94 歪んだ裁き
94 歪んだ裁き
壮大なる生演奏とともにステージに現れたのは、賢者のヴァイスであった。
彼はレオピンにチョッカイを出してからというもの、転落の一途を辿る。
クラスメイトからも見放され、初期装備である賢者のローブはボロボロになり、メガネはヒビ割れ、髪はボサボサに。
その様はまるで、スラムの住人のように落ちぶれきっていたのだが……。
今の彼は、不死鳥のようにまばゆいローブをまとっている。
ステージの中央に歩み出るなり、羽ばたくようにローブを翻し、芝居がかった動作でサラサラの髪をかき上げた。
そして新品のレンズが入ったメガネをクイとなおす。
その指を、ステージの端で身を寄せ合っているふたり組に、ビシッと向けた。
「ネコドラン、イエスマン! 貴様らの悪行など、賢者の僕にはとっくの昔にお見通しだった!
でも決定的瞬間をとらえるために、あえて泳がしていたのだ!」
……ドジャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
大音響を奏でる楽団。
ふたり組は頬を寄せ合ったまま、目をパチクリさせている。
「これ……これは、いったいどういうことなのであるか?」
「今回の作戦をわたくしどもに提案したのは、ヴァイスくん……キミだったざます……」
ヴァイスはフッと肩をすくめる。
「やれやれ、この期に及んでこの僕に罪をなすりつけようとは、どこまでも見下げはてた連中だな」
途端、ネコドランとイエスマンの顔が、火を付けられたように赤くなった。
「ま、まさかキミは、校長である我輩を罠に……!?」
「ノーッ! 生徒のくせに、教頭のわたくしめを騙すだなんて、とんでもないワルガキざますっ!」
ふたり組は、「「うがーっ!」」と脊髄反射のようにヴァイスに掴みかかろうとする。
しかし楽団の先頭で指揮をとっていた長身の女性が、その間に割って入った。
そして、強烈な一撃が放たれた。
……ドグワッ……シャァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
白いフリルスカートをめくりあげながら、華麗に宙を舞うふともも。
顔面に、モロに膝蹴りを受けてしまったネコドランとイエスマン。
「「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
鼻をひん曲げながら、ゴロゴロと後ろに転がった。
「い、いきなりなにをするであるかっ!?」
「そ、そうざます! お前はいったい何者ざますかっ!?」
膝蹴りを食らわせた女性は、もはや答える必要もないとばかりに、目深に被っていた帽子に手をかける。
王国のマーチングバンドが被っている、エンブレム入りのそれを、サッと脱ぎ捨てた。
「お、お前は!? あ、いや、あなたはっ!?」
「きょ……教育委員会の……!?」
そう、ネコドランとイエスマンに、3ランクダウンを伝えた使者であった。
彼女は髪の毛をサッとまとめあげ、いつもの秘書のようなスタイルに戻る。
そして、冷徹に言葉を放つ。
「ネコドラン教諭、イエスマン教諭、あなたがたの企みは、こちらのヴァイスくんがすべて教えてくれました。
あなたがたは校長と教頭の役職を降ろされたというのに、なおもその権力にしがみつき、学園を混乱に陥れようとした……。
しかも外部からの邪魔が入らないように、『転移の魔法陣』を封印するとは……」
傍らにいたヴァイスが、すかさず言い添える。
「賢者である僕の天才的な知能で封印を解除したから良かったものの、僕がいなかったら大変なことになっていたでしょうね」
ネコドランとイエスマンは、我を忘れて言い返した。
「貴様、なにを言っているか! 貴様が魔法陣を封印せよと、我輩たちに言ったのではないか!」
「そうざます! どうりでわたくしめが封印するところにもそばにいて、封印の方法を見ていたざます!
だからあっさり解除できたんざましょ!?」
「それだけではない! 非常事態宣言も、不渇の範囲魔法のかけなおしも、池の埋め立ても、川のせき止めも、ぜんぶぜんぶ……!」
「なにもかもすべて、ヴァイスくんがそそのかしたざます! 学園の中庭で、悪魔のようにささやいてきたざます!」
しかし、ヴァイスは気にも止めていない。
「どうですか、今の気分は?」
「「はっ?」」
「僕も以前、あなた方から悪魔のささやきを受けたことがあります。
僕以外の生徒たちがまだ未熟であるに関わらず、彼らを使って拠点を作れ、とね。
それは彼らのせいで失敗しましたが、あなたたちはその責任をすべて僕に押しつけた。
もちろん僕は抗議しましたが、あなた方は聞く耳を持たなかった。
その時の気分を、いまあなた方は味わっているというわけです」
「「ぐぬっ……!」」
「僕はね、やられたことは倍にして返すんですよ。もちろん処罰も倍にしてお返しさせていただきます」
うやうやしい一礼とともに、ヴァイスは一歩下がる。
そして、教育委員会の使者が一歩前に出た。
「ネコドラン、ならびにイエスマンに、今回の処分を言い渡します」
「「ひぎいっ!?」」と縮み上がるふたり。
まるで魔女に睨まれた幼い兄弟のように、お互いを離すものかとしっかりと抱きあっている。
「教育者という立場でありながら、持たざる権力を振りかざし、学園の秩序を乱した罪は非常に重い。
それが『王立開拓学園』ともなれば、王国への反逆とみなされます」
裁判官の木槌のように、ダン! とヒールが踏みしめられる。
「よって内乱罪として、お前たちを逮捕する!
首謀者は長期の強制労働、沙汰によっては終身刑となるであろう!」
途端、兄弟は赤の他人を通り越し、敵となった。
「しゅっ、首謀者はこっち! こっちなのである! 我輩は、この男に言われて仕方がなく……!」
「きええっ!? このハゲデブっ、なにを抜かすざますか!? 従わないとハゲを伝染すと脅してきたクセにっ!」
「にぎゃっ!? 貴様っ、もうガマンならんのである!
普段から、言葉の端々で我輩をディスりおって! ずっと追い出してやりたかったのである!」
「きええっ!? それはこっちのセリフざます!
顔から腐った脂を出す以外に取り柄がないクセして、いばりくさって! ずっと蹴落としてやりたかったざますっ!」
「にぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「きぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
お互いの憎悪が頂点にまで達したふたりは、ついに取っ組み合いのケンカを始める。
「「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!」」
ネコドランとイエスマン、合わせてネコマンは、楽団に扮した教育委員会のメンバーの手によって捕縛。
掴み合った状態のままで、縄でグルグル巻きにされる。
羽根をむしられる怪鳥と、毛を刈り取られるデブ猫のような絶叫のハーモニーを響かせながら、檻つきの馬車で連行されていった。














