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一途で不器用な若者が頑張る物語

泥団子とオルゴールと音玉と・・・

作者: 悠木 源基

 火災と残酷な表現があるので、苦手な方はご遠慮下さい。

 

 

 四人の幼馴染みの愛憎劇です!

 初めてのドロドロ(自分的には)ものです。

 

 異世界の話なので、時代考証や社会制度は気にしないで読んで下さると嬉しいです。

 

《 元々は多くの人が多少なりと魔法が使えていたのに、次第に魔法を使える人が減り、その魔法量も減っていった。次第に魔法使い達は魔法石がなければ魔法を使えなくなっていった。

 そして今ではその魔法石も枯渇してしまい、魔法を使える人はほとんどいなくなった。

 その結果、科学力が次第に重要視され始めた世界という設定の世界です。

 燃料は魔法石がなくなったため、一般庶民は木炭、上流社会や工場、機関車などで石炭が使われ始めた、という時代。

 あえていうのなら、十七世紀から十九世紀(幅が有り過ぎですが)西欧世界というイメージです 》


 爆発音と共に燃え盛る大きな炎の前で、ケントはある女性の名前を叫び続けていた。

 幼馴染みで、初恋の相手で、そして彼の唯一の女性の名を・・・

 

「サラーっ! サラーっ!」と……

 

 何度も火の中へ飛び込もうとして、周りの人に体を拘束され、思いとどまるように叱責された。

 屋敷はもう全体が炎に包まれていて、為す術もない状態だったのだから。

 

 そしてケントの近くには、やはり一組の夫婦が息子の名前を呼び続けていた。

 

「ハリスツイード、ハリスーっ!」と……

 

 今燃えている屋敷はアンダーソン伯爵家で、サラとはこの家の一人娘。そしてハリスツイードとはそのサラの婚約者で、バトル子爵家の次男である。

 今日ハリスツイードはこの屋敷に結婚式の打ち合わせのために訪れていて、運悪くこの火事に巻き込まれたのだ。

 

 この屋敷の(あるじ)夫妻は大火傷を負いながらも、使用人に助け出された。そして他の使用人達もなんとか逃げ出していた。しかし、娘とその婚約者の行方がまだわからないのだ。

 

 あんな夫婦を助ける位なら、何故サラを助けてくれなかったんだと、ケントは使用人達に噛み付いた。あんた達だってみんなあの二人を嫌っていたじゃないかと。

 そう。アンダーソン伯爵夫妻は外面は良かったが、本当は人格に問題のある偏屈な変人で、一人娘を虐待し、使用人達にも色々と酷い仕打ちをしていたのだ。

 それなのに何故助けたんだ! 

 

 それが世間一般的に正しい行為であろうと、ケントには到底納得出来なかった。これが神の定めた審判ならば、二度と神など信じない。

 

 普段ほんわか穏やかな雰囲気のケントから、激しい憎悪を向けられた使用人達は、皆びっくりした顔をした。そして何か言いたげな顔をしながらも、黙ったまま一様に目を背けた。

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 パンパンと時折花火か爆竹のような音が鳴っていたが、夜明けと共にそれらの音はしなくなり、火事はようやく鎮火し、辺りには静寂が戻った。

 

 そして日が昇って、目の前に広がっていたのは、黒い残骸。

 ようやく警察と消防関係者がやって来て、現場検証と周囲の者からの聞き込みを始めた。

 

 そんな時、突然驚きの声が上った。

 

「ハリス、ハリスツイード……

 貴方無事だったのね。良かった、生きていたのね……」

 

 一晩中息子の名前を叫んで憔悴していたバトル子爵夫人は、パッと顔を輝かせて息子にしがみついた。

 それは普通なら大変喜ばしい情景だったのだが、夫人以外は、突如現れて呆然と立ち竦むハリスツイードの事を訝しげに見た。

 何故なら、彼は今身支度を整えて家を出てきました、といういでたちをしていたからである。

 

 その場にいた者達は皆、ハリスツイード、そして彼の側に寄り添っていた女性以外、頭や顔、全身が灰や煤まみれになっていた。それなのに何故焼け落ちた屋敷にいた筈の彼が、そんなに綺麗な格好をしているのだろう。

 

「ハリスツイード、お前は今まで何処で何をしていたんだ。昨日はここで結婚式の打ち合わせをしていた筈だったな」

 

 バトル子爵の低い、底冷えする程冷たい声が発せられた。すると、息子とその隣の女性の体が大きくビクンと跳ねた。

 

 ハリスツイードは顔面蒼白になって何も答えなかった。すると、(あるじ)に付き添って病院へ行っていたアンダーソン家の執事がいつの間にか戻ってきていて、ハリスツイードの代わりにこう答えた。

 

「昨日の午後、確かにハリスツイード様は我が屋敷にお出でになりました。夕食を皆さんと共にお取りになった後、サラお嬢様と式の打ち合わせをなさると言って、お嬢様のお部屋へ向かわれました。

