93 最後に訪れたもの
93 最後に訪れたもの
俺たちは濁流に流されないように、箱舟にしっかりとしがみつく。
流れが落ち着いてきたところで這い上がり、カラッポの力を振り絞って、他の動物たちを引っ張り上げた。
多少ケガした動物はいたものの、誰も欠けることなく箱舟に乗船。
俺は精魂尽き果て、舟のなかで大の字になってひっくり返った。
「さ、さすがに、疲れた……!」
波しぶきが雨のように降り注ぐ。
口に入ったとたん、ヒビ割れた大地に染み込むように消えた。
「う、うめぇ……! 水って、こんなにうまいものだったのか……!」
動物たちも大喜び。
舟の中を駆け回り、転がり回り、恵みの雨を全身で堪能していた。
ばしゃっ! とマークに水をぶっかけられ、俺は飛び起きる。
「うわっぷ!? や……やったな!? このーっ!」
水浸しになった舟のなかで、俺たちは水をかけあって遊んだ。
肉食動物も草食動物も、みんながいっしょになってはしゃぎまくる。
せき止められていた本流が流れを取り戻し、干上がった支流に水が戻っていく。
それはまるで、毛細血管に血が行き渡るような光景。
しおれていた葉は輝きを取り戻し、俯いていた花は空に向かって花開く。
血を取り戻した『森』という名の大きな生きものが、息を吹き返していく。
俺は動物たちに指示し、体重移動で舟の向きを変え、支流に移る。
舟はあっという間に7日間もの旅路をすっとばし、俺の家の近くまで運んでくれた。
しかもそれだけじゃない。
俺の家の近くにあった、大昔の支流までもが復活。
箱舟は窪地を滑るように移動し、土砂崩れを弾き飛ばす。
ついには俺の家の目と鼻の先の距離に、川を開通させてしまった……!
「まさか、川ができるだなんて……!? や……やった! やったぞ!」
今までは、畑の水やりはかなり大変だった。
家から少し離れた所にある、池の水を汲んでくる必要があったからだ。
人力で運べる水の量なんてたかが知れている。
そのため、水があまりいらない『スイートポテト』くらいしか育てられなかったんだが……。
「これで、水が大量に必要な作物も育てられるぞ!
農業がさらに発展すること、間違いなしだ! いやっほーっ!」
箱舟は家の前まで来ると、川から乗り上げて止まった。
俺は動物たちを1匹ずつ抱きかかえ、舟から降ろしてやる。
「この舟を出たらいつも通り、森の動物として暮らすんだ。
俺は生きるためにお前たちを狩るし、お前たちも生きるために俺を襲え」
森の中へと消えていく動物たちを、俺は最後の1匹まで見送る。
「ああ、やっと大所帯から解放された。これでやっと気ままな生活に戻れるよ」
俺の傍らにいたマークとトム、そして胸ポケットから顔を出しているジュエリーが、「くぉん!」「ぴゃあ!」「チュッ!」と鳴く。
「とは言ったものの、少しだけ寂しいような気がしないでもないな」
しかし俺には、感傷に浸っているヒマなどなかった。
だって家の前には、花畑のような人だかりができていたから。
俺の姿を見たとたん、花の嵐が押し寄せる。
「れっ……レオくぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「おっ……お師匠さまぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
朝露のような涙をはらはらと振りまくモナカとコトネに、だぎゅっ! と力いっぱい抱きしめられた。
付き人たちが、俺を取り囲むようにして咲き乱れる。
「れ、レオピンくん、あなた、なにを考えてるの!? あんな危ないことばかりするだなんて!」
「にん。拙者の教えた忍術が役に立ったようでござるな。でも明日からは殺し合いでござる」
「剣を使わずに、あれほどの巨石を砕くとは……。ふん、もはや何から問うてよいのかわからんわ」
少し離れたところで、色っぽい溜息とともに見守るアケミがいた。
「んふっ……。あなたって人は……私をどれだけドキドキさせれば気がすむの?」
さらに遠くの木陰では、小さなコック帽が出たり入ったりしている。
おずおずと覗いたクルミと目が合うと、ピャッ! と引っ込んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時間は少しだけ戻る。
レオピンの箱舟による、2度目の奇跡が起こった瞬間、居住区はなんの災害もないのにパニックに陥っていた。
「「にぎゃぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
神の雷に貫かれたような絶叫をあげる校長と教頭。
生徒たちはその裁きに怖れをなすように、地面にひれ伏していた。
「う……うそだうそだうそだ、うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「こんなこと、ありえるわけがないっ! 岩を壊したうえに、舟を一瞬で作って洪水から生き延びるだなんて……!」
「これは夢だ! 幻なんだ! あのゴミが見せている幻覚なんだ! でなきゃ、でなきゃ……!
うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
自我が崩壊したような悲鳴が、あちこちで起こっている。
モナカとコトネはお互いの涙をハンカチで拭いあうと、手をとりあって立ち上がる。
「コトネさん、レオくんのところにまいりましょう!」
「はい、モナカ様!」
生徒たちの周囲には、親衛隊や警備兵が取り囲んで、途中退出が許されないような布陣が敷かれていた。
レオピンの死に様を見ていられなくなったモナカとコトネに、嫌でも現実を見せつけるためだったのだが……。
しかし今やその包囲網はあってないようなものだった。
誰もがレオピンの奇跡を目の当たりにし、すっかり崩れ落ちていたから。
「う、うそだ、うそだぁ……」
「親衛隊になって、あのゴミを始末するのを手伝ったら、将来はバラ色になるはずだったのに……」
「あのふたりに、すっかり騙されちまったぁ……!」
「こんなことをしたのがバレたら、俺たちはもう、おしまいだぁ……!」
絶望に打ちひしがれる者たちの間をぬって、モナカとコトネたちは狂気のステージから離れる。
純白の少女たちが、翼のように衣服を振り乱しながら、小走り去っていく。
その姿を、黒衣の少女が思いつめた表情で見つめていた。
――あ、あのふたりについていけば、あーしも……!
う、うん! 今しかない! 今のチャンスを逃したら、もう二度とレオピンと……!
少女は、呆然と立ち尽くしているクラスメイトの元から、決然と離れようとした。
しかしそれは、最初の一歩を踏みだすことすらできず、未遂に終わる。
なぜならば、
……ドジャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
悪魔の一喝のような大音響が、その場に鳴り渡ったから。
そしてなぜか音楽隊を引きつれたヴァイスが、颯爽とステージに現れたから……!
「ふははははははは! ヒーローは、最後の最後に現れるもの……!
学園を混乱に陥れた不貞の輩どもめ、賢者であるこの僕の、華麗なる裁きを受けるがいいっ!」
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