02 乾杯ゲーム
02 乾杯ゲーム
新校長の新任の挨拶は、一転して『乾杯ゲーム』の会場と化す。
「んじゃあ、ゲームを始めるよ!
呼ばれたクラスはステージの上にあがって、ジュースの入ったグラスを取ってね!
いちばん最初はぁ、んー、そうだなぁ、ラッキーナンバーである7!
1年7組の子たち、ステージへあがってね! ねっ!」
1年7組は上級商人のみで構成されたクラスで、『豪商連合』とも呼ばれている。
全校生徒のなかでも、ひときわ身なりのいい生徒たちが登壇した。
彼らは血のような赤い液体の入ったグラスを取ると、なんのためらないもなく天に掲げ、
「俺たちはこれまであった1ヶ月のことを、特にゴミ野郎がしでかしてきた悪事をぜんぶ忘れまーっす!
かんぱーいっ!」
最高の瞬間を祝うようにグラスを打ち鳴らし、一気にあけた。
喉を鳴らし終えた彼らの顔は、憑きものが取れたようにスッキリとしている。
「ああっ、このゲーム、キミたちの勝ちだぁ! ほら、賞金をあげる!」
カケルクンはわざとらしい「まいった」のポーズを取ったあと、黄金のタキシードの懐に手を突っ込む。
再び取りだした手を、パッ! と花を咲かせるように開いた。
カケルクン 100億 ⇒ 99億
次の瞬間、彼の手から光の紙幣が吹雪のように飛び出し、1年7組の生徒たちの身体に吸い込まれていった。
ステージに併設されていたランキングボードが更新される。
1位 1年7組 105,201,900¥
2位 特別養成学級 101,200,000¥
……ガタン! と更新された数値に、まるで悪魔が倒された瞬間のような歓声が沸き起こる。
「うおおおっ! 見ろよ、アレ!」
「ついにあのゴミ野郎が、ランクダウンしたぞ!」
「ざまあみやがれっ! やったやった! やったーっ!」
それから、次々と各クラスがステージにあがり、聞くに堪えない乾杯の音頭を繰り広げた。
「校長先生ありがとう! あのゴミが見せる幻覚のおかげで、ずっと寝不足だったんです! かんぱーいっ!」
「これで、正しい者が正しく評価される学園になりますね! ゴミはゴミ捨て場に! かんぱーいっ!」
「我らのアケミ様もきっと、これで正気に戻ってくださると思います! かんぱーいっ!」
グラスが打ち鳴らされ、資産ランキングボードが更新される。
『特別養成学級』の名前が沈んでいくたびに、観客の男子生徒たちは後ろを向いて、聞こえよがしに言った。
「あのゴミの顔、ケッサクだぜ!」
「ああ、へこみきってやがる! いい気味だ!」
「もうお前みたいなゴミに、デカいつらはさせねぇからな!」
レオピンはたしかに落胆していた。
それは自分の資産ランキングが低下していたからではない。
――ここ1ヶ月の記憶が無くなるってことは……。
いままで撃退したヤツらが、またチョッカイを出してくるってことか……?
それに俺の家は最近になってやっと、罠や眷獣たちの存在が広まって、静かに暮らせるようになってきたってのに……。
それらもぜんぶリセットされちまうってことは……。
うわあっ、めんどくせーっ!
そしてついに、あのクラスの番がやってきた。
「そんじゃあねぇ、次はみんな大好き1年19組! ステージにあがってね! ねっ!」
すると、ステージ下の生徒たちは自然と道をあける。
割れた海のような人垣の向こうには、和装の美少女軍団。
男でなくても見惚れるほどの彼女たち、その先頭にいる黒髪の少女が、凜とした声を響かせた。
「お断りするのでございます。わたくしどもは、乾杯をいたしません」
道を開けていた生徒たちが「ええっ!?」と驚く。
しかしカケルクンは余裕しゃくしゃくの様子だった。
「えーっ、そうなの? それじゃあ仕方ないなー!
他に乾杯したくないっていうクラスはいるかな? かな?」
すると、一部の生徒たちから挙手がおこる。
「よーし、それじゃあそのクラスは、みーんなステージにあがってもらえるかな?
無理やり乾杯させたりしないから安心して! だってこれはゲームだもんね! ね!」
登壇したのは、モナカの1年2組、アケミの1年6組、クルミの1年16組、コトネの1年19組。
大半が女生徒で構成されているクラスであった。
少女たちの顔や身体を、カケルクンは値踏みするようにジロジロと見ている。
「わぁ! みんなすっごくカワイイね! 僕のお嫁さんにしてあげてもいいかなぁ! かなっ!」
少女たちの代表のようにカケルクンと向かいあっていたコトネが、ノータイムで答えた。
「お断りするのでございます。それよりも、わたくしたちを登壇させた理由をお教えください」
「それはもちろん、乾杯してもらうために決まってるじゃないか!