 しかし、その一時間後、旦那様からハリスツイード様にお尋ねしたい事があるからお呼びしろと命じられ、私がお嬢様のお部屋に伺いますと、何故かハリスツイード様はいらっしゃいませんでした」

 

「いなかった? それはどういう事かね?」

 

 使用人に事情聴取をしていた警官がやって来て、執事に尋ねた。すると執事はサラ付きの侍女マノンを方を見たので、警官も彼女を見た。

 

「ハリスツイード様はサラお嬢様のお部屋に入って五分も経たずに、こっそりお帰りになりました」

 

 マノンは淡々とそう答えた。

 

「しかし実際は家には帰らなかったようだが、何処へ行ったのかね?」

 

「私は存じあげません。それはご本人様にお尋ねになって下さい」

 

「しかし、結婚式の打ち合わせをしないで出かけるのはおかしいだろう? 急いで帰る理由を尋ねるのが普通だろう?」

 

 警官に問われ、マノンは彼に顔をまっすぐ向けてこう言った。

 

「ハリスツイード様はこれまでもアンダーソン家に長居をした事はございません。形式的に訪問なさるだけで、会話をされる事はありませんでしたので。

 まあ話す事といえば、サラ様を一方的にこき下ろすか、嫌味を言うか、別にお付き合いしている方の自慢をするかで。

 結婚式も勝手に決めろとサラ様に丸投げしておられました。ですから、お嬢様のお部屋にいらっしゃるとすぐにお帰りになるのがいつもの事でしたので、昨夜もいちいちサラ様もお尋ねになったりしませんでした」

 

「ハリス、お前、サラにそんな酷い扱いをしていたのか! 

 何故だ! 例え恋愛関係のない政略結婚だとしても幼馴染みだろう!」

 

 ケントがハリスツイードに掴みかかろうとして、使用人達に制止された。

 

「いい加減あんな陰気でつまんない地味女、相手をするのが鬱陶しくなったんだよ。

 それにこの俺に相応しくなるようにいくら言っても、全く努力もしないあいつに、嫌気がさしたんだ!」

 

 周りの冷ややかな視線に、自分ばかり一方的に悪役になってたまるかと、ハリスツイードが叫んだ。

 

「サラがお前に釣り合いたいと願っても、それが出来なかった事はお前だって分かっていただろう?」

 

「ああ、確かにあいつは親から虐待され、使用人のように扱われて、お洒落が出来なかった事くらい分かっているさ。

 だけど、俺がわざわざ贈ってやったドレスや装飾品、そして髪飾りだって、一度も身に着けた事がないんだぞ。そんな女をかわいいと思えるか? あいつこそ俺を蔑ろにしているだろう」

 

 ハリスツイードは腹立たしげにケントにこう言った。

 

「虐待?」

 

 警官が眉を顰めた。

 

(あるじ)はサラ様を幼い頃から虐待していました。暴力をふるい、食事を抜き、暴言を吐き、屋敷にいる時はお仕着せを着せ、学校には貴族としては珍しい標準服を着せて通わせていました。学生に華美な装いは不要だというポリシーで。

 サラ様が持っていたドレスといえば、デビュタントの時にお作りになったものと、ハリスツイード様から頂いた二着しかございませんでした。

 そうですよね、マノン?」

 

 執事の問いかけに侍女マノンは頷いた。

 

「サラ様はその着られもしないドレスをそれはそれは大切になさっていました」

 

「着られもしないとはどういう意味かしら? サラ様にお贈りしたドレスは私が吟味して選んだ、我が商会で取り扱っている中でも最上級のドレスなのよ!」

 

 今まで話について行けずにただおろおろしていたバトル子爵夫人が、キッ!とマノンを睨みつけた。

 

「すみません。頂いたドレスはとても素晴らしいものでした。ただ、あのデザインのドレスをサラ様は着る事が出来ませんでした。胸元が開いて、肩が見えるデザインのドレスだと、あちこち傷跡が見えてしまうので」

 

 マノンの説明を聞いてバトル子爵夫人は両手で口を押さえた。ハリスツイードも驚いた表情をした。

 

 本当にそんな事も知らなかったの? マノンは冷めた目でハリスツイードを見た。

 幼馴染みでしょ?

 婚約者でしょ?

 学院にもずっと一緒に通っていたでしょ?

