじ)灯篭がある。みんな知っている様子で、徽軫灯篭を背景に写真を撮る観光客が代わる代わる出てきていた。

 時期的には梅の花が見頃から少し日にちが経っていたが、遅咲きの梅が園内を彩っていた。あと1ヶ月程後だと今度は桜が咲き誇り、その時期は地元の花見客も殺到するので観光するには時期的に良かったかも知れない。

 兼六園の名前は、松平定信が中国の書物を参考に『宏大・幽邃(ゆうすい)・人力・蒼古(そうこ)・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園』と評した事が由来のようだ。実際、広大な敷地内には様々な景色や植物が植えられ、日本庭園の事はよく知らない晴継でも見ていて飽きなかった。また、所々に茶店があり、歩き疲れた人が椅子に座って休憩している姿を何度も見かけた。

 晴継もかなり歩き回って脚が疲れてきたので、近くのベンチに腰掛けて休憩する。スマホの時計を見たら、入園してから1時間以上が経っていて少し驚いた。

(……静かだな)

 ペットボトルのお茶を飲みながら、晴継はふと思った。

 風で葉っぱが揺れる音、流れる水の音、鳥の鳴き声、砂利を踏む音。都内だと様々な音が雑多に存在しているので、こうして自然の音に耳を傾ける機会はあまりなかった。音だけでなく、匂い、肌に触れる風など、色々なものを感じ取れる。……こういう時間、たまには良いかも知れない。

 暫くの間、自然の音を堪能していたら、疲れも大分抜けた。晴継は立ち上がると、最初入ってきた入口の方へと歩き出した。

 これから住む街、金沢。案外、悪くないかもな。そう思えていた晴継の足取りは心なしか軽やかに映った。

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