おおっと、キミの言いたいことは、この僕にはわかってるから安心して! してして!」
カケルクンはわずかにうつむき、陰のある笑みを浮かべる。
――フン! それで僕を困らせてるつもりかよっ!
この、強欲女がっ! お前の考えはわかってるんだよ!
乾杯してほしけりゃ、もっと寄越せって言うんだろ!
でも相手が悪かったな! 僕は『ギャンブラー』なんだ……!
この手の強欲女は、仔犬を躾けるよりも簡単さ……!
見える、見えるよぉ……!
このあとの僕の言葉に、この強欲女どもが恐れおののく顔が……!
顔をあげたカケルクンは、もったいつけるように鼻を鳴らす。
「ふふん、ようするに欲しいんでしょ!? もっとお金が! なら、あげちゃおっかなぁ~!」
絶対的な自信をたたえながら、コトネにVサインを指をつきつける。
「どどーんっと、2億っ!」
ポカンとするコトネに、カケルクンは勝利を確信した。
――どうだっ! まさか、倍プッシュしてくるとは思わなかっただろう!
あ~あ、あっさり立場が逆転しちゃった!
さあて、ギャンブラー流の躾けといくか!
跪かせるだけじゃなくて、見せしめのために泣かせちゃおっかなぁ~?
この女どもが、二度と僕に逆らえないようにしておかないとね! ねっ!
すでに1億を受け取ったステージ下の生徒たちが、ざわめきはじめる。
「ええっ!? に、2億だって!?」
「なんだよ、ダダこねたら倍になるなんて、聞いてねぇぞっ!?」
「そうか! これはそういうゲームだったのか!」
「チクショウ、やられた! そこに気付くだなんて、さすがコトネ様だ!」
「ああ! まんまと倍額をせしめるだなんて、すげぇなぁ!」
「でもそうでもないみたいだぜ! 見ろよ、コトネ様たちのお顔を!
驚きすぎて、キョトーンとしてやがる!」
「そうりゃそうだろ! いきなり2億だなんて言われたら、誰だってああなるさ!」
「さすが校長! 相手の吊り上げ要求を逆に利用して、カウンターパンチを浴びせるだなんて!」
「もうコトネ様は、すっかり校長に飲み込まれちまったようだ!
どうやら、相手が悪かったみたいだなぁ!」
下馬評にすっかり気を良くしたカケルクンは、最後の仕上げに入る。
「あ~あ、どうやら乾杯する気になったみたいだね!
でも、ザーンネン! キミたちはもう拒否しちゃったもんね!
それを取り消したければ、ちゃーんとお願いしようねぇ!
跪いて、『乾杯させてください!』って言ってみて! みてみて!」
するとコトネはハッと我に返る。
カケルクンを、まるでよその惑星からやって来たエイリアンでも見るかように、引き気味で言った。
「あ、あの……? 校長先生様は先ほどから、なにをおっしゃっているのですか?
わたくしたちはずっと、乾杯を拒否しているのですが……?」
コトネはまったく分かっていないようだったので、同じステージにいたアケミが言い添える。
「うふん、校長はお金を吊り上げれば、私たちが乾杯すると思ってるのよ。
それどころか、レオピンくんの記憶を喜んで手放すと思ってるみたいね」
すると世間知らずコンビのコトネとモナカは、「「ええっ!?」」と声を揃えた。
そして大切なものを穢されたかのように、キッとカケルクンを睨み付ける。
「校長先生様! いくらお金をつまれても、わたくしたちは絶対に乾杯はいたしませんっ!
お師匠様の偉大なる記憶を手放すくらいであれば、舌を噛んで命を絶つ所存でございます!」
「はい! 絶対に嫌ですっ! やっとレオくんと再会できたのですから!
レオくんと過ごした思い出は、なにものにも代えがたい……!
わたしはレオくんのいなかった何年間よりも、レオくんと過ごした1ヶ月のほうが、ずっとずっと幸せでしたっ!」
そしてステージは少女たちの、レオピン合唱団と化す。
少女たちは校長を取り囲んで、如何にレオピンが素晴らしいかを雄弁に語りはじめた。
カケルクンは鏡に囲まれたガマガエルのように、脂汗が止まらなくなっている。
最後にアケミがボソッとトドメを刺した。
「あはぁ、ゲームとお金でしか人の心を繋ぎ止められないだなんて、可哀想なひと……」
「はっ……はっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
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