 

「アクセサリーもブローチやペンダントなら洋服の上から身に着けることが出来るので、お見せする事が出来たでしょう。しかし、頂いたのはネックレスでしたので、サラ様はそれを身に着けておいででしたが、残念ながらお見せする事が出来なかったのです。

 それに素敵なバレッタを頂いても、それで髪を留めると、生え際の傷が見えてしまうので着けられませんでした」

 

 ハリスツイードはただ形式的に贈り物をしていただけで、サラの事なんて全く考えてはいなかった。彼は婚約者に似合う物、喜んで貰える物を選んでいた訳ではない。

 

 もちろんハリスツイードだって、わざわざ嫌がらせのためにそんな身に着けられない物を贈っていた訳ではないだろう。ただ選ぶのが面倒で、今彼の横に居るあの女に相談をして、そのアドバイスで決めたのだろう。

 

 何せあの女はサラの幼馴染みの一人で、サラの事情をよく把握している。だからわざと嫌がらせをしていたのだ。


 そう、ハリスツイードの昨夜のお相手で、ずっと浮気していた女の名前はバネット=ノートン。男爵家令嬢で爵位は低いが、バトル子爵家と同等の成り上がりで裕福な家の娘だ。

 

 昔から良い子のふりをし、優しく親切なふりをするのが得意な偽善者だった。見かけは確かに美しい蝶だったが、中身は蛾だった。いや、それでは蛾に失礼か。そう、彼女は毒虫のような女だった。

 

 サラ達幼馴染み四人の家は皆近所で、そこで働く使用人達同士も顔馴染みだった。故に彼らは皆バネットの本性を知っていた。知らなかったのは身内の悪意に慣れすぎて、感覚が鈍くなり過ぎたサラと、人の表面しか見られない単純なハリスツイード位だろう。

 

 幼馴染みの中で唯一ケントだけは早いうちからバネットの裏の顔に気付いていたので、サラを守り、ハリスツイードにはそれとなく忠告をしていた。しかし、彼は聞く耳を持たなかった。

 

 ケント=ジェフリーは男爵家の三男だった。真っ黒で重たそうな髪の毛と眼鏡のせいで顔が良く見えず、無口でおとなしい若者だ。

 彼は幼い頃からいつも手を動かして何か工作をするのが好きな少年だった。そんなケントを貴族らしくないと、ハリスツイードは昔から見下していた。

 

 しかし今では、ケントは学力優秀な上に手先が器用で、まだ学生でありながら沢山の発明品を生み出しては多くの特許をとっている。目先の利く者達からは、将来有望な若き天才発明家だと注目されているのだ。

 

 今もってその事に気付かないハリスツイードは、アンダーソン伯爵夫妻同様、古い価値観に囚われて真実を見抜けない愚か者だった。

 

 むしろバネットの方がある意味ケントの価値に昔から気付いていた。

 

 そう。ケントは幼い頃から天使のような綺麗な顔をしていたのだ。しかし、本人が身の回りの事に無頓着な上に、親達も貧乏暇なしで、五人兄弟の末っ子三男坊の世話を兄や姉に任せっ放しだったので、ケントは今の風体になった。

 どうやら姉達がケントを守るためにあえてそうしていたらしい。

 

 ところが残念な事に一番知られたくない相手に知られてしまった。

 バネットは幼い時にケントの素顔を見てから、ずっとケントが好きだった。そして愛らしい笑顔を振りまき、甘えるようにケントにしゃべりかけ続けた。こうすればみんなバネットを好きになってくれのを知っていたから。

 ハリスツイードもこれにやられたのだ。しかしケントは末っ子で、兄姉から構ってもらえるのが当たり前だったので、一つ年上のバネットに甘えられても、かわいいとは思わかなかったし、関心も持たなかった。

 そんなケントにバネットはむきになって絡んでいった。自分を好きにならないなんておかしいと。

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 ケント達が学院の初等科に入学する少し前、市井の子供達の間で泥団子作りが流行った事があった。みんな泥んこになりながら泥土を丸め、握って乾かしてまた土をかけてまた握って・・・ 誰が一番光る泥団子を作るかを競争した。

 

 そしていつも一番光る泥団子を作ったのはケントだった。ケントは土や粘土の素材を色々と変えたり、水の量や乾燥時間を変えたりと、試行錯誤を繰り返しながら泥団子を作った。

 その結果、ケントは色々な色合いの美しい泥団子を作る事に成功した。

 ケントは出来上がった泥団子の中でも一番光っている、灰色がかった緑色の泥団子をサラにあげようと思った。その泥団子がサラの瞳の色に似ていたから。

 

「この泥団子、サラの瞳の色に似てるでしょ。だから、サラにあげる」

 

 その日サラはいつになくボヤッとしていたが、ケントからその泥団子を受け取ると、思わずこう呟いた。

 

「私、本物の団子が欲しい……」

 

 すると、すかさず側にいたバネットが言った。

 

「酷いわ、サラ…… せっかくケントが一生懸命に作ったのに。サラが要らないなら、私が貰うわ」

 

 サラはハッとして、伸びてきたバネットの手を払った。そして、その緑がかった美しい丸い玉を両手で大事そうに覆った。

 それから顔を上げてケントを見ると、彼は哀しげな顔をしていた。

 

 サラの胸がギュッと締め付けられるように痛んだ。

 

