95 真のヒーローは
95 真のヒーローは
校長と教頭が犯罪者として捕まったとき、俺の両手は花でいっぱいだった。
胸の中ですんすん泣く、モナカとコトネの頭を撫でていたんだ。
「まったく、モナカの泣き虫っぷりが、すっかりコトネにも伝染っちまったようだな」
「ううっ、わたし、泣き虫じゃありませぇん」えぐえぐ言うモナカ。
コトネは泣き笑いの表情を浮かべていた。
「わたくしは幼い頃から、どんなときでも毅然としていなさい、と躾けられたのでございます。
わたくしはそれを守りつづけていたのですが、お師匠様に仕えるようになってからは、そうではなくなったのでございます。
お師匠様のことを考えるだけで、頬がゆるみ、また胸が締め付けられるようになってしまいました。
でも、モナカ様はそれでよいのだと、わたくしにおっしゃってくださったのです。
それからはもう、自分を偽るのはやめにしたのでございます」
そしてぎこちなく「えへっ」と笑う。
まるで、モナカの真似をするかのように。
「それに、お師匠様にこうして愛でていただけるのであれば……涙も悪くはないのでございます……」
サッと恥ずかしそうに顔を伏せるコトネ。
まるで息のあった双子のように、今度はモナカが顔をあげた。
なにか言い出すのかと思ったが、しばらくモゴモゴ口ごもったあと、
「あ、あの、レオくん……。
わたしたちはレオくんの言いつけを守って、ちゃんと居住区で大人しくしていました。
ですから、その……『特別なご褒美』を、いただけませんか?」
俺は軽い気持ちで答えた。
「特別なご褒美? いいよ、なにが欲しいんだ?」
気付くと、コトネも顔をあげていた。
「いいえ、お師匠様。わたしたちが、お師匠様に差し上げたいのです……」
「お前たちへのご褒美なのに、俺が貰えるのか? それって変じゃ……」
思わず言葉に詰まる。
モナカもコトネも、うるうるが止まらない瞳で、俺のことをじーっと俺を見つめていたから。
その後ろにいる取り巻きたちは、厳しい瞳で俺を睨んでいる。
なんだかまるで、断ったら人でなしみたいな雰囲気になってきた。
「な……なんかあべこべな気もするけど、まあいいや。
スレイブチケットとかでなければ、なんでも貰って……」
俺はまたしても言葉に詰まる。
頬に、ひらひらと降ってきた花びらがくっついたような感触に、挟み込まれていたから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時間は少し戻り、居住区のステージ。
ヴァイスは大歓声に包まれていた。
「ヴァイス様がまさか、校長と教頭の悪だくみを見抜いていたとはなぁ!」
「そりゃそうだろ、だって賢者様だぜ! 俺たちには及びもつかない天才なんだ!」
「ありがとうございます! ヴァイスさまーっ!」
「ああん、ヴァイスさまーっ! すてきーっ! 一生ついていきまぁーっす!」
悪徳コンビを断罪したことで、ヴァイスはすっかり全校のヒーローとなっていた。
「1年20組のクラスのランクは下がってるけど、クラスメイトが悪いってのは本当だったんだな!」
「当然だろ! 他のヤツらがヴァイス様の足を引っ張ってたんだ!」
1年20組のメンツは非難の視線を向けられ、居心地が悪そうにしている。
モンスーンは怒鳴り返していたが、多勢に無勢、その声は完全にかき消されていた。
ヴァイスはステージという名の高みから、下々の生徒を眺めまわしている。
その表情に、かつての没落は微塵も残っていない。
失敗や挫折など一度も味わったことがないような、完全無欠の微笑みを浮かべている。
――やはり、僕は天才だ……!
校長と教頭に仕返しをしただけでなく、ふたりを踏み台にして、元の信頼を取り戻してみせた……!
今回の作戦は、成功と失敗、どちらに転んでも良かったのだ……!
先代の校長と教頭がレオピンを抹殺できれば、そのふたりに大いなる恩が売れていた……!
もし抹殺できなかった場合は、僕の手で先代どもを抹殺し……。
新任の校長に、手柄をアピールするっ……!
僕が今回の一件の立役者ということがわかれば、新任の校長も僕を高く評価するはずだ……!
そして新任の校長の力を得て、僕は、僕は……!
レオピンに、天誅を下すっ……!
ヤツには抹殺すら、生ぬるいっ……!
いかめしい顔になっていると気付いたヴァイスは、慌てて表情を取り繕う。
そして、サッと手を上げた。
それだけで、観衆は飼い慣らされたペットのように、ピタリと静まり返る。
「今日は最初の悪が潰えた記念すべき日だ。この僕からみんなに、特別なご褒美をあげよう」
「おおっ!?」と歓声がおこる。
「この僕の頬に、キッスできる権利だ……!」
そのあとの反応はまっぷたつ。
「きゃーっ!?」と黄色い悲鳴と、「なんだ……」と灰色の落胆。
「今回は抽選で、2人にキッスする権利をあげよう。さあ、我こそはと思うレディはいるかな?」
すると、その場にいた大半の女生徒が「はーいっ!」と挙手をした。
キャルルは腕組みをしたまま「バカみたい」と毒づいている。
ヴァイスは真っ先に、あるふたりの少女を探した。
しかし、見当たらない。
――あのふたりは特に清廉で慎ましいからな。
きっと僕へのキッスを想像しただけで、恥ずかしくてここにはいられなくなったのだろう。
まあ、いい。あのふたりは僕にとってはメインディッシュだ。
楽しみというのは、最後までとっておくほうがいい。
それに僕の輝かしいモテ男の歴史は、これから先も未来永劫に続くんだ。
ここはひとつ前菜以下の女どもで、ガマンするとするか……。
そしてヴァイスは、適当に女生徒を指名する。
選ばれた少女たちは、ふたりとも「キャーッ!?」と狂喜していた。
まるでオーディションのグランプリに選ばれたような、立っているのもやっとの足取りで、ステージへとあがってくる。
ヴァイスはその腰に手を回し、夢見心地の少女たちを抱き寄せ、祝福のキッスを受け……。
る直前、下々の者たちがざわめきはじめた。
「おっ、おい……見ろよ、アレ……」
「ま、マジかよっ!? ふたりにキッスされるだなんて……!?」
「うっ、ウソだろっ!? いやいやいや、いくらなんでもありえねえっ!?」
ヴァイスは内心、あざ笑う。
――フッ、いまさらなにを驚いているのやら。
天才であり、スポーツマンであり、イケメンであるこの僕が……。
無職のゴミなど足元にも及ばない、賢者のこの僕が……。
ふたりの女生徒とキッスすることなど、なんら珍しくはないことだというのに……。
これだから、愚民どもは……!
しかし唇が頬に触れる直前、ヴァイスは気付いた。
誰ももう、自分を見ていないことに。
観客たちの羨望のまなざしは、その上空に向けられていることに……!
「ま、まさかっ!? どけっ、このブスどもっ!」
女生徒たちを乱暴に振り払い、天を仰ぐヴァイス。
そこには、なんと……!
水晶板に、真正面でドアップになった、レオピンの顔……。
そしてその頬に唇を寄せる、あの美少女たちの横顔が……!
賢者は愚者のように叫んでいた。
「うっ……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
レオピィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つでも大変ありがたいです!
ブックマークもいただけると、さらなる執筆の励みとなりますので、どうかよろしくお願いいたします!