 サラはケントがこの泥団子をどんなに大変な想いをして作ったかを知っていた。他の子達が飽きて違う遊びに興じていても、一人黙々と力を込めて握っていたのだ。

 そして乾かす時間もよそ見をせず、丁度いい頃を見計らってさらに土をかけて、その泥団子を磨き上げた。ケントの小さな手は泥だらけだったが、それでも赤く腫れ上がっているのが分かった。

 そうやって完成した美しい泥団子をサラにくれると言ったのだ。それなのに、自分は本物の団子の方がいいと言ってしまった。

 

「ごめんなさい! 私・・・」

 

 サラはその泥団子を胸に抱きしめると、逃げるようにその場から走り去った。そして自分の屋敷の横にある岩窟の中に飛び込んだ。

 そこは大昔の魔法石の採掘場の跡で、まるで迷路のようにいくつものトンネルが掘られてあった。しかし今では、出入口に近い場所が食品倉庫や物置として使われているだけだった。

 

 サラはこの昼間でも薄暗い岩窟の中を熟知していた。ケントや侍女のマノンと物心ついた頃からずっと探検ごっこをしていたからだ。

 そして、両親から折檻をされたり、客が来て家から追い払われた時の逃げ場所がここだった。

 

 この岩窟の一番奥の行き止まった場所まで辿り着くと、サラは泥団子をそっと足元に置くと腰を下ろし、岩壁の下部を両手で押した。すると90センチ四方の穴が開いて、そこから光が差し込んだ。

 サラは身を屈め、片手で泥団子を持ってその穴をくぐった。

 

 穴のその先はそこそこ広い空洞で、まるで部屋のようになっている。しかも出入口以外に、外界と繋がる窓穴が開いて、そこが岩山の端だという事が分かる。その穴から覗くと真下を川が流れている。

 

 この秘密の部屋の事を知っているのはサラ以外はマノンだけだ。

 恐らく魔石を掘っていた時代に誰かがここに隠れ住んでいたのだろう。雨水を溜める石でできた水受けや、排水の設備が整っていた。そして火起こしの場もあるし、石製の鉢もあった。

 その上自然の壁の凸凹はまるで棚のようになっていた。きっと昔はそこにカップや皿、あるいは本などが並んでいたに違いない。


 サラはその石壁の棚に置いていた大きめな宝石箱の蓋を開けて、その中にケントから貰った泥団子を丁寧にしまった。

 

 大好きだった乳母のアンから貰った大きくて綺麗な宝石箱には、サラの宝物が入っている。アンから貰った赤い薔薇のペンダント、マノンに貰ったピンクのリボンやおもちゃのかわいい指輪、そしてケントから貰ったお日様にかざすとピカピカ光るビー玉……

 

 サラは無くしたくない大切な物を全部この秘密の部屋にしまっていた。もっとも、サラはあまり自分の物を持っていなかったが。

 宝石箱以外では執事に買ってもらった絵本や、使用人からもらったカード、ケントが作ってくれた栞や押し花などを・・・

 

 そして成長してからも、秘密の部屋の石の棚はそれ程嵩張らなかった。基本紙製の物が多かったからだ。

 ケントや学院の友人から貰った手紙やスケッチ画、学院から授与された賞状や学術書、日記などだ。

 

 僅かに場所を取るといえば、ケントの発明品の初号機だろうか。ケントは発明した最初の品を必ずサラに献上していた。

 サラはこのケントからの貰った発明品を何より大切にしていた。だからこそ、宝石箱などと一緒に岩窟の中の秘密の部屋にしまっていた。

 

 

 サラの母親は自分が物を買って欲しい時には執拗に夫にねだったが、娘のために何かを与えようという気はない人だった。

 そして父親は気まぐれでサラに物を買い与えたかと思うと、気に食わない事があったり酒に酔うと、好き勝手にそれらを処分してしまうような人間だった。

 故に自分の部屋に置いてある物は、サラにとってはどうでもよい物ばかりだったのだ。

 

 

 その後サラは宝石箱の中の泥団子を観る度に、あの日の事を後悔して胸が傷んだ。何故あんな酷い事を言ってしまったのだろうと。ケントの哀しげな顔がいつまでも消えなかった。

 

 しかし、ケントが哀しげな顔をしたのは、自分のあげた泥団子より本物の団子の方が良かったと言われたからではなかった。

 ケントはサラが両親から虐待をされている事を知っていた。そして食事をよく抜かれる事も。

 だから、本物の団子がいいと言われた時、ああ、またお腹をすかせているんだなと思って可哀相になったのだ。

 

 ケントだって本当は泥団子より本物の食べ物をあげたかったが、それが出来なかった。サラが誰かから食べ物を貰って食べた事が両親に知られると、貴族のくせに物乞いの真似して恥を知れ!と叱咤された上に暴力を振るわれるのだ。

 どんなにこっそりと隠れてあげても何故かばれてしまう。その為にケントも使用人達もサラに食べ物を渡せなかった。

 

 後になって、屋敷の使用人の一人が主人に告げ口をしていた事がわかり、執事がその男を追い出してからは、ようやく食べ物を手渡す事が出来たが。

 

 そしてその使用人がノートン男爵家に雇われたのを知った時、バネットが関与していた事を皆は悟った。

 それ以降、ケントやアンダーソン家の使用人、そしてノートン家の使用人もバネットを信用しなくなった。

 しかし、バネットはその事に気付かなかった。使用人が裏切り行為がばれてクビになった事実を知らなかったからだ。

 

 バネットは学院に入ると、女子学生からは嫌われたが、男子学生からはとても人気があった。それ故に自分の態度を改めず、相変わらずサラを貶め、嘘をつき、自分はサラに注意をし、正そうとしているという善人の振りをして、優良株となったケントに取り入ろうとした。

 

 しかし、ケントがバネットに好意を持つ筈などなかった。もちろん一番の理由は陰でサラを苛めていたからだったが、それだけではない。

 

 ケントは幼い頃から風変わりで、人とは違う事ばかりした。それでもサラだけはいつもケントを応援し、失敗しても励まし発破をかけてくれた。そして最後までやり遂げると、それがどんな些細な事でも思い切り褒めてくれ、一緒に喜んでくれた。

 それに比べてバネットは、その他大勢の連中と一緒に最初は批判的な目で見て馬鹿にしている癖に、それが成功すると、さも自分は最初から応援していたのよ、自分が協力したお陰ね、などと平気で嘘を吹聴していたのだ。

 

 ケントは入学して暫くすると、はっきりとわかるように、意図的にバネットと距離を置くようにした。

 

 そうなるとさすがにバネットも、自分がケントによく思われてはいない事に気が付いた。それに学院にはケント以外にも容姿端麗で家柄も将来性もある男子はいくらでもいる。バネットはその事に思い至り、今度は別の将来有望な男子生徒を漁り始めたのだった。

 

 ケントはようやくホッとしたのだが、それは甘かった。

 バネットはケントの事は諦めたのだが、サラにケントを取られるのは癪に障ると、陰謀を巡らせたからである。

 彼女は家の商売で知り会った有力貴族と関係を持って、その男を仲立ちにして、サラとハリスツイードが婚約する様に図ったのだ。

 

 古い歴史はあるが、長年生業(なりわい)にしてきた魔石採掘が枯渇してからは、未だに次の目ぼしい事業が見つからない伯爵家。

 貿易業に成功したものの、下位貴族のため、高位貴族との結び付きがまだ弱い子爵家。

 この両家の縁を結ぶ政略結婚はどちらにも利がある事だった。しかも元々両家はご近所付き合いしている間柄で、子供達は幼馴染みである。話は本人達の意思を無視してあっという間にまとまった。

 

 こうしてサラが十五歳、ハリスツイードが十六歳の時に二人は婚約させられた。

 サラはケントが、そしてハリスツイードはバネットが好きだったのに。

 

 ケントは、自分がサラよりも一つ年下だった事をこれ程悔しいと思った事はなかった。

 彼はいずれサラに結婚を申し込むつもりでいた。その為に学院の勉強に励み、家では実験や技術開発に没頭したのだ。いずれ発明品の特許をとってそれを商品化して金を貯めて、早くサラを迎えに行きたいと。それなのに、間に合わなかった……

 

 サラが婚約してしまった以上、ケントに出来る事は、ハリスツイードがサラを大事にして幸せにしてくれる事をただ祈るだけだった。

 

 そしてケントは婚約祝いに自分で作ったオルゴールをサラに贈った。

 それはまるで鶏の卵のようなかわいい楕円形をしていて、三脚の上に乗っていた。天辺の小さなボタンを押すと、卵の上半分がパカッと割れてかわいい雛が現れて、小さな羽をパタパタさせ、音楽が流れる。そう、からくり仕立てのオルゴールだった。

 

 流れてくるメロディは、ケントとサラが幼い頃によく口ずさんでいた童謡だ。いつも仲の良い二羽の小鳥が、狭い鳥籠の中で歌を歌う……大きくなったら一緒に遠い花畑まで飛んで行こうね……と。

 

 サラはそのオルゴール受け取って、そのメロディーを聞いた時、声を出さないように片手で口元を押さえて泣いた……

 

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 

 しかし結局ケントのその願いは叶わなかった。

 

 バネットはハリスツイードとサラが婚約するように自分で仕向けておきながら、更にサラを苦しめる為に、彼を誘惑したのだ。

 

「貴方の事が好きだったのに、サラと婚約して悲しい」

 

 バネットはこう嘘を言ってハリスツイードに泣きついたのだ。その上、

 

「私の気持ちを知りながら、サラは強引にハリスツイードとの婚約話を進めたのよ」

 

 と嘘を重ねた。


 

 バネットは三人の幼馴染みの思いを知りながら、それを踏み躙ったのだ。

 

 ケントとマノンと執事の話を聞いた警官は、ハリスツイードとバネットに不審の目を向けた。

 

「詰所の方にご同行願います。そちらのお嬢さんも」

 

「えっ?」

 

「私は嫌よ。私は関係ないわ」

 

「関係ないかどうかはこちらが判断します。あなたがこちらの方を奪う為に、邪魔な婚約者を殺そうと火を着けたかもしれないし、彼の方が浮気相手と結婚したいがために、邪魔な婚約者を殺そうとしたのかもしれない。はたまた二人の共同正犯(きょうどうせいはん)かもしれない……」

 

 警官の言葉に二人は驚いて目を剥いた。放火殺人は火あぶりの刑に処せられるのだ。冗談ではない! 

 

「僕は放火なんかしていない! そんな事するわけないじゃないか! 子爵家の次男の僕がいずれ伯爵になれるんだぞ! それなのに自らそれを棒に振るわけないだろう!」

 

 ハリスツイードがこう叫ぶと、ケントもこう叫んだ。

 

「お前は本気でサラと結婚する気があったと言うのか? それなら何故バネットと浮気したんだ!」

 

「政略結婚なんだから浮気くらい当然だろう! 結婚と恋愛は別物だ! 僕はバネットを愛しているんだ。それの何処が悪い。サラだって別に恋人がいるんだから構わないだろう!」

 

「サラが浮気? サラに恋人がいたっていうのか? 一体それは誰だ? それは誰に聞いたんだ? サラ本人がそう言ったのか?」

 

「ケント様、サラお嬢様は浮気などしていません。何処かの尻軽女と違って、口付けさえまだ誰ともなさった事がないんですから」

 

 ケントの問に最初に答えたのは、サラの側に常に仕えている侍女のマノンだ。するとハリスツイードは真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「そんなこと誰が信じるもんか! バネットが言っていたぞ。サラは清楚でおとなしい振りをしているが、実は男好きな遊び人だと」

 

「ですから、サラお嬢様はまともなドレスもお持ちになっていないのですよ。それなのにどうやって男漁りが出来るのですか? 

 しかもお小遣いも持っていらっしゃいませんでしたので、滅多に外へはお出かけにならなかったというのに。

 大体学院から真っ直ぐ戻られてから、ずっと我々と共に家の仕事をされていたお嬢様に、男遊びなどをしている暇があるわけないでしょう!

 しかもそんな忙しい中、僅かな時間を見つけては、使用人や教会の子供達に勉強を教えていらっしゃったんですよ。

 サラお嬢様は、どこぞの、暇で金持ちのご令嬢とは違うのですよ!」

 

 ずっと冷静を保っていた執事も、さすがに怒りを抑え切れず、強い口調でこう言った。するとハリスツイードは呆然とバネットの方を見た。

 

「君は僕にずっと嘘をついていたのか? 僕をサラから奪う為にそんな嘘をついたのか? だからサラが邪魔でこの屋敷に火を付けたのか? そういえば君は、夕べ約束の時間から一時間も遅れてホテルに来たよね。まさか君が……?」

 

 周りを囲むように集まっていた人々が、一斉にバネットを見た。彼女は怒りのせいで、赤かった顔をこんどは黒く変色させながらこう喚いた。

 

「うぬぼれないでよ。たかが子爵家の冴えない次男を奪う為に、この私が放火なんてする訳ないでしょう!

 ただサラに嫌がらせをしたかっただけよ。子供の頃から意地悪してもやり返してくる事もせず、親に虐げられてもじっと堪えて聖女ぶっているところが大嫌いだったのよ! だけど殺したいと思うほど憎んでいた訳じゃないわ!

 それに、私は昨日はホテルに行く直前までキャンベラ候爵様とご一緒だったのだから、ここへ来る事なんて出来なかったわ」

 

 キャンベラ候爵とは、アンダーソン家とバトル家の縁を繋げた人物で、六十はとうに超えている人物だ。

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

 辺りはシーンとなった。

 警官は深い溜息をつくと、近くにいた若い警官を数人呼び、もっと詳しく話を伺いたいので詰所まで来て下さいと言って、ハリスツイードとバネットを連行するように命じた。

 

 そしてそれからしばらくして野次馬達がぞろぞろ帰って行った後で、警官が徐に執事にこう尋ねた。

 

「夕べ、この屋敷で一体何があったのですか? 貴方は本当はご存知なのではないですか?」

 

 すると執事は頷いた。そして侍女のマノンと共に、昨夜何があったのかを話し始めた。それを警官と一緒に聞いたケントとバトル子爵夫妻は息を呑んだ。

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 

 最初に執事が述べたように、アンダーソン伯爵にハリスツイードを呼んで来るように命じられた彼は、サラの部屋を訪れた。しかし既にハリスツイードはこっそりと屋敷から去った後だった。

 これはまずいと執事は思った。(あるじ)は自分の娘に淑女としての身嗜みを揃えてやりもしないくせに、婚約者であるハリスツイードと上手くやれとサラに命じていたからだ。

 たとえ体に傷がある娘だろうが、結婚させてしまえば簡単に離婚はされない。爵位はこちらの方が上なのだからと彼は思っているのだ。

 しかし、娘と婚約者がうまくいっていないとわかったら、きっと腹を立てて彼女に暴力を振るうに違いない。特に今日はもう既に酒をしこたま飲んでいる。

 

 執事は侍女のマノンにサラを採掘場跡へ避難させるようにと指示した。彼は前々からそこがお嬢様の隠れ場所だという事は知っていたのだ。迷路のようなあの場所なら、(あるじ)がいかに怒り狂っても見つけられないだろうと思った。

 

 そしてサラ達が屋敷を出たのを確認してから、(あるじ)の書斎へ戻って真実を告げた。すると案の定彼は怒りを表した。

 ところが何故か彼はその日に限って、執事の想像とは違う方向へ怒りを向けたのであった。そう、娘にではなくその婚約者であるハリスツイードへ……

 

「間もなく義父(ちち)になる私に挨拶もなく帰ったと? しかも、晩餐からそう時間も経っていないというのにか? 

 何をしにあの者はここへ来たのだ…… タダ飯を食うためか? 我が家を馬鹿にしてる。たかだか子爵家の息子のくせに。家が少々小金を稼いでいると思っていい気になりおって」

 

「旦那様、どうなさったのですか、ハリスツイード様をそのようにおっしゃるなんて」

 

「くそっ! 今日城の会合で知人達にさんざん笑われたぞ。なんでバトル子爵の次男なんて凡人をサラの婿に選んだんだと。どうもサラは世間では評判がいいらしい。社交界にも出しとらんのに。

 同じ幼馴染みならジェフリー男爵家の末っ子、ケントにしておけば将来は安泰だったろうにと異口同音に言われた。

 あの男は天才で、学生の今でさえたくさんの特許をとって儲けているのだから、そのうちに間違いなく金のなる木になるだろう。それなのにお前は見る目がないなと。

 なんでもケントの奴が発明した音玉(おとだま)というからくりは、人の言葉や歌声を記憶させて、後で聞き直す事が出来るらしくて、王女様がお気に入りらしい。高位貴族達がご婦人達の贈り物に欲しいと予約が殺到しているらしいぞ。

 しかし、あんなもっさりした見かけの男が天才だなんて誰が思うか! みんな好き勝手な事をいいやがって! ふざけやがって!」

 

『この屋敷の使用人達は皆とっくにその事に気付いていましたけどね。私だってそれとなく、ケント様の情報はお伝えしてきたつもりなのですが、貴方が聞く耳を、見る目をお持ちにならなかっただけですよ』

 

 執事は心の中でこう思った。すると、今度は同席していた夫人の方がこんな事を言い出した。

 

「旦那様、今からでもまだ遅くはありませんわ! 式は挙げていないのですもの。こんな時間にコソコソ出て行くなんてきっと女の所ですよ。浮気ですよ。あちらの有責で婚約破棄出来ますわ。あんな男はさっさと捨てて、ジェフリー男爵家の息子を婿にしましょう。伯爵家の申し込みを断れるわけがないのですから」

 

「それもそうだな。あいつが自分の子爵家に戻ってきているかどうか、私自身で確かめてやる。もし、留守だったらその場で婚約破棄して慰謝料をぶんどってやる!」

 

 アンダーソン伯爵はそう言って立ち上がった。しかしその時、バンッと勢いよく机の上に置いたグラスが倒れて、その中身が散らばっていた書類の上に溢れた。しかもその液体はアルコール度数のかなり高い酒だった。

『まずい!』

 執事がそう思った瞬間、(あるじ)は酔いが回っていたのか、ふらついて燭台を倒した。

 

 瞬く間に机の上に火が付き、あっという間に燃え上がった炎がアンダーソン夫妻を包み、絶叫が上った。

 少し離れていたために難を逃れた執事と、近くに待機していた使用人の男が、直様、続きの寝室から数枚の毛布を持ってきて、机と、床に転がってのたうち回る(あるじ)夫妻に覆い被せた。そうして一旦火を消し止めて彼らを外へ連れ出し、大声で家人に火事を知らせた。

 

 しかし、書斎はあまりにも燃えやすい物が多過ぎた。知らせを聞いた使用人達がバケツに水を汲んで書斎に集まってきた時には、既に部屋の中は激しい炎と煙が充満していて、手の施しようがなかった。

 

「バケツの水を頭からかぶって、急いで逃げろ!」

 

 執事の適切な指示で、屋敷の者は全員無事に外へ脱出する事が出来たのだった。

 

 執事の話にケントはただ呆然としていたが、少し間を置いてから、震える声で呟いた。

 

「それじゃあ、サラは無事なんだな? 岩窟の中に居るんだな?」

 

「はい。火事に気が付いて、私はこちらへ向かいましたが、お嬢様には決して外へ出ないで下さいと言っておきましたから」

 

 マノンはこう言ったが、あの火事の煙は凄かった。岩窟の中に煙が入ったら、煙を吸い込んで危険ではないのか! ホッとしたのも束の間で、ケントは再び青褪めた。

 しかし、マノンは平然としていた。

 

「あの秘密の部屋なら通路からは密閉されているので煙は入らないと思います。それに裏側の川に面した壁には穴も開いていて、換気も問題ないと思いますし……」

 

 ケントはマノンの先導のもと、執事や警官と共に岩窟の中に入り、迷路のようになったトンネルを進んで行き、行き止まりで皆が足を止めた時だった。

 どこからか音が聞こえてきた。皆は耳を澄まして音源を探した。しかしマノンが足元の岩の扉を押し開けると、そこから朝日と共に、聞き覚えのあるメロディーが流れ込んできた。

 

 ……大きくなったら一緒に遠い花畑まで飛んで行こうね……

 

 ケントが婚約祝いにサラに贈ったオルゴールの音色だった。

 

 

 ケントがマノンに続いて秘密部屋に入ると、そこには宝箱と上部の開いたエッグ形のオルゴール、そしてまん丸の虹色の音玉(おとだま)を両腕で抱き込むようにして、サラが横たわっていた。

 

 ケントが慌てて駆け寄ると、サラの寝息が聞こえてきて、ホッと力が抜けてしゃがみ込んだ。そして脈をとろうとサラの手首に触れようとして、ケントの指先が音玉(おとだま)に微かに触れた。すると音玉(おとだま)が作動した。

 

「ケント、愛しています。

 私は貴方と一緒に空を飛びたいです。ようやく覚悟が出来ました。遅過ぎたかもしれないけれど……

 お願い、どうか私を外へ連れて行って……」

 

 

 助け出されたアンダーソン伯爵夫妻は、二人揃って全身に大火傷を負ったが、一命はとりとめた。しかし、彼らが国の法で定められた量以上の石炭を岩窟に保管していた事が判明して、医療刑務所へ送られた。

 あの岩窟、しかも入口近くに、もう一つ秘密部屋があった事に、サラとマノンは驚いた。そして火が燃え移らずに済んで良かったと、心底思った。

 

 執事達が主人を助けたのは、きちんと罪を償って欲しかったから。そして簡単に死なせるよりも、生き残った方が何十倍も苦しいとわかっていたので。後に、ケントは使用人達と神に暴言を謝罪して感謝した。

 

 ハリスツイードは家の商売を手伝う予定になっていたが、簡単に人に騙されているようでは商売人には向かないと、狭い田舎の領地の管理人の見習いになって、婚約解消となったサラへの慰謝料を支払った。

 

 バネットはスキャンダルが広まった上に、候爵を巻き込んだ事で怒りをかい、一番戒律の厳しい修道院に送られた。

 ノートン男爵家は候爵家とサラへ慰謝料で傾きかけたが、その後暫くして逞しく復活した。

 

 そしてサラは家が取り潰しになった事で平民になって、やはり三男で爵位のないケントと幸せな結婚した。

 彼女は平民の生活に満足していたが、間もなくケントが様々な発明品を生み出した事で男爵位を授与されたので、男爵夫人となった。ただし、領地を持たない男爵だったので、彼女は夫と共に平民と変わらない生活を楽しみ、三人のかわいい子供に恵まれた。

 

 ケントは自分の発明品を制作する製作所を造り、かつてアンダーソン伯爵家で働いていた執事やマノン、その他の使用人達をその工場(こうば)で雇った。

 彼らは全員優秀で信頼出来る人達だったので、製作所はすぐに軌道に乗り、やがて国一番の工場(こうじょう)となって多くの雇用を生み、地域にも貢献した。

 

 ちなみに、以前ノートン男爵家で働いていた一人の使用人がくびになって、ケントの工場で雇ってもらおうとしたが、不採用になった。

 その理由は人を裏切るような信用出来ない人間は採用出来ない、というものだった。彼はそれを元上司だった男に言われ、ガックリと肩を落として立ち去ったという。


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[気になる点]  ネックレスは洋服の上からもつけられるし、バレットもハーフアップなら(うなじ?の)傷を見せずに付けられたのでは?  私は17世紀当時の常識を知っているわけではないので、的外れな意見だっ…
[良い点] 終盤までサラがどうなってしまうのか分からない緊張感があり、手に汗をかきながら読み進めました。 タイトルに上がっている三つのアイテムも作品にうまく溶け込み、ものの見事に感情を揺さぶられます。…
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